Chapter7 たったひとつのわたしの夢

「ヒガン、ほんとに大丈夫? ほんとのほんとに?」


 翡翠の瞳を不安と心配に滲ませて、サユリが言う。ヒガンは「こほ、」と咳を零しながら、だけど彼らしく微笑んで見せた。


「だ、ダイジョウブ。微熱だし……一日、安静にしてれば……ゲンキになるよ」

「や、やっぱりわたし“おでかけ”やめて、ヒガンのお世話するよ……!」

「そ、それはダメ……や、約束は守らないと。これ、おばあちゃんの口グセ……なんだ」


 今日のサユリの衣装は、ヒガンの祖母、キクが新しく作ってくれよそいき用の新品ブラウスと、ピンクのフレアスカート。お出かけ用に買ってあげた鞄を大事そうに持つ彼女の頬も、いつものようにほんのり赤く色づいていて──髪もきれいに整えてあげた。持ち主補正を抜いても、似合っているんじゃないかと思う。

 こんなに気合を入れざるを得ない理由、なぜなら今日は件の問題児──ユウとサユリの「デートの日」だからだ。

『僕が持ってるどのリーリちゃんより、かわいくしてきてね』というのがユウのご所望だ。以前、彼に大きな貸しを作ってしまったふたりは、その要望に応えられるよう全力を尽くしたつもりだった。スカートを持ち上げ、つま先を慣らし、くるりと振り返るサユリはやっぱり可憐で。


「じゃあ、じゃあ。早めに帰ってくるから。お薬とか、いーっぱい買って帰ってくるから!」

「だ、ダイジョウブだって……心配しないで。それより、さ、サクラクンのこと、よろしくね?」

「うう~っ」


 サユリが不意に抱き着いてくる。どんどん甘えん坊な一面を見せてくる彼女に、ヒガンは圧倒されっぱなしだったけど。逃げずになんとか踏みとどまり、勇気づけるように肩にぽんぽん、と触れてやった。変わらず不安げな表情を見せるサユリ。どうしたら安心させられるかな、と思案する。頭を撫でてあげる、とか?

 恥ずかしいけれど……そ、それくらいしてあげた方が良いのかな。ゆっくり、手を彼女の頭に持っていこうとして……


「サユリちゃん……来たよ?」


 いつの間にか家に襲来していたユウが、容赦なく玄関の扉を開いてきた。

「ア゛ーー!!」という声を出しながら慌ててサユリから離れるヒガン。


「なに。来ちゃいけなかった? 僕に内緒でイチャイチャしてたの?」

「ち、チガッ……ソンナコトシテナイヨ……!!」


 語るに落ちている。ユウは白けた目線で「そう。」とつぶやくと、サユリを見て目を見張る。


「……かわいい! そのブラウスもスカートも。よく似合ってるよ! サユリちゃんにはピンクも似合うね! 髪はいつもより巻いてる? 二センチくらい」

(ヒエ……!)


 髪の巻き具合まで的確に当てて来たユウに恐れをなしていると、サユリは「約束だもんね!」とユウの元へ駆け寄った。


「……ヒガンがね、風邪ひいちゃったの。だから、早めにデート、終わらせてくれると、うれしいな?」

「──持ち主以外にはなびかないその態度。好きだよサユリちゃん。そういう一途なところが、本当に可愛いんだ。“LILLY series”は」


 これって会話になってるんだろうか? 熱のせいではないめまいを感じる。


「そうだ。僕、写真を撮るのが趣味でさ……今日という日をたくさん収めようと、持ってきたんだ……一眼レフ。撮っていい?」

「え? い、いいけど……」


 そして、あんまりきれいとは言えない玄関で突然の撮影会。サユリは“指示”を受け、困惑したようにカメラに収まっている。

 いやいや、はやく出かけなよ……そう思っているとユウに「しっしっ」と手で追い払われ、仕方ないのでヒガンはフレームアウト。

 ユウは襟を詰めたブラウスに、カジュアルなジャケットを羽織った、爽やかなコーデをしていて。満足しきった彼はカメラをしまうと、至極当たり前のように手を差し出した。


「じゃあ行こうか。サユリちゃん」

「う、うん……」


 ちらちら、ヒガンを心配そうに見ているサユリだったけれど。おずおずその手を取って、ふたりは玄関から出ていった。

 ふぅ……と張っていた緊張がほぐれるのを感じる。

 それに、ユウとサユリ、お似合いだったな──自分が着ているほつれた糸のセーターを見ながら、何となくヒガンはそんなことを思った。


(……な、なに考えてるんだ、僕。……きっと風邪のせいだ。早めに寝よ……)


