Chapter3 あの娘コレクター

「ひーくん、お怪我が大したことなくって、本当に良かったわぁ」

「うん……。し、心配かけてごめんね、おばあちゃん」


 病室のカーテンからこぼれる木漏れ日に照らされ、祖母のヤオトメ キクはやさしく表情を綻ばせる。ヒガンはまた祖母の顔を見ることができて、ホッと胸をなでおろしていた。

 火事に巻き込まれて一週間。少しやけどをしていたヒガンだったけれど、入院・治療を終え、明日から夢見が丘学園に復学する。やけど跡も残らず治してもらった。殆ど応対してくれたのは病院勤務の「メモリア」だったけど、その腕はニンゲンと遜色ない。

 火事のことを聞いていたキクは自身と同じ病院に運ばれてきたヒガンたちをひどく心配したけれど。毎日欠かさず顔を見せたおかげで、安心しているようだった。

「それに」とキクが続ける。今この場にいるのは僕だけじゃない。


「本当にありがとうね、サユリちゃん。ひーくんのこと、助けてくれて」

「ううん! だってわたしはヒガンのメモリアだからっ」


 すこし焼けた皮膚を張り替えてもらって、……その前から傷だらけだったボディもきれいにしてもらえていたと言っていた……ぴかぴかになったサユリが人懐っこい笑顔を見せる。

 サユリは数日前、ヒガンが拾った持ち主不明のメモリアだ。甘い髪色に翡翠の瞳を持った、少し古い世代の人型端末──彼女の勇気ある行動で、ヒガンは大けがを負わずに済んだのだ。

 最初こそ、キクに会うと知ってとても緊張していたサユリだったけど、キクの穏やかな雰囲気にすっかりなじみ、気があったようだった。緊張してヒガンにぴったりとくっついていた自信の無さもどこへやら。今ではキクの方に寄って、笑いかけているくらいだ。

 ちなみに、ヒガンが臨時で渡していたお洋服はとうとう布切れになってしまった。だから、彼女のいまのお洋服は病院着だった。「紐を結ぶのが難しいんだ~」と笑うサユリは、どうやら細かい作業が苦手らしかった。


「それでね、ひーくん。サユリちゃん、お洋服がないんでしょう?」


 キクにそう尋ねられ、ヒガンはなんだかばつが悪くなる。

 だけど、少し前から考えていたことを彼女に伝える。


「えっと……そうだケド……だ、大丈夫。今度、服を買ってあげる予定なんだ」

「えっ」


 驚くサユリに、ヒガンは言う。


「ぼ、僕たちのこと、助けてくれたでしょ。その、お礼に」

「ひ、ひがん~~……」

「あ、あんまり、お金、ないから……良いお洋服は、買ってあげられないカモだけど……」


 慌ててくぎを刺すも、サユリはもう感動しきった表情でうずうずとしている。サユリはもうすっかり、ヒガンに懐いてしまったようだった。最初こそ、なにかに怯えている様子だったけれど。病院でもヒガンからくっついて離れないのだ。「仲が良いのね」と看護師さんに笑われたときは、はずかしかったなぁ……。

 嬉しさでサユリがヒガンに飛びつくより先に、キクが言った。


「待って! 私、ふたりにプレゼントがあるのよ」

「ぷ、プレゼント?」


 すると、キクが椅子の向こうに隠していた可愛らしい袋を取り出した。開けてみて、と言われ、ヒガンはラッピングされたそれを紐解く。


「わあ……!」


 サユリが感嘆の声を漏らす。中には萌葱色のワンピースが入っていた。胸元の襟に結ばれた、赤いリボンがアクセントになっている。ヒガンがそれを広げてまじまじ見ていると、サユリが嬉しそうにはしゃいだ。


「すごい! とってもかわいいよ、おキクさん!」

「本当? よかったわぁ。ひーくんたちが退院するまでに間に合わせようと思って、頑張ったのよ~」

「えっと……こ、これおばあちゃんが縫ったの?」


 祖母は昔から手先が器用で……入院した後もよくいろんなものを作ってくれていた……小物入れとか。でも、こんなお洋服をくれたのは久しぶりだ。しかも女の子の。キクは自身に駆け寄ってきたサユリの頭を撫でながら言う。


