第11話 ミリエッタ① ~ベネディクト伯爵家 臨時雇いメイド~
現ベネディクト伯爵家は呪われている。
そういわれても私は納得しただろう。
イメルダ・ベネディクト逮捕の報はここ数日、王国の社交界をにぎわす話題となっていた。
貧乏男爵家の末娘だった女性が、愛のない政略結婚をした伯爵に気に入られ、そして先妻の死後に後妻の座を射止めた、というシンデレラストーリーの主役だった彼女が一転、伯爵と先妻の間にできた娘を苛め抜いて殺した毒婦という扱いになった。
ベネディクト伯爵家の女主人だった彼女が逮捕されると、それに呼応するように共犯者として使用人が次々逮捕されたため、伯爵の縁者である子爵・男爵家のメイドを数名伯爵家で臨時雇いするという話になって、その際にこの屋敷に上がったのが伯爵と学生時代からの友人である旦那様が当主を務める子爵家で働いていた私・ミリエッタだった。
執事も実刑を受けており、新しく雇った執事が仕事に慣れるまで、と隠居生活に入っていた前執事のレイモンドさんと、レイモンドさんの供述で共犯者ではないと認定された馭者のローレンスさん以外、臨時雇いばかりという珍しい家だった。
イメルダ夫人…いや、元夫人の娘・ジェニー様はカトリーヌ様の事件にはかかわっていないとして今でも伯爵家におり、養子ながら女主人代理を務めている…もともと頭のいい人なのかもしれない。
何しろ、イメルダ元夫人の供述で、ジェニー様は伯爵様の娘ではなく、本当の父親は元馭者のベンだったというのを聞いても、伯爵様は「ジェニーは私の娘だ」と言いジェニー様をかばった。
元々ジェニー様は年上好きだったらしく、血のつながりがないと知るや「養女ではなく夫人にしてほしい」と結婚までしてしまった。
最初の政略結婚の奥様、イメルダ前夫人、ジェニー夫人…3人目にしてベネディクト伯爵様がこれ以上ないくらい幸せそうだとは、臨時で戻ってきた執事代理のレイモンドさんの言。
最初の奥様は頭のいい人だったらしくずっと伯爵様は劣等感を持っていたらしい。
イメルダ前夫人は逆に気を使わなくてもいいのだが、彼女のわがままに付き合うのが大変とも言っていたようだ。
そしてジェニー夫人はそれなりに頭がよく、それなりのわがままをしてくれるからとても付き合いやすい。
そういって、以前はぎすぎすしていたベネディクト伯爵家が、少し明るくなったらしい。
そうなったのはイメルダ前夫人が逮捕されたあと、身辺を整理して、2年ほどしてジェニー様が夫人として迎えられた。
そしてそれから1年が経とうとした頃のこと。
その日、私が帰ろうと門に向かおうとすると、普段は母屋の横にある厩の脇の部屋に寝泊まりしているローランドさんと会った。
「お疲れ様です、ローランドさん」
「ああ、ミリエッタさんか…どうだね、屋敷には慣れたかね?」
「ええ…まぁ臨時ですし、前のお屋敷の仕事も忘れるわけにはいきませんが。
そういえば…ローランドさん、今日は珍しいですね」
「あぁ、今日はおふくろさんの命日でな。
親父がたまには戻ってこいと言ったので、明日の朝の馬の餌やりだけメイド長に頼んで帰ることにしたのさ」
今のメイド長はもともと伯爵の縁者である男爵家のメイドで、元の家でも今のメイド長が引退すればメイド長になれるくらい優秀なメイドさんだった。
ちなみに、そのメイド長や執事代理のレイモンドさんは、母屋から離れた場所にある使用人用の別棟で寝泊まりしている。
以前はその別棟にも多くの使用人がいたが、今はレイモンドさん、メイド長のほか同じく男爵家から臨時雇いの料理人が1人いるだけで、部屋を持て余している状態だ。
「そうでしたか…」
「ミリエッタさんはアパートへ?」
「ええ、そうです」
私は臨時雇いの間子爵様のご厚意で借りていただいたアパートで寝泊まりしている通いメイドだ。
「…そうか、気をつけて帰るんだよ」
「ええ、お疲れ様でございました」
そういってローランドさんは歩いて20分ほどの実家へと向かった。
「…さて、私も帰りましょうか」
私もそうつぶやいて、アパートに向かって歩き出した。
…その途中、お屋敷の方向に向かって走っていく女性らしき人影を見たが、何やら走っているなくらいにしか思わなかった。
「…ミリエッタさん! ミリエッタさん!!」
ガンガンガンガン。
「!! ろ、ローランドさんの声!?
は、はい、ただいま!!」
それから数時間、休んでいた私のアパートのドアをたたく音で目が覚めた。
がちゃり…ドアを開けると、そこには慌てた様子のローランドさんがいた。
「大変だ、ミリエッタさん!」
「ど、どうしたんですか、ローランドさん?」
「屋敷が…屋敷が燃えてる!」
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