第10話 イメルダ・ベネディクト② ~ベネディクト伯爵家 後妻~


「…ジャック」

「は、はい、奥様…いかがされましたか?」

 このジャックという執事はしばらく前から旦那様の執事に昇格した小男だ。

 旦那様に媚び売って先代の小言の多かったレイモンドを追い出して昇格したような小狡さを感じるのであまり好きではなかったが、先日の旦那様の領地視察について行ったのはこの男だけだから彼から聞くしかなかった。

「旦那様、領地で何かあった?」

「…えっとですね…」

 そして自ら任命した代官の執務室での乱交、父である前伯爵と先妻の父である侯爵からの叱責について教えてもらった。

 しかしさらに様子がおかしくなったのは侯爵とその後二人でどこかに出かけた後からだといい、その間に何が起こったかは彼も知らない。

「レゼドとかいう侯爵だったかしら…何を言い含めたのやら…。

 やはりお金のことかしら…」

 ジャックに指示して厨房で紅茶を入れさせ、私はそれをもって旦那様の籠っている部屋に向かう。

「失礼しますわ。

 旦那様、少しお休みに…」

「…イメルダか…いや、その…」

 部屋に入ると、執務室の椅子でただボーっとしている旦那様がいた。

 てっきり書類を片付けていると思っていたのに、ただ何もせず、座っているだけというのに少し面食らった。

「…何かありましたか?」

「…なんでも」

「ではなぜ、執務室でただ座っているだけなのです?」

 普段はあまり旦那様の仕事に関心はないが、ジャックから領地であったことを聞けば、代官に任命した男がその任に値しない人物だったことで自分を責めていると思った。

「…あぁ…いや…その…」

 珍しく口ごもる旦那様に、この人は責任感が強いと思ったが、なぜこんなに呆然としているのかの答えはなく、沈黙が続く。

「…失礼します!」

 その沈黙を破ったのは、例の小男だった。

「…ジャック、何の騒ぎだ?」

「そ、その、ききき、騎士団の方が…」

「邪魔するぞ、ベネディクト」

「! 貴様、ライス!」

 入ってきたのは、騎士団の団長で、本人も爵位をもつライス辺境伯だった。

「…フン、相変わらずだなベネディクト。

 しかし今日の用事は貴様にではない」

「…なんだと?」

「国王陛下からの勅令だ…イメルダ・ベネディクト!

 貴様をカトリーヌ・ベネディクト殺人未遂容疑で連行する!」

「…な、なんだと…!?」

「…え?」

 旦那様はすぐ内容を理解して反論しようとしたが、私には何が何やらさっぱりわからなかった。

 殺人、未遂…?

「カトリーヌ・ベネディクトの死体・・から多数のあざ、鞭の跡、切り傷が見られた。

 事故は頭部打撲で即死で、それ以外に傷を負ったとは考えられん…つまり、その前に何らかの危害を加えられていたことは明白だ。

 それも、傷の数からいって…継続的に、な」

 言いずらそうに、しかし辺境伯はすべてを話した。

「…それが、イメルダの仕業とは…」

「この家を追い出された使用人からの告発もあった。

 夫人にカトリーナ嬢を害するように指示され、その指示に従わなかったものは解雇されたと。

 そして今屋敷に残っているのはカトリーナ嬢に暴行を加えていた使用人のみだ、とな」

「…なん、だって…」

 私は反抗的な使用人を排除してほしいとライリーに頼んだのは、カトリーヌの味方を減らすためでもあった。

 その結果、家のほとんどだったカトリーヌに同情的だった使用人はほぼいなくなり、私は馭者のベンを使い、反抗的な使用人にも危害を加えて辞めるように追い詰めていた。

 私はもはや「恵まれた環境に生まれた伯爵家の長女の幸せを奪う」ことしか考えられなくなっていた。

「…イメルダ・ベネディクト」

 私はほとんど何も考えられない状態で、目の前の騎士の呼びかけに彼を見上げた。

「来てもらうぞ…無論、拒否権はない」

 呆然として何も言えなかった私を問答無用で騎士は連行する。

 その時だった。

「何をされているのですか?」

 部屋に誰かが来た…最もこの状況でこの部屋に入ってこれるとすれば一人、私の娘・ジェニーだ。

「ジェニー、来てはいけないよ」

 旦那様が優しく諭すが、ジェニーは「わぁ、騎士様ですか! 素敵な方ね!」と言いながら部屋に入ってきた。

「…ジェニー・ベネディクトか…貴様もカトリーヌ・ベネディクトに何かしていたのか?」

「!」

 私は焦る、ジェニーまで下手なことを言分ければいいのだが…。

「お姉さまに? お姉さまとはお母様からのご指示で私はかかわりを持ってはいけないときつく言いつかっていました。

 けど、執事のジャックや馭者のベンはお姉さまを見るといやがらせのように付きまとって…手を上げたりしていましたね…あれってお母様のご指示なんですか?」

 ベンは私が連れてきた馭者ということもあり、基本は私の思い通りに動く。

 もう一人、ベネディクト家に長く使えるローレンスという馭者はカトリーヌ含め家人の指示に従うが、ベンはカトリーヌを乗せようとしない。

 私はよく買い物をするにもローレンスに馭者を頼み、カトリーヌが外出できないように仕向けたりしていた。

「…な、なにを…!?」

 その瞬間私は理解した。

 おそらくジェニーは、わかっている・・・・・・

 今の状況も、私が連れていかれる理由も…。

「ジェニー!! それは本当なのか!」

「はい、ジャックもベンもお姉さまに手を上げていましたわ?」

「ジェニー様! それ以上は!!」

 横でジャックの声が聞こえる。

「…ほう、これは重要な証言だ。

 ジャックとベン、この二人だな…いや、使用人全員を連れて行こう。

 ベネディクト伯爵…かまわんな?」

「…はい」

「旦那様!!」

 騎士の迫力に力なくうなずく旦那様に私はようやく抗議の声を上げた。

「…連れて行ってくれ、辺境伯。

 全員がすべてを認めるまで、何をしてくれても構わん」

「…旦那様…」

 あきらめたように力なくつぶやく旦那様に、私は落胆してそのまま騎士に連行された。

 

 それからは地獄だった。

 尋問という名の拷問で私の体は傷つけられた…しかし、検査官は「お前がカトリーヌ嬢にしたことに比べれば、たいしたことない」と言い放った。

 何を言うのだろう、私はすべて認めて話したのに、それでも拷問は続いた。

 ジャックとベンはすでに尋問を終え、服役しているらしい…特にジャックは本来そのような行為を止めなければいけない執事であるため、責任が重く実刑もその分長くなった。

 そして悪夢のような拷問の末、私にも実刑が決まり、おとなしく3年ほど服役することになった。

 

 そして3年後、私は取り返しのつかないことをした。

 

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