Chapter5 にんげんときかいのうた
繰り返すけれど、僕は友だちが多いわけじゃない。僕に話しかけてくれる物好きはひとりくらいで──最近、僕の同居人を狙う悪いヒト(?)も増えたケド──とにかく、友達が少ないのだ。そんな僕の数少ない友だち……といっていいのかな……のヒビヤクンは、誰が見てもわかるくらいガックリとうなだれていた。ヒビヤクンは僕の前の席だから、嫌でも目に入ってきて……「オハヨ……」なんて小声で伝えながら、席に着く。聞こえてないかもしれないけれど、挨拶するようになったのは僕なりの進歩だ。椅子を引く音で、ヒビヤクンが顔を上げる。
「ヤオトメ……おはよ……聞いてくれよ!!」
起き上がる勢いで声を掛けられ、僕は思わず「ヒッ」と声を出す。
ざわざわと話し声が揺れる教室では、ヒビヤクンの声はそんなに目立たなかったけど。こんな勢いで声を掛けられると、やっぱり驚いてしまう。
「前、サクラが言ってたじゃん……ヤオトメもメモリア持ってんだろ? なら、俺の気持ちを分かってくれるはずだ!」
「ン……んと……それは、き、聞いてみないとわからない、カナ……」
とりあえずそう言って、ヒビヤクンの話を聞く姿勢をとる。すると、ヒビヤクンは姿勢をしっかりと正し、僕の机に縋りつくようにこう言ったのだ。
「あのな!! ヒマワリがいなくなっちまった!!!!」
にんげんときかいのうた
「ひ、ヒマワリ、サンッ?」
「そうだよ! 前一度見せたろ? 俺のメモリア! 第七世代の小型機! 俺の愛しのヒマワリが……おお~! どっか行っちまったんだよ~!!」
さめざめと泣くヒビヤクンは大変傷心しているようだった。僕はびっくりした。メモリアって、出ていくこともあるんだ……
『メモリアは、ニンゲンに誠実に出来てるんだ』
昔、イバラが言っていたことを思い出す。
『でも、機械にも権利ってあるだろ。色々。だから……そういう……ニンゲンくさい機能が搭載されてるメモリアもいる。面白いだろ』
『う、うん……オモシロイ……じゃあ、い、イバラも……なにかに嫌になったりとか、するの?』
『ボク? ボクは旧型だからな。そんな機能はまだ搭載されてない。なんでも受け入れるようにできてる……でも、そういうやつに限って、“ココロ”ってあったりするんだぜ』
そういって、いたずらっぽく微笑んだイバラが脳裏に焼き付く。ふと、サユリもそうなのかな……なんて、そんなことを思う。最近、僕の思考にサユリが登場することが多くなった。お洋服を見かけたら、サユリに似合うかな……とか考えてしまう自分がいるのだ。……うう。なんだか恥ずかしい。だけど、少し前の自分からは考えられないことで、新鮮な気持ちもあり……
昼休憩、眼前にはうるうる涙を流すヒビヤクンが映っている。ああ! そういえば、彼の相談を聞いている真っ最中だったんだ……
「……い、いとしのヒマワリサンと……ケンカでも、し、したの?」
「喧嘩、喧嘩なのかなぁ……確かに、いなくなる前ちょっと言い合いになった……ちゅーか、俺が色々愚痴っちまったというか……」
「そ、そうなんだ……」
「どうすりゃいいか、わかんねぇんだよ~。俺にとって初めてのメモリアで……もしかしたらヒマワリにイヤなこと、沢山してたのかもしれないし……考えれば考えるほどしんどい! 死にたくなるんだ!!」
そんなことで死んだら、ご両親が悲しむよ……なんて思ったけど言えず、僕はヒビヤクンの肩を慰めるように撫でる事しかできない。
「……だからさー、ヤオトメにお願いがあるんだ……いい?」
「おっ オネガイ……??」
思わずすくむ僕をよそに、ヒビヤクンはぱちん! と手のひらを目の前で合わせるとこう言った。
「頼む! 俺と一緒にヒマワリをさがしてくれ!!!」
***
「うう~……やっぱりおキクさんに直してもらわなきゃ、だめだなぁ」
あんなにかわいかったスカートがなんだか不格好になってしまっている。わたしはがっくり肩を落とし、使っていた針と糸を針山に刺した。
わたしは機械だから、指にいくら針が刺さっても痛くもかゆくもない。だから、ちょっとくらいのほつれなら自分で直そうと思って、ヒガンにお裁縫について教えてもらったのだけど……おキクさんからもらったかわいい緑色のスカート、ちょっとボロボロになってしまってる。先日のメイドさんとの戦いのせいだった。
今はまた、ヒガンが貸してくれたお洋服を着ている。ボタンは前よりうまく留められるようになって、ズボンもしっかり履かせてもらった。だけど、一番のお気に入りはやっぱりおキクさんがくれたお洋服だから……今度の週末、ヒガンと病院にお見舞いに行く約束をしている。直してもらうんだ。
指に空いた穴を見ながらわたしは思う。インターネットでちょっと調べたけれど、“LILLY series”は縫物もできるってあったのに。わたし、本当になんにもできないや。わたし、本当に“LILLY series”なのかな。もしかして、欠陥品……落ちこぼれってやつなのかな。
(で、でも。この間、肉じゃがをあっためるのはできたし……ヒガンも言ってくれたもん。少しずつできるようになろうって。がんばるぞ!)
