Chapter9 舞台の外、もがく希望

「……えへへ。大事にしてね?」

 彼女は甘い髪を揺らし、恥ずかしそうにはにかんでいた。


「こんなところで死んじゃだめ! わたしが来たから、もう大丈夫!」

 炎の中で輝く君は、もうひとりの僕のヒーローで。


「どう? ヒガン……似合ってる?」

 萌葱のスカートを揺らして照れくさそうに笑う君は、どこにでもいる女の子で。


「──わたし、一生懸命なヒガンが好きだよ」

 そっと手を握ってそう言った君に、僕はいつの間にか目を話せなくなっていて──


「…………さゆり」


 唇が、勝手に彼女の名前を呼ぶ。視界に映ったのは、見知らぬ天井。


「あ。起きた」


 猫耳フードの彼女が、僕の顔を覗き込みそう言う。……ひどい倦怠感だ。指先ひとつ動かせず、ぼうっと天井を見つめたままの僕の顔を、ほどほどに濡れたタオルで拭ってくれる彼女……確か名前は……アジサイ、だったっけ。

 すると、キイ、と椅子がきしむ音──


「……目が覚めましたか?」


 柔らかな橙色の髪を揺らし、口元まで隠れるタートルネックを着た青年が、僕を見ていた。




舞台の外、もがく希望




「あたし、医療系の情報は付け焼き刃なの。おじさん、ケガすること殆ど無いし……ぜーったい痕、残っちゃうけど、勲章とでも思っといて。あんた、男の子なんだから」


 大分体に自由を取り戻した僕は、アジサイサンにお腹周りをぐるぐると包帯で巻かれる。確かに僕は、雨の中で誰かに腹を貫かれた。滲む血に視界がくらんだけれど……「傷はそこまで大したもんじゃなかったわよ。雨で血が結構流れたから、失血のショックで倒れたのかもね」とはアジサイサン談。


「あ、アノ……ここは」


 辺りは薄暗く、切れかけの明かりがチカチカ光っている。周りにはダンボールが無造作に置かれていて、かろうじてテーブルと呼べそうなものが真ん中に鎮座していた。カップラーメンとアイスクリームの容器が辺りに散乱していて、とても綺麗な場所とは言えない。その奥には大きなパソコンが置かれていて、先ほどのお兄さんがブルーライトに照らされて、キーボードを打鍵している。彼と交わした言葉は、さっきの「目が覚めましたか」だけだ。


「万屋さんの本拠地よ、本拠地! それにしても、あんたねぇ……」


 アジサイサンが吊り上がった黄色の瞳を歪ませ、僕の胸を人差し指でトンと叩く。


「なにかあったら頼ってって言ったでしょ! あれから、あんたたちのことずーっと見てたけど。危なっかしいったらないわ! 自分を襲ってきたメモリアオタクに自分のメモリアを任せるとかも、バッカじゃないの!? 呑気にお買い物に出かけたりして……もう。もう! あんた、大事な“プログラム”を預かってるって自覚ないの?」


 至近距離で詰められ、僕は「うあ……」と情けない声を漏らすしかできない。


「優柔不断。すっごい優柔不断! あんたみたいなふらふらした奴、あたしは嫌いだわ!」


 思わずしょぼくれそうになるケド、アジサイサンの言葉で思い出す。大事なプログラム……それを持った少女。──僕のメモリア。


「……サユリ! サユリはドコッ……! っぅ」

「だから! まだ応急手当をしただけ……一応、鎮痛剤もぶっこんだけど! あんた、腹に穴が空いたのよ?」


 アジサイサンの言葉の通り、お腹には強烈な違和感が残っている……痛みで反射的に涙がにじむ。「今、割り出し中です」と答えるのはパソコンの前に座る青年だ。


「相手は自分の痕跡を消すのが非常に得意みたいですが。……どんな物事にも消せない跡はある。じきに特定しますから……しばらくは安静にした方が良いですよ。どうせ嫌でも稼働しなくちゃならないときが来ますから」