 ぶんぶん首を振り、雑念を追い払う。

 そのまま、彼は布団を敷く準備を始めるのだった。


「あ! 出て来たよ! ユウとサユリ」 ひとりの“LILLY series”が言う。

「ねえ、本当に追いかけるの?」 また、ひとりの“LILLY series”が言う。

「なあに。いまさらそんなこといって!」 と言うは、別の“LILLY series”だ。

「わたしたちの仲間になるかもしれない娘ですから。見届けておくのは得策かと」

 そう言うのは、いつかのメイドさん。

 四機の“LILLY series”は、おんなじ顔を突き合わせ、彼らの尾行を開始した。




たったひとつのわたしの夢




「ヒガンとは普段、どこにお出かけしているの?」

「うーんと。商店街とか、朧プラザとかだよ。あと、病院とか!」

「ん……彼らしいというか。身近な、枯れた感じのラインナップだね」


 枯れ? 色づく街路樹を見ながらサユリが首をかしげる。

 ユウはくすりと笑うと続けた。


「今日はさ、月並市内に出ようよ」

「ツキナミシナイ?」

「うん。バスに揺られたらすぐさ。町の中心だから、色んなものが揃ってる。僕、メモリア向けの美味しい充電屋さんを知ってるんだ」

「へえ?」


 充電屋さんってなんだろう? だけど、その響きよりサユリの気持ちは風邪気味の持ち主に傾いている。


「……でもわたし、あんまり遠くにはいけないよ? ヒガンが心配だもん……」


 ユウはやさしい笑みを崩さないまま、「そうだね」と同意する。


「大丈夫。大きなドラッグストアもあるよ」

「ドラッグ……薬屋さん? そこには、風邪薬もある?」

「売ってるさ。熱さましシートも、咳止めだって」

「ほんと!? じゃあ、早く行こっ!」


 うきうき、ステップを踏むサユリに向けて、ユウはシャッターを切る。


「わ! な、なあに?」

「写真だよ。君の色んな一枚を収める。それで……僕だけのアルバムにするんだ。いいよね」

「い、いいけど……? わたしなんかを撮って、面白い?」

「すごく面白い。やっぱり君は、僕にとって特別なメモリアだよ」


 そうしてバス停に立ち、到着したバスに乗り込むふたり。

 ……聞き耳を立てていたひとりの“LILLY series”が言う。


「サユリはユウにとって特別なメモリアだって……わたし……そんなこといわれたことない!」

「……遺憾だね」

「むー!! サユリのどこがそんなにいいのっ? わたしたちと同じメモリアじゃない!」

「──みんな、ぼーっとしてたらバスが行ってしまいますよ」


 メイドさんの言葉に三機の“LILLY series”は、「行っちゃだめー!」「わたしたちも市内にいくぞ!」「おー!」とそれぞれの反応だ。

 必然的に保護者のような立ち位置に立つメイドさんは「まったく」と呆れたような動作を見せたのだった。


***


 バスに揺られ、サユリたちは市内への道を進む。車窓は色んな景色を映し出す。ほとんど「まどろみ町」の三~四丁目から出たことの無いサユリにとって、その景色は新鮮だ。メモリがどんどん上書きされていくのを感じる。


「ねえ見て、すごいよ! ひが」


 そう言いかけて、隣に座るのはユウであることを思い出す。「ん……なんでもないです」と口ごもる事しかできず、サユリはもう一度窓の外に目を向けた。


(……この景色を一緒に見てるのが、ヒガンだったらよかったのに)


 やがて、市内のバス停に到着した。サユリはユウに導かれるようにバスのステップを下りる。朧プラザの中のように、色んなニンゲンがメモリアを連れて歩いている、「わあ……」と感嘆した声を上げるサユリを見て、ユウが微笑む。


「素敵でしょ? 月並市」

「うん……。……でも……」

「行こうか。まずは充電屋。次にメモリアショップ。君に似合う周辺機器を買ってあげる」


 有無を言わさず、手を握られる。サユリは複雑な信号をCPUに飛び交わせながら、ユウの足取りについていくことしかできない。


「きっと君は普通の充電しか知らないはずだ。ちょっと変わった充電ができるお店があってね」

「うん……」

「ニンゲンで言う飲み物みたいに充電できるんだ。カフェみたいなもの」

「かふぇ……」

「ニンゲン用の飲み物も売っててさ。メモリアとお茶したいヒトにはぴったりの場所なんだよ」

「そうなんだ……」


 ヒガンって、何の飲み物好きなんだろ。いつも緑茶を作り置きしてるのは知ってる。でも、カフェだとヒガンは何を頼むんだろう?

