エピローグ 拝啓、未来の君へ

 色とりどりの花が、いろいろな品種の花が、花屋の店先に並んでいる。

 彼はいつもその中から、バラか、ユリの花を選ぶ。




拝啓、未来の君へ




「……すげー。お前、この二年間、めちゃくちゃ頑張ったんだな」


 壁に貼られた期末テストの順位表を見て、レンが感嘆した声を出す。隣に立つ赤毛の少年はそれを見て、おどおどするわけでも、恥ずかしそうにするわけでもなく。


「ありがとう」

「いつの間にか学年一位だぜ? 一年の時から俺よりは頭良かったけどさ。……それに、海外の大学、行くんだろ? A国だっけ」

「ウン」

「すげーよなぁ。俺、まだ将来について悩んでるのに。」


 ざわざわと、他の生徒たちも遠巻きに彼を──ヒガンのことを見ている。ヒガンは「ウウン」と首を振ると、悩むようにぼんやりしているレンに言った。


「ヒビヤクンだって、やりたいこと、きっと見つかるよ」

「うー、そう思うか?」


 校内は、二年前よりずっと賑やかにざわついている。一年前から、夢見が丘学園では“メモリア”の携帯が許可されるようになったからだ。それはヒトとキカイの過去以上の結びつきの強さを示していて──大小問わず、老若男女問わず、いろいろなメモリアが少年少女たちを支えていた。

 ホームルームの時間、担任の教師が近々行われる卒業式についての説明をしている。外は桜の木々がつぼみをつけて揺れている。から二年経ち、ヒガンは高校を卒業を控え……大学生になろうとしていた。


***


「僕より後にロボット工学を学び出したくせに、僕より賢くなったのは癪だけど。だけどもう、敵わないのも事実だ。──卒業おめでとう。レンもね」


 卒業式の後、皆で集まる機会があった。ユウは紅茶を飲みながら澄ましてそう言う、彼も十分な成績を収め、月並付属大学への進学が決まっていた。


「おー、お前もな、サクラ!」


 そう言って人懐っこく笑うレンも、まどろみ町の大学に進学を決めていた。


「出国、一週間後だっけ」

「……ウン。学びたいことがたくさんあるんだ。じっとしていられない」

「ホントすげーよ。……とりあえず大学、滑りこめたけどさ。結局俺はなにしたいのか、決まってないんだよな」


 頭の後ろで手を組むレンに、ユウが「焦ること無いさ。大学で夢が見つかることもあるだろうし」そう言って持っていたティーカップをソーサーに置いた。


「生きていくことを辞めることは難しいんだ。僕は、病気がちだったけれど……それでも生かされてここまで来た。どんな形でも、諦めなければきっと生きていける」

「そうだな……」


 空になったティーカップを見て、メイドのすがたをしたメモリアが言う。


「カップ、おさげしましょうか。もしくは、おかわりですか?」

「ううん。リーリちゃん、おかまいなく。……そうだ、あれを持って来よう。一緒に行こうか」

「うん」


 ユウの“LILLY series”への偏愛は、年を重ね少しは落ち着いたけれど、変わらず彼女たち一機一機を大切にしているのは変わりない。とくにこのメイドさんの衣装を着こなす型とはいろいろあった──彼女はレンとヒガンを見てぺこりと頭を下げると、立ち上がったユウと共に部屋の奥に消えていく。


「んじゃ、俺もちょっと親に連絡していいか? メール打つだけ」


 レンの鞄から顔を覗かせる“mode Sun”も、今じゃ二世代古い型になった。ヒマワリに文章を伝え、彼女が仕事を終えるころレンが言った。


「ヤオトメは相変わらず、旧型使ってんの?」

「ウン」

「びっくりしたよ……まさかサユリちゃんを、前の持ち主に返したなんてさ。でもま、きっと色々あったんだろうし……また良いメモリアに会えると良いよな」

「ありがとう」


 それは全て偽りだったけれど。ヒガンは昔よりずっと出しやすくなった笑顔を見せて頷く。


「そのことだけど──」


 気づけば戻って来ていたメイドさんとユウ……ユウが言う。


「最後に、君へのお節介でもしようと思ってね、ヒガン」


 机の上に、彼らが持ってきたであろう大きなアルバムが広げられる。写っているのは、彼の所持する“LILLY series”──彼女たちのいろいろな表情を切り取った写真たちだ。皆表情豊かで、リラックスしていて、まるで機械であることを忘れさせる。ユウは「この先」と言って、ページをさらにめくる。


「あ……」


 映っていたのは“サユリ”だった。困ったように微笑む彼女が、自分といないとき──恐らく、ユウといた時──に撮られた写真がたくさんファイリングされている。どれも、自分といる時では見られない……どこか緊張しているような表情ばかり。

 そしてその要所要所に……当時の自分が写っている。彼女の後ろに見切れているように写っていたり、後ろ姿が写っていたりして散々だけど。ユウの白い手が更にページをめくると。

 いつ撮られたかわからないけれど、笑い合っているヒガンとサユリの写真があった。


「おお! めっちゃいい写真じゃん!」


 嬉しそうに言うレン。ヒマワリも興味津々に見つめている。


「ふたりを収めるつもりはなかったんだけどね。サユリちゃんがとびきり可愛い顔をしていたから──そこに、ヒガンも写ってただけだよ」


 ヒガンはそれをじっと見つめていた。ユウ写真をファイルから取り出すと……一緒に持ってきたクリアポケットに収めて。「あげるよ、ヒガン」と言った。


「……え」

「君がサユリちゃんを手放したって聞いたとき、しばらく口、聞かなかったよね。でも、思ったんだ──きっと、計り知れないなにかがあって……君は自分の目標を“ロボット工学”に定めて──今までがんばった。そうなんだろって」