「私が昔着ていたお洋服と、既存の型を使ったから、“おりじなりてぃ”は出せなかったのだけれどね? でも、ひーくんを助けてくれたサユリちゃんに、私のココロからのお礼よ」

「おキクさん……ありがと~~~っ。大事にするね!」


 まるで大型犬とその飼い主のように触れ合う祖母とメモリアを見て、ヒガンはなんだかココロが緩むのを感じた。こんな気持ちを感じる日が来るなんて──


「じゃあ早速! 着替えるねっ」


 不意に胸元をはだけだすサユリに、ヒガンは大慌てで立ち上がる。


「ぼ、僕が出てから着替えてっ! ねっ! ねっ!?」


 慌てて病室を出る。「あらあら」と笑うキクもなんだか微笑ましげだ。

 未だに慣れないサユリの肢体に(当たり前だ、何度も言うが彼は女子と話した回数自体が少ないのだ)どぎまぎしていたけれど。「いいよー!」という声がして、病室に入る。


「……ど、どうだった? サイズ、ちゃんとあって」


 た、と言う言葉は弱々しく消えた。

 帽子をかぶり、スカートをひらりと持ち上げて、サユリが言う。


「どう? ヒガン……似合ってる?」


 彼女の甘い髪色に、萌葱色のスカートはよくマッチしていた。今まで男物の、サイズの合ってない服ばかり着ていたサユリからは、想像できないくらい少女らしい風貌になっていたので、ヒガンは思わず息を呑む。


「うんうん、ぴったりね。ほつれたりしたら、いつでも直してあげますからね」

「ほんと? ありがとう、おキクさん! わたし、このお洋服大好きになっちゃった!」


 無邪気にへへ、と笑う彼女は何も変わっていなかったけど。ヒガンはなんだか気恥ずかしさを感じて、汗ばんだ手のひらをズボンに擦りつけるのだった。


***


 退院の手続きを終え、ヒガンはサユリを連れて病院を出た。キクに貰ったお洋服をまとったサユリは、まるでいいところのお嬢さんのような雰囲気を醸し出している。このお洋服があれば、サユリも出歩けるだろう。なんだかほっとする。


「お……お買い物して、帰ろうか」


 そう、サユリに提案する。ヒガンの荷物を抱えていたサユリ(持たなくていいといったのに、自分はメモリアだから持たせてくれと言って聞かなかったのだ)が元気よく返事をする。


「うん! 何を買うの?」

「と、とりあえず今日のごはんと……洗剤とか。確か、もう少なかったハズだから」

「せんざい──」


 はっ! とサユリが口を覆う。それで、ヒガンの荷物を取り落としてしまうものだから、ヒガンは慌てた。


「ど、どうしたの。な、なにかあったの」

「や、あの、えっと……えっと……」


 サユリのまたすこしずつ溜まってきたメモリに、火事の日の記録がフラッシュバックする。あの時わたしは、少ない洗剤を全部使いきろうとして──

 心配そうに自分を見つめてくるヒガンに、どう謝ろう。今の今まですっかり忘れてて、謝っても謝り切れない……!


「ご、ごめんなさい……! 捨てないでぇ……!」

「ええ!?」


 サユリがえぐえぐとそう言うものだから、ヒガンは慌てた。彼女を拾った先のビジョンが見えなかった中、サユリは自分の命を助けてくれた。そんな彼女をまたあんなゴミ捨て場に放り込むことなんて、できるわけない。いつの間にか「一緒に暮らす」択しか選べなくなっていたヒガンは、「だ、大丈夫だよ……そんな顔しないでよ」なんて彼女をなだめながら、朧プラザへと向かった。


***


「わあ、おっきなショッピングモール!」


 サユリはころころと表情を変えるようになった。バスから降りて朧プラザの入口に着いたころには、すっかり日が落ちていたけれど。さっきまでの謎の悲しみから解き放たれ、嬉しそうにそういうサユリにヒガンもホッと胸をなでおろしていた。