「……アノ、あ、あなた、は?」


 振り返らず、カタカタとキーボードを操る手も止めず、彼は「コショウ。コショウ マコトと言います」と、淡々と僕の問いに答えた。


「マコトはおじさんの……なんていうか……悪友? あたしをカスタマイズしてくれんのもマコト。それなりのハッカーなのよ」

「……勝手にドクゼリの友だちにするのはやめてくれ。ただの取引相手、それだけです」


 つまり、僕はドクゼリさんたち“万屋”に助けられたということだった。もう一度アジサイサンに寝ころばされ、彼女にされるがままの僕のココロはサユリでいっぱいになっていた。

 不思議なことに、記憶は真っ白に染めあがっていて……それでもなんとなく、覚えている。サユリの手を引いていたのは、顔を思い出せない、聖なる雰囲気をまとった男性だ。サユリは泣きそうな顔で僕に何かを叫んでいて──ズキン、と頭が痛む。すでに満身創痍だ。

 でも、きっとサユリは怖い思いをしているに違いなくて……彼はサユリをどうするつもりなんだろう。そもそも、彼はサユリのなんなんだろう。なぜサユリを狙ったの?


「…………“メモリア、狩り”?」


 あの話題を思い出す。その手法も、犯人の見てくれも、何もかも明らかになってはいない、だけど確実に犠牲者がいる事件の話。


「おう。察しが良いな、ヤオトメクン」


 アジサイサンの猫耳がまるで生きているようにピコンと動く。「おじさん!」

 雨に濡れたドクゼリサンが自身の長い髪を絞りながら、“本拠地”に帰ってきたのだ。アジサイサンに手渡されたタオルで乱雑に髪を拭きながら、ドクゼリサンは僕の元に腰を下ろす。


「驚いたぜ? キミが雨ん中血まみれになって倒れてるのを見た時は。そんで、サユリチャンも連れ去られちまったしな。依頼を受けてからキミを監視するように心がけていたが、俺たちですらなにが起こったのかよくわからねェ事態でね……」


 そう言いながら、ぼりぼりと頭を掻くドクゼリサン。


「言うなればそうだな。依頼人からの信用問題に関わりそうだ。このままサユリチャンに何かあったら、俺たちのクビが飛ぶだけじゃ済まない問題になりそうなんでね」

「お、おじさんったら。ビビらせないでよ……ちょっと特殊なプログラムを持ってるメモリアが行方不明になっただけでしょ? すぐ見つかるわよ、マコトがいるんだもの!」

「おう、マコトクンよ。お前が最初に割り出したところ、見に行ってきたけど……だぁれもいなかったぜ。もぬけの殻ってヤツだ。壊れたメモリアがゴロゴロ転がってることを除けばな」

「そこにまだ留まっている可能性は五割を切ってるって伝えたはずだ。──他に情報は?」

「そうだな、どれも赤黒い液体でぐちゃぐちゃになってたくらいだな。ありゃ血じゃない。血なら俺がもっと喜ぶはずなんでね──採取出来るモンは採取した。ホラよ」


 何かをマコトサンに渡すドクゼリサン。また作業に戻るマコトサンをよそに、ドクゼリサンは「なぁ、ヤオトメクン……」と言う。


「は、ハイ」

「覚悟しといた方が良いかもな。──最悪、サユリチャンがサユリチャンじゃなくなってるかも知れねぇことを」


***


「う……」


 サユリはゆっくり、そのまぶたを開く。瞳を模した液晶に、周囲の光景が映る。スリープモードに入っていたみたいで……そのまま、起き上がろうとするけれど。


「え……」


 じゃら、と鉄がぶつかる音がする。片足が、鎖につながれている。暗い周囲だけど、映像が少しずつ目に馴染んでくる。差し込む光に、映し出されるステンドグラスの絵。ここは教会のようだった。周りには、赤黒い液体が散乱している。「ザ……」という砂嵐の音がして、身をすくませる。液体だけじゃない……そこには、大小性別問わず、様々なメモリアの手や足が、ボディが転がっているのだ。