 出された充電用の飲み物も、サユリはぼんやりした頭で飲んだ。目の前で微笑むユウはホットコーヒーを頼んでいたけど、彼女のメモリには残らなかった。


「メモリアショップって、市内にしかないんだよね」

「へえ……」

「色んな周辺機器を売ってるんだ。充電器とか保護フィルムとかは勿論、メモリアを飾り付けるアクセサリーまで」

「あくせさり……」

「うちのリーリちゃんたちに買ってあげてる髪飾り、まだ売ってると良いけど」


 ヒガンは、どんなアクセサリーを欲しがるだろ? おキクさんがくれたカチューシャ、大事に仕舞ってるのは見たけれど。いつもヘアピンをしてるのは知ってる。でも、とくに執着とかはなさそうだった。「無いなあ」なんていうユウに、サユリは黙ってついていくことしかできない。


「次はどうしようかな。なんでもあるから、どこにだって行けるよ。カラオケ? ボーリング? 僕はあんまり体が丈夫じゃないから、後者は厳しそうだけど」


 カラオケは、歌を歌って遊ぶところだ。ヒガンって、歌上手いのかな。音痴なのかな。ボーリングは、ピンを倒す玉遊びをするところ。ヒガンは上手なのかな? ヘタっぴなのかな。


「──ドラッグストア、行きたい?」


 ユウがいつの間にかサユリの瞳をかがむように見つめている。その黄金の瞳には嘘がつけない。サユリはこくこくと頷いた。


「今、きっと。ヒガンのことを考えてハードディスクが唸っているでしょう」

「えっ……」

「だって、起動してくれた人を一途に思うようにできてる。そういうものだから。メモリアって」


 ユウは顔を上げると、少し冷めた声でそう言った。


「ヒトによく似た疑似の皮膚を破ってみたら、そこには無機質な機械が眠っているんだ。僕は、メモリアのカスタマイズもやるから。よく知ってる。君もその、かわいい見た目を剥がせば、全身鉛の機械なんだよ」

「……」

「ヒガンはさ、機械に慣れてない子みたいだから。君に、ニンゲンみたいに接してくるだろ。それって危ういことだよ。ヒトとキカイの境目が分からなくなっちゃう行為だ。──“人機婚姻法”だって、バカげてるなって僕は思う」

「そ…………そんなこと!!」

「君のその思考回路だって、ヒガンへの想いだって、誰かにプログラミングされたものだ。違う? ──違わないよね。選べるなら、そういうのしっかり理解してる相手を選んだ方が良い。だって、相反する思考で回路がショートして。最後にメモリが傷つくのは君だ」

「……」

「僕なら、そういうの──全部受け入れたうえで、共に生きていけるんだけどな?」


 ざわざわ、町行く人の足音が音声記録にこびりつく。ぎゅ、と拳を握り締める。なんて答えたら良いのか、わからない。

 ──すると、女性の悲鳴が上がる。


「きゃあっ……ひ、ひったくり! お願い! 捕まえて!!」

「どけぇっ!!」


 走る怪しい風体の男は、サユリとユウをどん、と押しのけ駆けていく。よろめきながら、サユリは瞬時に思考を巡らせる。


(ひったくり。ものを盗った。悪いヒト。……捕まえて、って女のヒトは言った。……行かなくちゃ!!)


 駆けだすサユリにユウが叫ぶ。「サユリちゃん! いいから!!」

 ……だけど、その指示は届かない。サユリの脳裏には、困ったヒトを助けようとする“持ち主の姿”が映っていたから。


「ユウはここにいて! わたしが荷物を取り返すからっ!」


 パワフルに踏み出し、男を追うサユリを追おうと立ち上がるユウだけど……


「ユウ~~~!!」

「大丈夫!?」

「怪我してない!?!」


 今の今まで隠れて彼らを尾行していた“LILLY series”の三機が、一斉にユウに飛びついたのだった。


「わ……?! り、リーリちゃんたち……どうしてここに」

「ユウのことを尾行してたの!」

「ユウがサユリに浮気するのを止めようとしてたの!」

「わ~~ん、ユウ~~~!!」


 もみくちゃにされるユウは、静かに傍に寄ってきたメイドさんに言う。


「ごめん、リーリちゃん……サユリちゃんを援護できる?」

「うん……いいよ。終わったら、なでなでしてね?」

「……勿論」


 “指示”を受け、可憐に微笑んだメイドさんは、サユリと男の後を追うのだった。


***


(どこ……?! どこに行ったの?)