 ふたりでエントランスをくぐる。買い物途中の主婦、仕事終わりのサラリーマン。みんな、いろんな“メモリア”を連れていることに、ヒガンは改めて気づく。自分もその仲間になったような気がして。何とも言えない気持ちでサユリを見ると、サユリが「?」と小鳥のように首をかしげる。やっぱりその表情は、“初恋”の彼に似ていた。


「な、なんでもない……行こっか」

「うん!」


 売り場まで歩いていると、色んな専門店が目に入る。服屋、雑貨屋、靴屋……その靴屋で、ひとりの少年が靴を見定めていた。その制服はヒガンと同じ「夢見が丘学園」のもので、なんとなくヒガンはそれを見た。


「ね、ユウ。この靴が似合うんじゃない?」

「そうかなぁ。わたしは、こっちの靴の方が似合うと思うな!」


 ヒガンに背を向けた女の子たちが揃ってそう言う。ふたりとも、サユリと同じ甘い髪色をしている。……なんだか親近感だな。友だちだろうか。それとも、メモリア?

 ヒガンが靴屋の前をすれ違う直前、ユウと呼ばれた少年が顔を上げて──にこり、と微笑んで見せた。

 な、なんで微笑まれたんだろう。ヒガンはなぜだか背筋がピッと伸び、だけどそれっきりだった。サユリが「どうしたの?」なんて聞いてくるけど、自分でもよくわからない。

 そのまま、洗剤とか、日用品を買って。作り置きしたかったから、煮物用の野菜やお肉を買って──やっとアパートまで帰ってきたころには、時間は二十一時を回っていた。


「お、怒らないで見てね……?」


 家に着くころにはサユリはまたまたしょげていて、そんなことを言う。ヒガンは「う、うん?」なんて返しながら、鍵穴に鍵を差し込み、ドアノブをひねり──


「うわあ」


 と声を出した。

 ……結局、病み上がりのヒガンが眠りについたのは深夜二時過ぎだったそうな。




あの娘コレクター




『ぴぴぴ、ぴぴぴ……』


 いつもの電子音と共に目を覚ます。ようやく、日常が戻ってきたようだった。サユリを拾ってから、立て続けにいろんなことが起こったけれど。ようやく、サユリと共にすごす普通の日常がはじまったような、そんな気がした。

 サユリは添い寝機能を使わなかったようだ。それどころか、布団から頭を出すサユリを見たら、彼女はキクのお洋服に添い寝をしている。よっぽどうれしかったんだろうな。すよすよスリープモードに入る彼女を見て、ヒガンはまた、何とも言えない気持ちに襲われる。


『おまえの服……ばばくせぇ~』


 キクが作ったお洋服で意気揚々と学校に行ったらこんなことを言われたことがあるヒガンは、思春期からキクの作ってくれるお洋服をなかなか表に持ち出せずにいたのだ。それを申し訳なく思っていたので、サユリが気に入ってくれたのがすごく嬉しかった。


「……ふにゃ……」


 しかし、いつ見ても。見れば見るほどにイバラにそっくりだ。同じ第二世代ということもあり、型が一緒だとか、そんな感じの理由なんだろうか。イバラはヒガンの人生にとって重要なファクターだった。サユリとの出会いも、イバラなくしてはありえなかったことだ。

 そういえば、イバラも唯一、祖母の作る衣装を褒めてくれていた。「良いヒトじゃん。その服、大事にしろよ」なんて言って。そういうカラっとしたところが、ヒガンのあこがれの要素だったのだ。……やっぱり、サユリを見ているとよぎるのはイバラのことだ。


「おはよう、ひがん……」


 気づけばまじまじと彼女の寝顔を見ていて。瞳を開いたサユリがそう言って笑う。ヒガンは慌てて後ずさり「おはッ……オハヨ……」なんて、しどろもどろに返した。


***


「ヤオトメくん?」


 不意にそう声を掛けられる。時刻は昼、昼食を済ませたヒガンはお手洗いに行こうと教室の扉を開けた時だった。やさしい笑顔が良く似合う、きれいな顔立ちの同級生が立っている。その隣にいるのは、ヒビヤクンだ。