「ひっ……!」


 自分に刷り込まれた“恐怖”の感情に、サユリの喉は勝手に音声を出す。今眼前に映し出されたこの映像に既視感があるのだ。まっさらに消えたメモリに残る、何かが。

 もうひとつの記録を思い出す。ヒガンが言っていた──“メモリアの窃盗事件”を。


「──ええ、はい。例の“プログラム”、見つけましたよ」


 光が差し込む方を見て、サユリは目を細める。壁に掛けられた、大きな十字架の下。そこには、あの天使のような男性が立っている──


「あはは、すごくかわいい子でしてね……また“侵略”したいんです。この手で」


 どうやら彼は旧型のメモリアでどこかに連絡を取っているようで……電話口の向こうは何かわめいているようだけど、サユリの聴覚機能ではそこまで聞き取れない。男性はサユリのスリープモードが解除されていることに気づいたのか、柔く微笑んで見せる。まるで、女神のような表情だった。


「大丈夫、プログラムには触れませんよ……そのうち送ります。いつかって、僕が飽きたころですかね。まあ、当分飽きないと思うので──あなた方はあなた方のプログラムを愛でてください。それでは、またいずれご連絡しますね」


 と、と画面をタップする男性。


「お目覚めですか」

「あ、あなたは」

「僕? そうか、再起動されているんでしたね。それじゃあ、改めて。“カンチョウジ トオル”という名前を与えられています。役割はまどろみ町の神父さんです。おかしいでしょう」


 何がおかしいのかわからず、サユリが沈黙していると彼は旧型のメモリアをテーブルに置く。


「だけど、あなたを好きなようにできるというのも面白い役どころだ。僕たちには、切っても切れない縁があるようです。二重の意味でね──」

「と、トオル、さん……あなたが、“メモリア狩り”の犯人なのっ?」

「はは。そんな可愛らしい名称がついているんですね」


 トオルと名乗る男性は、なんだか楽しそうに両手を合わせて見せる。閉眼した瞳からは、何の情報も読み取ることができない。


「そうですね、“ここ”ではそう呼ばれているのなら……僕のしていることにそういう名前がついているのなら。そうです。僕が“メモリア狩り”の犯人ですよ」

「…………!!」


 面白いですよね、とつぶやき。

 こつ、こつ、と足音を立てトオルはサユリの近くにしゃがみこむ。


「所謂、僕は異国からの旅人でして。僕の知っているメモリアは、無機質な液晶の板でしたから……すごく感激しました、この世界のメモリアという存在と文化に。……ヒトに限りなく寄せられた“キカイ”……ひどく非人道的で、愛おしいです」

「……あなたが、メモリアにこんなひどいことしたのっ?」


 辺りに散らばるメモリアの残骸。それを見て、トオルは「はい」と答えてみせる。


「僕なりの愛情表現なんです。機械の彼らに向けた愛情表現。どこまで、彼らは受け止めてくれるのか──僕の“感情”を理解ってくれるのか。だけど、うまく行きませんでした……」


 そう言いながら、顔の前で手を組むトオル。見ようによってはしょんぼりと肩を落としているようにも見える。彼の真意が掴めずサユリが固まっていると、トオルはよく通る甘い声で言った。


「あなた以外は。」


 にこりと笑うトオルの表情はまるで作り物のように綺麗だ。彼こそがメモリアだと言われても、納得してしまうくらいには、だけどサユリは──サユリの内部は、唸っていた。消されたメモリの残骸を、探し出そうとしているかのように。


「僕ね、ものすごく悪趣味な言い方をすると、ニンゲンをいたぶるのが好きなんです。路頭に迷うニンゲンの姿を見るのが好きで、いもしない神に縋るニンゲンを見るのが大好きだ。でも、それって禁止されているでしょう。ニンゲンが定めた道徳に反するからです。イノチの扱いは、果たして誰が決めたものなのでしょうか」