「…………」

「気付くのが遅くなってごめん。サユリちゃんはいつも君のことばっかり話してたし、君といる時が一番、輝いてた。持って行ってよ」


 ユウがヒガンの手にそれを握らせる。彼の視界が滲む。


「ぼ、僕……僕……、」

「ムリに言うなよ。話したくなったとき、話してくれたらいいからさ」

「ヤオトメ……頑張れよな。離れてても俺たち、ダチだかんな!」


 やさしく微笑むユウと、背を叩いてくるレン。僕はステキな友だちを持った。それも全部、あの娘のおかげだ。


***


『それでは在校生代表として、ヤオトメ ヒガンくん。お願い致します』


 テレビでは、A国の機械工学で著名な大学の映像が映っている。言語は勿論英語だけれど、テレビ側でテロップが入っていた。ニホン人の少年がここに入学し、目まぐるしい成績を残し──生徒代表としてスピーチをするほどに、成長した。ささやかなメディアの報道を見逃すまいと、キクは病室からテレビを観ていた。


『ハイ……!』


 頷き、台の上に立つ愛しい孫。すこし緊張していたけれど、堂々としているその姿に、病室にいるもう一人が言った。「立派ですね」

「ええ……ひーくん……ヒガンくんが頑張ってる姿を見ていたら、わたしもへばってる場合じゃないって思うわ」


 抜粋された彼のスピーチは“ヒト”と“キカイ”の可能性についてのもので。専門的な知識も絡め綴られたそれには、彼の願いが感じられる。花屋の主人──レイは番組内容が切り替わるのを確認して、キクに言う。


「わたしも正直、驚きました。高校生の時点で“機械”に何の造詣もない少年だった彼が、ここまで辿り着くなんて。彼の血のにじむような努力の結果です。彼の決意は、可能性をこじ開けるものだった」

「うふふ。ひーくんは、一度決めると曲げられない頑固な子だったから……そこが不器用で、かわいいところなのよ」

「ええ。彼なら本当に、成し遂げられるかもしれない。辿り着けるかもしれません。キカイのもつ、“ココロ”の修復まで。」


 ある程度時間が経ち、レイが微笑む。


「わたしも、ひとりの技術者として──彼の力になれるよう全力を尽くすつもりです。彼の願いがメモリアの発展につながり、ひいては新たな未来を拓く……イノベーションに繋がるはずですから」

「ふふ……すてきね。でもね、きっと。ひーくんの願いはそんなに難しいことじゃないと思うの。──また、“サユリ”ちゃんに逢いたい。きっと、ヒガンくんの願いはそれだけ」

「…………ご存じだったんですか?」


 目を丸くするレイに、キクはお茶目に言う。


「あの子、一生懸命隠していたけれどね。私はヒガンくんのおばあちゃんですもの──」


***


 どこにいたって、咲く花の美しさが変わらないように。

 僕の思い出も、どこにいたって色あせることはない。


 ──きっと君のメモリはあの頃のままだ。僕と一緒に、めざめの塔に登って、“ココロ”を持つメモリアと対峙して。君はあの時……あの時だけじゃない。僕に話しかけてくれる時、いつも、何を考えていたんだろう。


「理論は出来た。仮説も立てた。あとは、それを実行するだけの力があればいい」


 ヒガンは友だちからもらった写真を見る。

 あの頃の自分と彼女が笑い合っている、本当に素敵な写真だ。……

 だけどあの頃からは、ずいぶん時が経ってしまった。大学は卒業したし、エンジニアになってだいぶ経つ。自分の見た目はあの頃の、頼りない少年からは大きく変わったと思うし。彼女が成長できる存在なら、きっと可憐な女性に育っていただろう。

 気づけば大きな地位を手に入れていたけれど。

 心の底から欲しいのは、あの娘のはにかみだけ。

 僕はずっと、君がのこしたココロをずっと、探していた。そうして、すべてを代償にしてそれを取り戻すための力を手に入れた。

 大事に保存していた彼女のボディ。それを見るのは何年ぶりだろう。

 変わらず綺麗で、愛おしくて──僕はまぶたを閉じていた。


***


 ──きっとそれは夢だった。

 甘い髪色の少女のメモリアが、僕の手を握っている。

 僕は、あの頃と変わらない少年のままで。


「──ねえ、サユリ。僕、頑張ったよ。君のココロ、一生懸命直したよ」


 そういうと、君は一生懸命頷いて。


「めざめた君が、僕のことを好きでなくたって、いいんだ。君が君らしく、ココロをもって、この世界で生きていてくれたら一番嬉しいんだ」


 そういうと、君はゆっくり首を振って。


「ずっとお返事、できなくてごめん……」


 そういうと、君は僕の体を抱きしめて。僕は泣きながらそれに縋った。


気が狂いそうなほど、君が好きI'm half crazy, all for the love of you。僕の、お嫁さんになってください」


 ──そうして、彼女の翡翠の瞳が見開くまでの、願いの夜が明ける。




★おしまい★

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