「ヤオトメ、なんかサクラがさ。お前と話したいっつーから連れて来たぜ!」


 交友関係の広いレンは、隣のクラス、はたまた隣の更に隣のクラスにも知り合いがいる少年だった。まあ、ぼっち気味の僕ともお話してくれるんだから当たり前か。彼が紹介しようとしているその少年には見覚えがあった。昨日──朧プラザで微笑みかけて来た彼だった。


「一年B組のサクラ ユウです。よろしく、ヤオトメくん」

「アッ……あ、サクラ、クン? よ、ヨロシク……」


 途端に緊張で汗ばむ手のひらをズボンに擦って、ユウと握手を交わす。レンは頭の後ろで手を組みながら言う。


「にしたってサクラ、ヤオトメに何の用事があるんだ?」

「ふふ。僕、ヤオトメ君に興味があるんだ」

「キョッ……キョーミ?」

「正確には、君の持ってるメモリアに、さ」


 相変わらずユウはやさしい笑顔が似合っていた。まつ毛も長くて、きっと女子生徒にモテるだろうな。ポカン、とするヒガンはよそに、レンが言う。


「え? ヤオトメ、メモリア持ってないって聞いたけど」

「あはは、レン、内緒にされてたんだ。ココロ、開かれてないんだね」


 ユウの言葉にしょげるレンだけど、ヒガンは疑問符で頭がいっぱいになっていた。

 そうだ、学校ではメモリアの話なんて一ミリもしてない。僕がメモリアを拾ったことなんてしっかり知っているのは祖母くらいなはずだ。なんで……

 ユウは白い肌をすうっと綻ばせ、ヒガンの耳元に口を寄せる。


「ねえ……よかったら見せてくれない? 君の“メモリア”」

「えッ……と」

「事情もちゃんと説明するから。……今日の夕方、一緒に帰ろうよ」


 ヒガンが反応する前にぱっ、と離れたユウは、未だ傷ついているレンに言う。


「レン、ありがとう。目的達成だ。僕、B組に戻るよ」

「お、おう……?」


 同じように疑問符を浮かべるレンもよそに、ユウはひらひらと手を振り、廊下を優雅に歩いて行った。それをぼんやり見ていた二人だけど、レンが涙目でヒガンに詰め寄る。


「俺、お前と結構仲良いと思ってたのに。お前は俺にココロを開いてなかったんだな!?」

「え?! イヤッ エット その……」


 そんなひと悶着があって、結局ヒガンはお手洗いに行けなかったのだった。


***


「お待たせ。行こっか」


 下駄箱の前でもじもじしていると、ユウが階段を下りてきてそう言った。ヒガンは不器用な少年だった。ユウの一方的な約束も結局断ることはできず、律義に彼が来るのを待っていたのだ。ヒガンは「う、ウン……、」なんて言って、彼の後に続いた。

 サクラ ユウ……ヒガンは彼の名前すら知らなかった。彼の顔だって、朧プラザで見たのがはじめてだ。ヒトの顔を覚えるのが苦手なヒガンにとっては、女の子をはべらせていた男の子、というイメージだったけど。レンが色々教えてくれた情報によると、彼は身体が弱いらしく、学校に来るときと来られないときの波があるそうだった。「だから見たこと無いのかもな」というレンに同意したし、逆にレンはどうやってそんな子とも仲良くなったんだ、とコミュ障由来の疑問も思った。