 わかりますか? トオルは言う。彼の細く白い手が、サユリの頬をなぞる。機能が、フリーズする。わたしは。


「あっ……ああああっ……やだっ…………ゆるして。もう、ゆるして」


 音声が勝手に再生される。

 それは、かつての記録の中で繰り返し流れていた懇願の言葉だった。


「そう。メモリアは、限りなくヒトに近いキカイ……! 僕の願望を満たすのに、これ以上ピッタリなものは無い。いやぁ、良い世界に来ることができました。《転生》も、馬鹿にするものではないですね」

「やだっ……さ、さわらないで。触れないで……おねがい!」

「あなたのひたむきで勇敢なところは“彼女”譲りだ、だけど……やっぱり機械ですね。同じことしか繰り返せないんだから」


 トオルは慈しむようにサユリの頬を何度も撫でると、そっと彼女を抱き寄せた。


「この世界での暇つぶし。僕が飽きるまで付き合ってください。“あなたを捨てる前”、そのためにあなたの部品を少し弄ったりもしました」

「っあ」

「疑似体温なんて、面白い機能です。まるでヒトを抱く感覚と変わりない。かつての僕が届かなかったあなたという“光”を、好きなだけ蹂躙できるのは、楽しいですよ」


 ■■が闇より這い出る。大事にしていた衣装を少しずつ脱がされていくサユリは、どんどんフリーズしていく自分の機能の中で、彼の拙い笑顔を必死に思い出した。

 ──わたしは、ヒガンの、メモリア──


***


 サユリが、サユリでなくなっているかもしれない? ……そうだ。だって彼女は、機械だ。どれだけよく出来ていても、ニンゲンのように精巧でも。微笑みが愛らしくても、体温が暖かくても。彼女はヒトではないのだ。操作一つで、今までのデータがすべて吹き飛ばせてしまうほど、脆く、儚い存在だ。

 “メモリア狩り”に連れ去られたメモリアに、前の持ち主の情報なんて邪魔なだけだ。故障しただけで、この世からいなくなってしまうのがメモリアだ。

 最悪の事態を思い、ぽたぽた涙がこぼれる。声を押し殺して泣いても嗚咽が漏れる。僕は、また守れないの? なにより大切な、“ヒト”のこと。


「──教会です。」


 不意に、マコトサンが言った。顔を上げる。画面にはまどろみ町の地図が映し出されていて、いろいろな数値やウィンドウが踊っている。


「さっきもらったデータの中に──ここに、わずかに。残った指紋が──」


 なにかをマコトサンが解説している。集まるドクゼリサンとアジサイサンにの元に僕も駆け寄った。お腹は鈍く痛むけど、構っていられなかった。


「木を隠すには森の中ってかァ? 奴さん、堂々としたもんだ」

「割り出したんだから、さっさと行けよ。あんたの今後の信頼がかかってるんだぞ」


 ドクゼリサンは「そうだな、よくやった!」なんて笑いながら、黒手袋に包まれた手のひらでマコトサンの頭を撫でている。冷めきった声を出すマコトサン。アジサイサンが「ずるい! あたしも撫でてよ!」なんて言っている。