よし! と決意を新たにしたところで、鍵が開く音がする。ヒガンだ! わたしは慌てて立ち上がり、お迎えの準備をする。
「ヒガン! おかえ、」
すると、ヒガンの後ろにはヒガンの二回りくらい大きな男の子が立っていた。緑の髪にヘッドフォンを肩に掛けている。見たこと無いヒトだった。ヒガンのお友だち?
「た、ただいま……。あの、ヒビヤクン。この娘が、僕の……」
ヒガンが控えめにそう伝えている。それを聞いてるのか聞いてないのか、わたしを大きな瞳でじいっと見つめてくるヒビヤくん。怖くて、思わずヒガンの後ろに隠れちゃう。
「……………………かわいい」
ヒビヤくんはそう言うと、オーバーなリアクションで叫んで見せた。
「かわいい!!! ヤオトメ、こんなかわいいメモリア持ってたのかよ!? 俺らと同じくらいの女子じゃん!! しかも! 男物の服着てる!!! お前の服!? そういうシュミ!?」
「やっ……ち、違うヨッ!! ちゃんとこの娘のお洋服はあるんだ、でも、いまはほつれちゃってるだけでッ」
「うおおお!!! 俺も絶対ヒマワリのこと見つけるから!! そしたらメモリア談義しようぜ! どこがかわいいかとか語り合うんだ~~~!!!」
ユウの時のような、得体の知れなさはなかったけれど……すごく、大きいヒトだ(いろいろな面が)。苦笑いしているヒガンを見るに、たぶんきっと、悪いヒトではなさそう。
「俺! 俺、ヒビヤ レン! お、お名前は……? お嬢さん……!」
なんだか情緒が不安定になっているヒビヤくんに、わたしは気を取り直して、ヒガンのメモリアとして恥ずかしくないように振舞う。
「名前はサユリだよっ。ヒガンのお友だち、ですよね。ヒガンと仲良くしてくれてありがとう!」
「……さ、サユリちゃん……ヨロシクな~~~~」
「ひ、ヒビヤクン……とりあえず、さ、作戦会議でも、しよっか…? ね? ねっ?」
どうやらヒガンとヒビヤくんは何か目的があって、お家にやってきたみたい。わたしはお邪魔にならないようにしなきゃ。そう思っていたけれど……
「さ、サユリ。サユリにも、協力してもらいたいこと、なんだ……いい、かな……?」
ヒガンにそう言われて。はじめて真っ直ぐに頼られて。「……うん!」と答えるわたしは、ハードディスクがちょっと熱くなるのを感じた。
***
……オレンジ色の髪を、ひまわりの髪飾りでまとめている少女型。小型メモリア第七世代“mode Sun”、お名前は“ヒマワリ”ちゃん。
情報を打ち込まれ、わたしのメモリがまた蓄積される。見た目の情報は市販の“mode Sun”をインターネットを検索したので、大体わかった。ヒガンとヒビヤくんは、この娘のことを探しているんだって。
軽い作戦会議を終えて、まどろみ町四丁目のマンション手前の曲がり角まで来たわたしたち。ヒビヤくんが首をひねる。
「俺んちの近くまで来たわけだけど……ここからどうする? やっぱ三手に分かれる感じか?」
「そ、そうだね……サユリ……ひとりでも、大丈夫?」
心配そうにヒガンがそう言う。確かに、先日いろいろなことがあった後だったけど……わたしはヒガンに頼られたことがうれしくて、笑顔を作って見せた。
「大丈夫! 絶対ヒマワリちゃんのこと、見つけてあげようね!」
「サンキュー、サユリちゃん……! じゃあ、六時になったら一旦ここに集合な! うお~! 待ってろヒマワリ~!!」
待ちきれないとばかりに駆け出していくヒビヤくんを見て、ヒガンも言う。
「ぼ、僕は、商店街の方、見てくる。サユリは、朧プラザの方をお願い……!」
「うん! またあとでね!」
駆けていくヒガンを見て、わたしも決意を新たにする。待っててねヒマワリちゃん。絶対見つけてあげる!