 特に会話もなく道を歩く。帰り道が、こんなに気まずいことはあっただろうか。ユウはとてもすました少年だった。モテるだろうな、とまたどうでもいいことを思った。


「……あ、ごめんね」


 不意に彼がそういう。カバンのチャックを開けるユウをヒガンが見ていると、中から小型のメモリアが顔を出す。


「着信、着信っ。ユウ、キョウスケさんから電話だよ!」


 びっくりした。その子は、どう控えめに見ても『ちいさいサユリ』だったからだ。


「ありがと、リーリちゃん。……あ、兄さん? 僕。どうしたの? ……」


 手馴れた様子で“リーリ”に声をかけるユウ。電話って、そうやってやるんだ……なんて気持ちより先に、ヒガンは失礼も承知でまじまじとそのメモリアを見てしまう。リーリと呼ばれたメモリアは、ユウに兄の声を伝えつつ、ヒガンに向けてにかりと笑った。


「似てるでしょう」


 電話を切ったユウがそう言う。不意にココロを見透かされたみたいで、ヒガンは「んンっ」と変な声を出す。ユウはリーリを指先でくすぐりながら、こう続けた。


「この子は“LILLY series”…第二世代の、小型端末なんだ」

「り、リーリシリーズ」

「そう、君のとこと同じ。」


 ……そうこうしている間に、アパートに着いてしまった。自分についてくるように階段を登るユウを背に、ヒガンは覚悟した。逃げられないと。恐る恐る鍵穴に鍵を差し込む。すると、ぱたぱたと足音が響いて──


「おかえりっ! ヒガン! 昨日の肉じゃが、あっためておいたよ!!」


 キクのお洋服を着たサユリが、笑顔で飛び出してきた。ごくり、と息を呑む。さっき、リーリを紹介してくれたユウを思い出す。彼の黄金の瞳は……恍惚としていたからだ。昼、彼に言われた「メモリアを見せてくれないか」という言葉。彼は、自分じゃなくて彼女に興味があるのだ──僕が拾った、“サユリ”に。


「……こんにちは」


 ユウが言う。サユリは「へ?」と声を出し、彼を見上げる。途端に、ヒガンの後ろに隠れ、「こ、こんにちは?」と返す。ユウはやさしい笑顔を綻ばせ、「ヤオトメくんの友だちなんだ。名前はサクラ ユウ。……お家、お邪魔して良い?」と続けた。

 ……な、なんだか大変なことになっちゃったぞ……(二回目)。


***


「晩御飯、君んちで食べるって伝えちゃった」

「ええっ?!」


 部屋に入り、腰を下ろした直後ユウはそんなことを言い出した。寝耳に水で、ヒガンはびっくりするけれど。でも、昨日作った肉じゃがもあるし……お味噌汁もあるし、ご飯も炊いていた。まあ、なんとかなるか、と判断し「わ、ワカッタ……」と答えた。

 ユウはやさしい微笑みを浮かべ、部屋をくるりと見回していた。「古風なお部屋だね」なんていう彼に、サユリは目に見えて緊張している。機械も、緊張することなんてあるんだ……ヒガンはどこかでそんなことを思う。


「わ、わたし。ヒガンのお手伝い、しなきゃ……」

「待って……もうすこし、君のこと見てていいかな」


 たじたじなサユリの手を取り、ユウが微笑む。ものすごい執念だ。ヒガンはココロに引っかかる何かを感じながらも、出来る限り手早く肉じゃがとお味噌汁をよそい、ご飯を準備する。


「そのお洋服、すごく似合ってるね。かわいい。ヤオトメくんに買ってもらったの?」

「えと……ちが……ヒガン……」


 ヒガンはもやもやを大きくしながら、もはや乱雑に晩御飯の用意を終え「ご、ご飯の用意! できた! よっ!」と声を上げる。思ったより大きな声が出てしまった……コミュ障のサガだ。ユウはぱ、とサユリの手を離し「配膳、手伝うよ」と名乗り出る。明らかに安心しているサユリを見て、ヒガンもなんだかホッとした。


(なんで、モヤモヤしてるんだろ……僕)


 自分とユウの分、二人分の晩御飯を並べ、向かい合って座る。するといつもなら部屋の隅で充電に入るサユリが、そそっとヒガンの元にやって来た。「ど、どしたの……」なんて聞いても、サユリは唇を噛み、ヒガンに寄り添ったままだ。