 だけど、そんなことより。……僕は。


「ぼッ……僕も連れていってくださいっ!!」


 大きな声が出た。空気が読めないときに発してしまう、僕のうるさい声。だけどちょうどよかった。ドクゼリサンたちに届いたからだ。


「……つってもなぁ。得体の知れん奴が相手だ。ましてや今のキミは土手っ腹に穴が空いてるし。単刀直入に言えば、足手まといの極みだが?」


 手にしたナイフを器用に回しながら、ドクゼリサンが僕を射抜くような目で見つめる。アジサイサンやマコトサンに見られる中、僕はお腹の傷を抑える。


「い、痛くないです。大丈夫ですッ」

「何言ってんのよ! 鎮痛剤切れたらのたうち回るわよ? あんた、ただでさえ泣き虫っぽいのに!」

「のたっ……のたうち回らない!! サユリは僕のメモリアだから!! 僕が行かなきゃダメなんだ!!」

「…………」


 少しの間、僕の顔を見ていたドクゼリサンだけど。「はぁ~、またお守りが増えるなァ?」なんて言って、ナイフを手早くしまって見せた。


「ま、今回の騒動、俺たちにも落ち度があるからな。一緒にクビを飛ばされようか、ヤオトメクン」

「と、飛ばされません……サユリはゼッタイ、無事……です!!」


 あの娘のこと、守らなきゃいけないのは僕なんだ。

 あの娘の持ち主である、僕だけなんだ。


***


 ぴちゃ、ぴちゃ。水音が教会に響き渡る。

 ヒトビトが祈りを捧げる神聖な場所で、彼女の体躯はただ、■■に蝕まれていた。


「機械って、成長するんでしょうか」ふと、教会の主が言う。


「前は、たったの二回くらいで誤作動を起こし始めた記憶があります。あなたをこのように、まるでか弱いニンゲンのように改造した“彼女”の技術力に驚いたと同時に、ヒトもキカイも脆いところは一緒だと感じました。想像を超えた事態には、ヒトもキカイもすぐには対応できない」

「…………」

「あの時は、すごかったですね。生娘のように泣き叫んで、抵抗していました。ここまで“ココロ”は再現できるのだと驚いたものです」


 ■■が肢体を蹂躙する。疑似の皮膚を破って、鉛の体に入り込んできて。体を構成するすべての要素を書き換えてしまうかのように、蠢いて。


「もう少し、何か叫んでくれてもいいんですよ。その方が純粋に興奮します」

「…………」


 地面に立てた爪はすっかり剥げていて、掻き跡と、ひん曲がってしまった指先だけが抵抗のあかしだった。


「……わたしは、ひがんの。メモリアだもん」


 サユリはもう何度目かの言葉を口にした。彼女の最後の砦、魔法の言葉。弱虫で頼りなくて、でも一生懸命な彼がわたしの持ち主だ。こんな怖くて、甘くて、恐ろしい記憶に書き換えられて、たまるもんか。


「“八乙女 彼岸”くん、彼は非常に不安定な子です。自分の好きなものに執着しすぎて、危ういきらいがありました。ですが形が変われば、こうもあなたからの信頼を勝ち取れるような少年だったなんて。これだから、ニンゲンは──」


 ■■が少しずつ、自身を構成するパーツを“侵食”する感覚がした。自分が自分でなくなりそうな恐怖に、声を上げて泣き叫びたい。……ああ、だけど自分は機械だ。泣くためのパーツを、持っていない。


「正直に言いますと、面白くないですね」


 少女を少女たらしめるパーツに差し込まれた指が、く、と動く。サユリはその身を跳ね上げ、機械音声を吐き出した。


「そんな茶番を見せられても、困惑するだけです。あなた達が分かり合えるかもしれない可能性を示唆されたところで、僕にはどうでもいいことですから」


 ■■の■により、宙ぶらりんにされたサユリの体。キクが作ってくれたお洋服は無造作に投げ捨てられ、持ち主が買ってきてくれた肌着もどこかに追いやられて。子どもを育てるための器官を模したパーツを、トオルは指先でくすぐる。メモリアはなぜ、このような進化を遂げたのだろう。


「あっ……」

「──もっと啼いてください。そういうことを楽しむために、僕はあなたを弄ったんですよ。“小百合”さん」


 彼女の頬を撫でるトオルはまた、面白くなさそうな顔をした。


「……お客様。騒々しいことになりそうですね」


 バン、と扉が開かれる。堂々と入ってきたのは、黒い髪を束ねた男性──

 ドクゼリ ジョウその人だった。


「よう、邪魔するぜ」

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