***
「ヒマワリを一緒に探してくれ!」
そう言われたときはびっくりした。他にも友だちいるだろうに、とか、なんで僕に、とか。
でも、そんな疑問よりも、必死な顔のヒビヤクンが本当にヒマワリサンを心配しているのが伝わってきたから……僕は協力を申し出たんだ。
「あら、ヒガンくん。コロッケ買いに来てくれたの?」」
「アッ……ち、違くて……あの、オレンジ色の髪の、これくらいのサイズのメモリア、見たことありませんか……?」
「あら……ごめんなさい、見覚えないわねぇ。うちのメモリアちゃんにも聞いてみるわね?」
「お、お願いしますッ……!」
ある程度、顔見知りの人たちに聞きこんでみたけど、誰も心当たりはないようだった。僕は時計を見る。まだ五時半……あと三十分、もう少し探そう。
──イバラはある日、突然いなくなってしまった。それは“故障”という寿命のせいで……僕は、彼に何も伝えることができなかったんだ。ヒビヤクンと状況は違うけど……ヒビヤクンもきっと、大好きなメモリアがいなくなって悲しかったはずだ。その気持ちはよくわかるから……僕が、僕とサユリが役に立てるならと、そう思って。
「ヒガンくん?」
不意に声を掛けられる、三丁目、「フラワレット」のビルは全焼してしまって……今は建て直しの最中だ。だけどフラワレット自体は、その横の民家の一スペースを借りて、細々と営業を続けていた。声の主は店長さんだ。僕は立ち止まり、彼女の元に駆け寄る。
「れ、レイさん」
「ごめんなさいね、急に呼び止めて。なんだか、慌てているように見えたから……何かあったの?」
「じ、ジツは……友だち、のメモリアがいなくなっちゃって……それを、みんなで探しててッ」
「あら……もしかして、あなたのメモリアもそれに協力しているの? 火事のとき、わたしたちを助けてくれた」
「あっ……さ、サユリですか? は、ハイ……サユリは、朧プラザの方を見てくれてます……」
店長さんは抱えていたチューリップの鉢植えを地面に置いて、「もう。とってもお節介焼きなのね。あなたたち」と微笑んだ。
イバラの持ち主だったヒトハナ レイさん。とってもきれいなヒトで、同じくらい何かを見透かしてるような瞳を持っていて。僕はこのヒトの前に立つとドキドキして、手が汗ばんでしまう。
ズボンに手を擦りつけていると、店長さんが続ける。
「メモリアの失踪なんて、なかなかあることじゃないわね。どうしてかしら」
「け、ケンカしちゃったとか、言ってました」
「そう……世代を重ねる毎に、メモリアはどんどんニンゲンらしくなっているわ。まるでどっちがニンゲンか、わからないほどに」
どこか遠い目をする店長さん。僕が返答に困っていると、「そうだわ」と彼女は続ける。
「イズルさん。イズルさんはもの探しが得意なのよ。お友だちのメモリア捜しに、協力できるかもしれないわ。イズルさーん」
エプロンを解きながら出てくるイズルさん。店長さんが軽く事情を説明して……「あなたの力が役立つかもしれないの。お願いできる?」と言った。
「もちろん。僕は君のメモリアだから……レイの指示に従うよ。──ヒガンくん、行こうか!」
「あっえ、えっと……! い、良いんですか。イズルさんを、借りても……」
「ええ。早く、お友だちのメモリアが見つかると良いわね。なくしたままなんて、寂しすぎるもの。それに……」
「それに……?」
「サユリちゃんからあまり離れないであげて。あの子は、一途なの。拾ってくれたあなたのことが、大好きなの。沢山、愛でてあげて?」