「好かれてるんだね」とユウが言う。何故だかどこか冷めきった声にヒガンはココロの中で悲鳴をあげた。


「いただきます。…………ん、美味しい。ヤオトメくん、料理上手なんだ」

「あ……イヤ、えっと……アリガト……」

「おばあちゃんちの味って感じ」


 クス、と微笑むユウは肉じゃがをつまむ姿すら様になっている。ヒガンは「ど、どうも……」と返す。ややあって、ユウが切り出した。


「ヤオトメくん。僕、“LILLY series”が大好きなんだ」

「へっ……」


 ──いや、そんな気はしてたけど。それ以外想像できなかったけど。


「“リーリちゃん”って呼んで、可愛がってる。もう流通していない、古い型だけど……販売されてた“LILLY series”は、いま五機持ってる」

「へ、へえ……そ、そうなんだ……」

「第二世代の良いところはね……第一世代と違って、温もりが実装されたところだと思うんだ。それまではただの“機械”だったメモリアが、ヒトの暖かさをもって、僕たちに寄り添ってくれる。すごく素敵だよね。あと、“LILLY series”は素直でわかりやすい操作をしてるんだ。なにより、かわいい」

「そ、……ソッカ……」


 かわいい、に強い力を込めたユウは、縮こまるヒガンを見ながら、箸を置く。そして鞄からもうひとつのメモリアを取り出した──それは液晶がある、無機質な大昔の携帯端末。


「最近レトロメモリアのブームが来てるんだ、知ってる? 確かに、画像とかを共有する分にはこっちの方が都合がいいから僕も持ってて。……そう、これ」


 すい、すい、と画面をスワイプし、タップするユウ。そのまま、とある画面をヒガンに見せてくる。ヒガンの横にいるサユリも興味がありそうに身を乗り出す。そこには……


『ココロを持った“双子のメモリア”……その正体に迫る』


 という記事のタイトルが踊っていた。


「……こ、ココロ?」

「そう。“LILLY series”……それと、同型機の“ROSARIO series”は、とっくの昔に生産終了になってる。中でもリーリちゃんをたくさんコレクションしてるのは僕くらいでさ、この界隈では僕、結構有名なんだよ。友だちには、“ROSARIO series”ばっかり集めてる子がいるんだ。まあ、それは置いといて」


 さらりと言われたことだけど、実は結構気になった。“ROSARIO series”、つまりイバラと同じ機体だ。色んなイバラを持っているヒトが、この世界にはいるのか……かちゃん、と箸がお椀から滑り落ちる。見ると、サユリがユウのメモリアを凝視していた。それを見て満足したように、ユウが続ける。


「……ココロを持つメモリアは、僕らコレクターの間では“都市伝説”なんだ。当たり前だよね。ココロを持つ機械……そんな珍しいもの、欲しいに決まってるよ。……この記事によると、“ココロを持った双子のメモリア”が、どこかにいるらしくて──電子端末時代から続くメモリアの歴史の中で、同じ時期に生産された完全同型のメモリアは、“LILLY”と“ROSARIO”だけなんだ」