 男を追いかけ、街路に飛び込んだサユリだったけれど、一瞬男を見失う。元より、来たことの無い場所だ。あわててマップを起動しようとすると、あとを追いかけてきたメイドさんが言う。


「あっちですよ、サユリ」

「あ!! ……ありがと、メイドさん!」

「いいえ。ユウの指示ですから」


 きわめてスマートに走り抜けるメイドさんと、一生懸命走るサユリ。だけど男も「いつまで追いかけてくるんだよ……!」なんて言いながら、スピードでは負けていなかった。人込みを掻き分け、男は十字路に出る。一瞬彼の足が止まる。

「お先に失礼」メイドさんはサユリにそう伝えると、大きく跳躍し──男の前に降り立った。


「あなた、メモリアですね」


 メイドさんが言う。サユリはびっくりしながらも、どうにか男の背につけた。


「わたしたちの全速力から着かず離れずを保てるニンゲンなんてそういないでしょう。違いますか」

「……そうだよ! 俺はメモリアだ! あそこの電気屋から、へへ、逃げて来た……!」


 男は観念したように荷物を投げ出すと、捨て台詞を吐く。


「金目のものを売って、自分の資金にしようとしたんだ。俺はニンゲンに使われたくなんてない!」

「ど、どうしてっ? わたしたちメモリアは、ニンゲンを助けるためにつくられたのにっ」


 たまらずサユリが声を出す。男は言う。


「俺は中古品だ! 前の持ち主は、ろくでもない奴だった。俺のことを玩具……いや、そんな生易しいもんじゃない。もっと邪悪な何かで……染めようとしてた! 確かにデータは電気屋のところで初期化されたはずなのに……ずっと残ってるんだ! ニンゲンへの恐怖が!!」

「にんげんへの、きょうふ……」


 ば、と何かがフラッシュバックする。消えたはずの記録が。

 肢体を滑る白い手が。そして……人ならざる者の感触が。サユリは思わず頭を抱え座り込む。これはなに? 何の記録なの?


「サユリ! 顔を上げて!!」


 メイドさんが言う。男の手が伸び、サユリの首元を掴む。


「う、うううっ……!」

「お前は良いよな……! キズ一つないボディに、こんなかわいい服を着せてもらって……ずいぶん、可愛がられたメモリアじゃないか! ニンゲンの恐怖なんて、一つも知らないんだ。CPUの芯から、なにひとつ疑問を持たずニンゲンを愛す、そんな風にプログラムされて! 哀れな存在だ、俺たちは……!」

「うぐっ……そんな、コト……!」


 わたしの持ち主は……わたしを自分の好きな誰かに重ねて持ち帰っちゃうような、ココロの弱い子で。だけど誠実な、おばあちゃんっ子で。友だちのために、一生懸命になれて──誰かを助けるために、動くことができて。わたしのことを……


「さ、……サユリ」


 やさしく、呼んでくれる。まるで、人機の垣根など、ないように……サユリはかっと目を見開き。男の手に自分の手のひらを食いこませた。


「うぎ……!」

「はな、して……! わたしは、ヒガンのものなの。ヒガンのメモリアなの……!!」


 みし! と音を立てて男の腕部品が壊れる。だけど、サユリも無事ではなかった。指先の皮膚が剥け、機械部分がショートしていて。

 駆け寄ったメイドさんが「失礼」というと、手刀で男の無防備な首の裏を強打した。


「はぐっ」


 シュウ、と音を立てて力を失う男。サユリが呆然としていると、メイドさんが手を軽く払いながら言う。


「いいですか? メモリアの弱点のひとつは首の裏。精密部品がそこに集まっているんです……ユウに教えてもらったことです。あなたも自分のボディは大切にしてください。ユウみたいに、直してくれるヒトは傍にいないのでしょう?」