え……。僕、サユリとどう出会ったかとか、そんな話、したっけ。でも、今はそれよりヒビヤクンのメモリアのことだ。先導するイズルさんについていくため、僕は駆けだす。走りながら、気になってもう一度店長さんを見る。彼女はたおやかな笑顔をたたえ、変わらず僕を見送っていた──
***
「野良メモリアとか、超珍しいじゃん」
「ね、持ち主いないの? なら、俺のモンにならない?」
どうしよう……! 男のヒトふたりに囲まれて、わたしはこの状況を打開する案を必死にネットで検索する。
朧プラザの中を一通り回って、六時まで残り三十分。小型メモリアは、よく暗いところに落ちてるって情報を見つけたから、朧プラザから離れて路地裏を探しているところだった。「ヒマワリちゃん、どこ~?」なんて、声を掛けながら。
すると、電子煙草を吸いに来た男のヒトたちに声を掛けられてしまったのだ。今日のお洋服は、関節が隠れてるものだから、相手もすぐメモリアだってわからなかったみたいで、いわゆるナンパだったわけで。テンパった私は「わたし、メモリアです!」なんて高らかに宣言してしまったのだった。
そして最初のセリフに繋がる。俺のモン、だなんて……わたしはヒガンのメモリアだもん! そう思ったけど、必死で調べた検索結果に「ヤバい相手には愛想笑いで切り抜けろ!」って書いてあったから、わたしはにへにへ笑うことしかできない。でも、これ逆効果だよ? どんどん隅に詰め寄られ、わたしは逃げ場がいよいよなくなってしまう。
「なんだっけ、初期化すればいいんだっけ? 初期化ボタンってどこだよ」
「確か首の裏とかじゃなかったっけ?」
初期化なんて言われて、さあっとわたしのハードディスクが冷めていく。いや! せっかく、ちょっとずついろんなメモリがたまってきたところだったのに。ヒガンがくれた言葉全部、メモリに残ってるのに。無くしたくなんかない……! わたしはぎゅ、と拳を固める。こうなったら、実力行使で……
「ぴぴー!!」
突如、甲高いホイッスルが路地裏を支配した。
「え?」「なに?」とお兄さんたちが振り返る。そこにいたのは──
(キュートな……わんちゃん!?)
たしか犬種は……コーギー、ってやつだ! わんちゃんが「わんっ!」と鳴いた。
すると、その背に誰かが乗っていることに気づく──
「ぴぴー!! “同意なき初期化はロボット愛護条例に違反します”……!」
オレンジの髪をひまわりの髪飾りで結わえた、小型のメモリア。
待って、もしかしてこの娘……!
「だから、あの、おにいさんたちは、ヒマたちが成敗しますっ。……パンさん、いっけーっ!」
「わうふっ」
パンさんが、男の人たちに襲来する! じゃれついてるだけのようだけど、お兄さんたちは明らかに邪魔そうにしている……わたしは今だ、と彼らの間を抜け出す。すると、小型メモリアの彼女が言った。「おっきなメモリアさん、こっちです……!」手を引かれ、わたしは駆けだす。
「わ、わんちゃんは?」
「だいじょうぶです、パンさんはお利口なので……すぐ、合流してくれますっ」
そうして、しばらく走って……朧プラザ近くのベンチまで到着したのだった。
「ああ……ありがとう! わたし、あのままどうにかなっちゃうのかと思ったよう」
「い、いいんです……ヒマたちはおなじ、メモリアの仲間ですから……」
「わんっ!」と鳴きながらコーギーが駆けてくる。遠くでお兄さんたちがトホホ……と退散していくのが見えた。な、なんて平和的な解決……!
