第6話 ライリー② ~ベネディクト伯爵家 当主~

 

 馬車を飛ばし3日ほど走り、ベネディクト伯爵領へと入った。

 見たところ、農地はすでに刈り取られてはいるが、豊作だったらしい。

 まずは、代官公邸に入り、私が任命した代官がいる執務室へと向かうため、階段を上がった。

 そして代官執務室前で何度かノックをするが中からの応答がない…ここまで来た文官も不思議そうに「いらっしゃるはずなんですが」と答える。

 意を決してドアを開ける…果たしてそこには、件の代官がいた。

 しかし彼だけではなくもう一人…そういえば秘書として雇ったと言っていた女が…全裸でまたがっていた。

「…誰だ急に!! …ってりょ、領主様!?」

「おい」

 代官には目もくれず私は女に向かって怒気を飛ばす。

「ひゃいっ!?」

「…まずは服を着ろ、そしてこの部屋から出ろ」

「ひゃ、ひゃいいいい!!」

 女は自分の服をひったくり、ほとんど裸のまま部屋から出て行った。

「…さて、代官」

「…」

 逢瀬を邪魔された代官は呆然とこちらを見ている。

「貴様、何をしていた?

 少なくとも、仕事ではあるまいな?」

「…も、もうしわけ…」

「戯けものが!!

 領内の税収が落ち込んでいるときに、貴様何をしておるんだ!!!」

「!?」

 代官は服を着ることも忘れその場に座り込み、うなだれた。

「…貴様がここで何をしようと勝手だが、仕事はしろ」

「…は、はい…」

「それで?」

「…? それで、と申しますと?」

 代官は何もわからない様子で私に聞き返してきた。

「とぼけるな、税収が落ち込んだ話…いや、そういえば、カトリーヌはどこにいる?」

「…カトリーヌ? いったい誰です?」

「…惚けるのか?

 うちの長女のカトリーヌだ」

 そういえばここに来る前に思い出したのだ、誰だったか忘れたが、カトリーヌは領地を視察に行っているといわれたのを。

「…お嬢様ってことですか?

 俺が代官になってからは一度も来ておりませんが?」

「…なんだと?」

 此奴を代官にしてから半年ほどたつが、カトリーヌを知らないということがあり得るのか?

 …そういえばしばらくカトリーヌを見ていない…カトリーヌに任せた仕事はレイモンドに監視させていたが、仕事を放り投げるような娘ではないので、任せきりにしていた…。

 私も何か月もあっていない…領地を視察に行って帰ってきていないのかと思ったが、この代官公邸にいないのは意外だった。

「バカも休み休み言え。

 私の代わりに領地視察に来ているはずだ、ここによらぬはずがない」

「…文官、お嬢様など最近ここに来たか?」

「…いえ、カトリーヌ様のことは存じておりますが…半年以上はこちらにいらっしゃってませんが?」

 文官も首をかしげている。

「…何?」

 どういうことだ?

「…まぁあいつのことは後回しだ。

 この伯爵領の税収のことだ。

 昨年の凶作の時と、豊作の今年でほとんど同じ税収になっている。

 これはなぜだ?」

「えと…」

 代官は何もわかっていないようで、文官のほうを見る。

「…恐れながら伯爵様。

 それは魔鉱石の採掘ができていないためでございます」

「…何?

 魔鉱石はこの地の第二の産業ではないか…なぜできていない?」

「それが…数か月前に、埋蔵量が底をつき、採掘ができなくなりました。

 そちらの執事様宛にお手紙をお出ししたはずですが?」

「…おい、ジャック」

「…はいっ!?」

 私が後ろにいた執事を振り返ると、例の小男が青い顔で立っていた。

「…文官、すまない。

 執事はこういう人間なのだ…」

「…先代の執事様ではそういったことは考えられませんでしたな。

 まぁいいです…それで、税収の件はこれでご説明できておりますか?」

 文官は、自分の勤めは果たしているという態度で、慇懃無礼にこたえる。

「…理解はした、仕方ないな。

 何かほかの産業の候補になりそうなものはあるかね?」

「…以前からカトリーヌ様から、そしておやめになる直前に先代の執事様からも申し伝えられておりましたが、残念ながら農業以外にこの地の産業となりそうなものはありません」

「…そうか」

 私は怒りを通り越し、伯爵領の農業以外のポテンシャルのなさにあきれていた。

「…仕方ない…すまないが、文官、君に代官を任せたいのだが」

「領主様!」

 その言葉に、代官の男が非難の声を上げた。

 それを無視して文官が答える。

「…お言葉ですが…私は間もなく退官する予定でございます。

 代官様・・・に対する小言が多いとのことで、引継ぎが終わり次第退官するようにとのご命令で」

「…おい」

 もはや私は代官に怒りを再び向ける。

「ひっ!」

「…お前は何一つ成していないのに、なぜ勝手なことをするのだ?

 お前こそ代官の地位を返上しろ、大バカ者!

 今日今限りでこの部屋を明け渡せ、愚か者が!!!」

「ひぃぃ!!」

 断末魔の声とともに代官だった男は部屋から逃げ出した。

「…文官、これで」

「いいえ、領主様、すでに次の仕事のあてもありますので、残念ですが…」

「…これほど私が頼んでもか?」

「はい」

 何一つ曇りのない表情で文官の彼はこちらを見た。

代官様・・・が代替わりしてからこの伯爵領の収入は目に見えて減っております。

 それは…領主様、あなたの任命責任もあるかと」

「…黙って聞いて居れば、貴様、何様のつもりだ!」

 私もさすがに声を荒らげた。

 しかし文官の彼は涼しい顔をしている。

「ですから、私は退官したいのです。

 つい数か月前までうまくいっていた領地経営が、なぜここまでひっ迫したのか…カトリーヌ様の領地視察がなくなり、伯爵家の執事様が代替わりしたタイミングで何もかもうまくいかなくなりました。

 …領主様はこの件どうお考えで?」

「…もういい、貴様、退官までに引継ぎは済ませろ。

 …優秀な文官は貴様だけではないからな」

「…恐れ入ります」

 そういって文官は一例をして部屋を出ようと歩き出した。

 そしてドアの前でいったん止まり、思い出したように「そうそう」と声を出した。

「…カトリーヌ様は領地視察の前、レゼド侯爵様にお会いしてから来るのを楽しみにしていたそうですよ。

 それだけが生きる楽しみだ、とまでおっしゃっていました…では失礼、引継ぎ・・・がありますので」

 バタン。

 文官が出ていき、扉らが閉じられた。

 部屋に残ったのは私と、執事のジャックのみ…そのジャックも青い顔で立ち尽くすしかできなかった。

「…チッ」

 レゼド侯爵と言えば、何かと口うるさかった前妻の両親、義父・義母にあたるが、私のことを伯爵家当主と認めないところがあった…何度も「貴様なんぞのところに嫁に出すんじゃなかった」と言われたこともある。

「あの耄碌爺のところにいかねばならぬのか…」

 ことさらカトリーヌをかわいがり、無論だがイメルダとジェニーの存在を『売女と阿婆擦れ』『貴族家の恥』とまで言い出したあの義父に…。

 しかし、何か事情を知っているとすればレゼドの爺しか…いや、レゼドの耄碌爺と仲の良い奴がいたな。

「…ジャック、明日にはここを出るぞ。

 その前に、ここの仕事を任せられる文官を選抜しておけ」

「は、はい…た、だたいま!」

 そういってジャックは文官のいる事務所へと向かった。

 それまでたまった仕事を片付けようと、私はあの代官がいた机に向かった。


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