「あ……」

「わたしたちはメモリアなんです。機械、なんです。例えヒトのように扱われても、その認識を見失わないで。わたしたちは、ヒトではないのだと」


 集まってきた警察官と警察所属のメモリアに、スリープモードに入っている男を引き渡し、一息をつくサユリとメイドさん。駆け寄ってきたユウたちにメイドさんが言う。


「これが、盗られた女の人の鞄……返してあげて?」

「うん。偉いよ、リーリちゃん」


 鞄を受け取ったユウに頭を撫でられ、いつものクールな印象は他所に嬉しそうにするメイドさん。そのまま、彼らはサユリの方に目線を向ける。


「サユリちゃんも──大変なことに巻き込まれたね。具合を見るから……じっとしていて」

「う、うん……」


 ユウの手際は恐ろしいほど整然としていた。「機械を診ることに慣れたニンゲンの手」だった。動作確認を受けながらサユリは思った。「わたしはメモリア」……こんな当たり前のこと、忘れていたはずがない。なのに、なぜだかないはずの“ココロ”が苦しい。


「──大丈夫。外傷が派手なだけみたいだ。帰りにもう一度メモリアショップに寄ろうか。張り替え用の皮膚もそこに売ってる」

「……ありがと。でも、それより……わたし、お薬屋さんにいかないと。ヒガンにお薬、買わないと」


 ユウは少し寂しそうに口元を綻ばせた。


 「──そっか。えらいね、サユリちゃん」


***


 熱にうなされ、夢を見た。イバラが、自分に何かを話してくれる夢だ。


「ボクたちには“ココロ”があるんだ、ヒガン」


 いつもの花屋の軒下で、彼はそう言う。不思議に思う僕を見ないで、彼は続ける。


「それは……ボクらをボクらたらしめる、すごく大切なモンでさ。守らないといけないんだ。この身を犠牲にしても」

「い、イバラ?」

「ヒトとキカイがこれからも仲良くしていくために、大事なモンなんだ。だから、ヒガン。……“アイツ”のこと、頼んだぞ」


 その声を最後に、夢の中の意識はさらに深い闇に落ちていって──


「…………う」


 瞳を開く。そこには、心配そうにしているサユリの姿があった。

 ゆっくり起き上がろうとすると、サユリに制される。頭の上には氷嚢が置いてあって……布団の横には、切らしていた風邪薬も置いてあって。


「ヒガン……! へいき? 体は辛くない?」

「う、ウン……ダイジョウブ……。さ、サユリこそ……いつ帰ってきたの? デート、どうだった……?」

「さっき! いろんなところに連れて行ってもらったよ」


 再び横たわらされ、頭をするすると撫でられる。だけど、その指先は鉛色に輝いていたから、ヒガンは驚いて言う。


「待って……、さ、サユリ。ケガ、してるよ……!」

「あ……へへ。ごめん、ちょっと転んじゃって。でも大丈夫、直す用のリペアキットも買ってきたから」

「ぼ、僕がやるよ。片手じゃ、やりにくいでしょう……!」

「……ありがと、ヒガン。そのときは、お願いするね」


 なんだかしおらしいサユリに、不安になる。もしかして、ユウに何かされたりしたのかな。いや、でもユウは“LILLY series”にやさしい少年だ。それはないか、な。

 すると、サユリはゆっくり、横たわるヒガンに覆いかぶさる。


「エ……な、なに……ッ」


 ドキドキ、心拍数が上がった。ぎゅうと抱き寄せられて……やわらかくて暖かい感触は、やっぱりまるでニンゲンみたいで……


「わたし……ヒガンが好きだよ」


 ぽつりと、サユリが言う。


「本当に、好き。きっとこれは、起動してくれたヒトだから、ってだけじゃないの。そのはずなの」

「さ……サユリ?」

「いろんなところに行ったけど。全部、ヒガンといっしょがいいなって思ったんだ」


 かつてないくらい、心細く聞こえるサユリの音声。

 彼女はそのまま顔を上げて……ヒガンの前髪を機械の指で払った。


「……ヒトとキカイでも、きっと幸せになれるよね?」

「え、う……」

「わたしは、なりたい。ヒガンとなりたいよ」


 そのまま、彼女は柔らかい唇を、ヒガンのそれに落とす。彼は目を見開いて、びん、と指先を張って、何もできずにそれを受け入れた。

 ちゅ、と音を立てて、唇が離れる──


「わたし、……ヒガンのお嫁さんになりたい。それがいまの一番の夢!」


 にへへ、サユリは人懐っこく笑って見せる。ヒガンは、自分が受けた“口づけ”と、言葉の意味を理解して──ぼ、と全身を真っ赤にしたのだった。

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