「パンさん、えらいえらい……」
ちいさな手のひらでよしよしとコーギーの頭を撫でてあげる彼女は、やっぱり。
「ね、ねえ……きみは、ヒマワリちゃん、だよね……?」
彼女はびくっ! とおさげを揺らしたけれど。
ややあって、「そ、そうです……」と答えた。
***
「わ、わたし……きみの持ち主の男の子の、お友だちのメモリアなの。きみのこと、探してて……」
しどろもどろにそう伝えると、ヒマワリちゃんは「そうですか……」とつぶやいた。たしか、恥ずかしがり屋なAIなんだっけ……。途端に会話が続かず、わたしは「えーと、えーと……」と言葉を探す。ヒマワリちゃんが言った。
「……レンくん、私を探してますか?」
「えっ……、うん! それはもう! 大慌てだよ……! “待ってろヒマワリ~!!”って!」
「そうですか……。…………そういうところが、苦手なのです」
「えっ……」
ぼそり、とつぶやいたヒマワリちゃんの言葉にわたしは沈黙する。すると、ヒマワリちゃんはぽつりぽつりと語り出した。
「私は、恥ずかしがり屋に設定されています。それは、同じ私みたいに恥ずかしがり屋なヒトに向けたAIだからです。レンくんみたいな、明るくて、眩しくて、色んなヒトと話せるヒトには無縁のものなのです。……なのに、レンくんは私を選んで、可愛がってくれます。私は良いって言ってるのに、お洋服とか、勝手に選んできて」
「えと……」
「私、お節介焼きなニンゲン、得意じゃなくて……なんで、私なんかに声をかけてくれるのかなって、余計な思考回路が働いちゃうからで……。ニンゲンは、なんでこんな矛盾する機能を私たちにつけたんでしょう。“感情”なんて複雑なプログラム、バグが起こる可能性の方が大きいのです。あなたも……そう思いませんか?」
「それは……」
ヒマワリちゃんは言い切ると、「うう、」とちいさく唸った。
「……知らないメモリアさんに、沢山話してしまいました。これも全部、レンくんのせいなのです……」
ヒマワリちゃんは……第七世代。いっぱい進化して……その分、ニンゲンに疑心暗鬼になっているようだった。わたしは悩んだけれど……向き直り、話しかけた。
「わたし、第二世代“LILLY series”。もらった名前は“サユリ”。ヤオトメ ヒガンくんのところで使ってもらってる、人型端末“メモリア”なんだよ……」
そう言って、わたしは一生懸命、今メモリに溢れている想いを音声にした──
***
「液晶付きの携帯端末がすべてのはじまり。それがニンゲンと触れ合うために、正統進化したのが今のメモリア」
「知っています。そんなのメモリアの間では、常識です……」
「へへ……みんなそれぞれ疑似人格AIをもっていて……大切なヒトに使われるために、がんばってる。わたしにとってのヒガンみたいにね」
「……」
「……わたし、ヒガンに拾われる前の記録がないの。メモリ、リセットされちゃってるみたいで……そのせいかな、なんだか動作もおぼつかない。ヒガンの役に立ちたいのに、出来ることが少なくって……あ、わたしの話はいいよね。そうだなー、ヒガンのお話してもいいっ?」
「……サユリさんの、持ち主のお話ですか?」
ヒマワリちゃんが顔を上げ、新緑色の瞳を瞬かせる。わたしはいつの間にか丸くなっているパンさんを見守りながら、答える。
「そう! ヒガンはね、赤毛がよく似合う可愛い顔立ちの男の子! ちょびっと、ヒトと話すのが苦手で……お料理が上手で……笑い方がぶきっちょなの。でもね、とってもやさしいんだよ」
「そうですか……相性がよさそうで、何よりです」
「そんなことない。ヒガンにはね、好きなヒトがいるの。そのコも“メモリア”で……わたしと同じ第二世代。でも、ヒガンはそれくらいしか教えてくれない」
「……そうなのですか?」
「そう。わたしとそのコはよく似てるんだって。だから、ヒガンは捨てられてたわたしに同情して、お部屋まで連れ帰ってくれた。……そりゃあ、ちょびっと嫉妬したりする。わたしにそっくりな誰かと、わたしを重ねてること。わたしだって分かってるから……」
「……」
そう。わたしはヒガンが好きになってる。けれど、ヒガンがそうとは限らない。そう思うと、ないはずの“ココロ”がチクリと痛む。
「……でも、ヒガンはヒガンなりに、わたしに誠実に向き合ってくれてる。それは痛いくらいわかるの、だから──わたしは、ヒガンが大好きになって……ヒガンのメモリアになろうって決めたんだよ」
「……」
「だからさ、ホントはさ。ヒマワリちゃんだって、わかってるんじゃない? ヒビヤくんが、ヒマワリちゃんに本当に素直に向き合ってくれてること。本当にヒマワリちゃんのことが大切で……」
一生懸命、ヒマワリちゃんに伝えようと考える。ヒガンもそう思ってて欲しいな、なんて、願望を覗かせて。ヒマワリちゃんは言う。