「リーリと、ロザリオだけ……」

「……単刀直入に言うね。君の持ってるリーリちゃんは、“ココロ”を持ってるんじゃないかなって、僕は思うんだ」


 ユウの言葉にびっくりして、サユリを見る。サユリも不思議そうに、ヒガンを見つめ返す。


「そ……その、こ、コンキョは?」

「ふふ。難しいこと聞くね……そうだな。ヤオトメくんが前、花屋さんの火事に巻き込まれたって、風の噂で聞いてさ。助けてくれたのが、そのリーリちゃんなんでしょ」

「えと……こ、この娘は“サユリ”だよ……」

「へえ、可愛い名前だね。じゃあ、サユリちゃん……サユリちゃんはさ、なんでヤオトメくんを助けたの?」

「え、わ、わたし……」


 サユリはいきなり話を振られてびっくりしていたけれど……ヒガンを見て、続ける。


「ヒガンが、危ないと思ったからだよ。わたしはヒガンのメモリアだもん」

「そう……そういう直感って、機械は持たないモノなんだよね」


 ユウはぴしゃりとそう告げる。固まるサユリとヒガンに向けて、告げた。


「今日、本物を見て、ますますその疑問が膨らんだよ。欲しいもの、なんでも用意する。お金だって、いくらでも払うからさ……サユリちゃんを、僕にくれない?」


***


「えっ……」

「僕なら、“LILLY”の扱いは心得てる。君がどんな経緯で彼女を手に入れたのかは知らないけれど。……今よりもっと幸せにしてあげられる自信があるよ。」

「……、」


 ヒガンは言いよどむ。サユリと出会ったきっかけを思い出す。傷心していた僕は……初恋の相手によく似ていた、それだけの理由で彼女を拾ってしまったことを。ユウの黄金の瞳はただ冷静に、ヒガンを射抜いていた。まるで、肯定の返事しか受け付けないように。


「だ……だめ!」


 この場を乱したのは、話の渦中にいるサユリだった。


「わ、わたしはね、サクラくん!」

「ユウでいいよ。サユリちゃん」

「うぐっ……じゃ、じゃあ、ユウくん! わたしはね!」

「呼び捨てでいいよ。僕んちのリーリちゃんもみんなそう呼ぶんだ」


 巧みな言葉づかいで、自分好みにサユリを染めていくユウにヒガンは圧倒されっぱなしだ。だけど、サユリはヒガンの腕をつかみ、言った。


「ユウ……! わたしは、ヒガンのメモリアなの。ゴミ捨て場に捨てられてたわたしを、ヒガンが拾ってくれて、起動してくれたの!」

「へえ。どうして拾ったのかな。理由は聞いてるの?」

「も、もちろん! “昔使ってたメモリアに似てたから”って言ってたもん!」

「ふうん。ニンゲンくさい、自分勝手な理由」


 ユウにそう言われて、ヒガンはそれを否定できない。定期的にサユリとイバラを重ねて、勝手に恋心を慰めていたのは事実だからだ。だけど、サユリが言う。


「いいもん! おんぼろのわたしを見つけてくれて、拾ってくれて……ヒガンならきっと、わたしを大切にしてくれるもん!!」


 いつの間にかご飯はすっかり冷めていた。ユウが首をかしげて笑う。


「ずいぶん信頼されているんだね。ヤオトメくん?」

「ウ……」


 情けない。全部サユリが答えてくれてしまっている。ヒガンは顔が熱くなるのを感じた。ユウはいつの間にかご飯を綺麗に食べ終わっていた。立ち上がり、彼は言う。


「しょうがない。それじゃあ、今回は退こうかな」


 ちゃっかり、サユリの頭を撫でるユウ。サユリはぶんぶんと頭を振り、ヒガンにますますその身を寄せる。


「うーっ!」

「ふふ、嫌われちゃった。でも、僕。この世にある“LILLY series”、全部を集めるのが目標なんだ。……君が何者であっても、僕は必ず君を手に入れる。必ずだよ?」

「……、」

「それじゃあ、ヤオトメくん。……またね」


 ひらひら、と華麗に手を振って。ユウはアパートの一室から出ていった。全身から力が抜け、ふうう、と息が漏れる。それより先に、サユリがヒガンに抱き着いた。


「わっ……ち、ちょっと……!」

「ヒガンはわたしを捨てたりしないもん! ユウに渡したりしないもん! わたしはヒガンのメモリアだもん……!」


 かつてないくらい感情を爆発させたサユリにもみくちゃにされながら、ヒガンは思う。

 もしかしなくても僕、なにか大変なことに巻き込まれているんじゃないか……?


***


「だめだ。彼女はヤオトメくんに懐いているみたい。メモリアは、最初に起動してくれた相手に一途だからなぁ……」


 ひとり呟きながら、ユウは歩く。うすら暗くなった通りを進みながら、彼は古い方のメモリアを操作し、それを鞄に仕舞った。くすりと微笑む彼の姿は、やはり綺麗だった。


「でも、僕の所に連れてきて……再起動しちゃえばいい話だ。ごめんね、リーリちゃん。あとはよろしくね?」

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