「……サユリさん、まるでニンゲンみたいにものを考えます……」
「えっ? そうかな……?」
「……私には、そんな柔軟な思考はないのです……だって、私は機械だから……。だから、レンくんとケンカしてしまったのです。“レンくんには、私なんかいらない”って言ってしまったのです。……そのとおりなの。私こそ、もう野良メモリア。わんちゃんであるパンさんと、生きていくのです……」
思いつめるヒマワリちゃんにわたしは詰め寄った。
「そんなことない! 機械でも、ニンゲンでも、関係ないよ!」
「……」
「ヒマワリちゃんがヒビヤくんといたいのなら、それが答えなんだよ! 一緒にいたいって気持ちに、プログラムも、条例も、関係ないんだから!!」
わたしは強く拳を握り、そう言った。そう。わたしがヒガンと一緒にいたいのだって、それが答えなんだから。
「ヒマワリ~~~!!!」
声が聞こえる。見ると、ヒガンと、花屋のメモリアさん。それとヒビヤくんがこちらに向けて駆けていた。
わたしの体にそっと隠れるヒマワリちゃんの姿こそ、わたしにはニンゲンのように映った。
***
「ヒマワリ!! 心配したっ……ホントに、心配したんだ……っ!!」
よかった、と半泣きのヒビヤクン。ヒマワリサンは、どこか複雑そうな表情で彼に抱かれている。どうやらサユリが見つけてくれていたみたいだ。
イズルさんがサユリの位置情報を探ってくれたおかげで、合流することができたのだけど。
「本当に良かった。ニンゲンとはぐれたメモリア、メモリアとはぐれたニンゲン……その胸中は察するに余りあるから……」
そう呟くイズルさん。色々なことを思い出して、僕も「そうですね……」と同意した。
「ごめんな! 俺がウザかったから! 嫌になっちゃったんだよな! ……ヒマワリに嫌われないように頑張るから、俺……!」
わんわん泣きながらヒマワリサンにそう縋るヒビヤクン。だけど、ヒマワリサンも……ようやっと泣きそうな瞳を見せて、言った。
「……ち、違う……! 嫌われたのは、私……! 私が、レンくんにひどいことを言っちゃった……! ごめんなさい……!」
「んな……もしかして、“私なんかいらない”、ってやつか?! ……んなわけないだろぉぉ!!」
ぎゅう、とさらにヒマワリさんを抱くヒビヤクン。
「俺が凹んだりしてたら、一生懸命励ましてくれたり! 宿題、わかんないとこ一緒に考えてくれたり! 恥ずかしがり屋なのに、俺に向き合おうとしてくれて! そういう、ひたむきなところが俺は大好きで……一緒に居てぇ~!! って思ったんだから……!!」
「れ、レンくん……っ」
「わん!」と鳴くのは足元のコーギーだ。
「あ……! あの。私ね……す、捨てられてた……ぱ、パンさんと仲良くなったの……で、できたら、パンさんも、その──」
「──ヒマワリの友だちは俺の友だちだよ!! お前も俺んち住むか!!!」
恥ずかしいくらい抱き合うヒビヤクンとヒマワリサン(と、犬)。どうやら、一件落着みたいで。見ると、サユリが僕の横に立っている。嬉しそうにはにかまれて、僕も思わず口元が緩む。
すっかり傾いた夕日を背に、イズルさんとお別れして……ヒマワリサンを抱きかかえたヒビヤクンが言った。
「ヤオトメ、サユリちゃん。今日はマジでありがとう! お前らが困ったら、俺も協力すっから……なんでも言えよな!!」
「う、ウウン……役に立てて、良かった……よ」
「サユリさん……色々お話してくれて、ありがとうございました」
「へへ! ……わたしたち、もうお友だちだね!」
そうして、彼らとも別れて……夕日に目を細め、サユリが言った。
「わたし、いろいろ整理できたかも。自分のメモリの中身……」
「そ、そか。良かった、ね」
「うん! ヒビヤくんとヒマワリちゃんも、これからもっと仲良くなれるよね!」
「ウン…………きっと。」
帰り道、サユリがそっと、手を繋いでくる。いつもなら恥ずかしくて、びっくりしてしまうけれど。
「なんだか、ヒガンの体温を感じたくなったの。──わたし、一生懸命なヒガンが好きだよ」
「エッ、好っ……」
「……友だちのために一生懸命になれる男の子が、わたしの持ち主でよかった!」
えへへ。そう笑いながら、サユリは言った。僕は、ほんのり頬が熱くなるのを感じて。──そんなの。そんなの、ホントは僕だって。
全てのきっかけは“イバラ”だった。だけど、今では君だけを考えることが増えたんだ。きっとこれからいろいろなことがあるけれど……僕の大事なものは、僕が守る。
ちょっと得意げに鼻歌なんて歌ってる。頼もしい君に会えて、よかった。
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