第7話 募る思いは
月曜に出社してメールチェックをする。小林さんから昨日の十六時に色校の確認メールが来ていた。
「はあ?」思わず大きな声が出てしまい、向かいの席の後輩に「大丈夫ですか?」と心配され慌てて何でもないと誤魔化した。あれから出社とかどんだけだよと呆れた。
十七時から予定していた打ち合わせが急遽流れたのでマーケのモニタリングイベントの様子を見に行くことにする。先輩が企画に携わっている初の男性向けセルフエステのラインで、デザイナーは小林さんだった。今から出るなら直帰でもいいだろう。課長に承諾をもらうと『外出→直帰』と予定を書き換えた。
渋谷の会場にはインフルエンサーや雑誌や公募モニターで集められたあらゆる年代の男性が集められていた。
営業が商品説明をし、マーケがモニターに質問したりアンケートを取ったりしている中、小林さんがじっとその様子を見ていた。
「小林さん、お疲れ様です」
「お、珍しいじゃん」
「はい、来れる時は来たいと思ってるんですけどなかなか、感触はどうです?」
「ターゲットはドンピシャなんだけど、ドンピシャ過ぎるのと、あと狙い通りネイビーが人気」
そう言うとグッと伸びをした。
「まだ居る?」
「ええ、もう少し。先輩とも話して来たいので」
「じゃあタバコ吸ってるから帰る時声掛けて」と言って会場を出ていった。
なるほどモニターの様子を見るとまず手に取るのがライトブルーやネイビーでブラックやシルバーはあまり目が行かない様だった。
今回は20〜30代がターゲットなので色味も新鮮だ。メタリックなライトブルーはとても目を引いて、自分が選ぶならこの色がいいなと思った。
「シルバーとかもうオッサン需要なんだよ」
空になったジョッキをカウンターにドンと置くと小林さんはボヤく。
だから必要ねーつったのに無駄な労力使わせやがってと文句が止まらない。「まぁまぁ」と諌めると
「お前ならライトブルーだろ?」
突然言われドキッとする。
「え?あ、はい!あ、あの色すごくいいです!」
驚いてしどろもどろになってしまったが、何とか好印象を伝える。
「まぁいいけど。今度はぜってえ余計なサンプル作ったってごちゃごちゃ言われんだぜ」
「赤もかっこよかったです」
「そう!以千佳ちゃんさすが、分かってんね」
そう言うと肩を寄せてしなだれかかるので
「もう酔ったんですか?」と慌てて支えると
「はぁまだ月曜か…」
「休日出勤とかしてるからですよ」
「お姉さんビール二つねー!」
月曜だろうがなんだろうが飲むんだなこの人は。
飲み屋を挟んで帰り道は左右に別れる。でもなんだかこのまま別れてしまいたくなくて
「送って行きますよ」と隣に並んだ。
「この人おくりおおかみでーす」
大声で言うので慌てて口を塞ぐ
「ちょっと何言ってんですか!」
小林さんはただケラケラ笑い、通行人も酔っ払いだと気にする様子もなかった。
「アンタは、もう」
肩を掴んでマンションまで徒歩五分の道のりを別れ難くてゆっくり歩いた。
マンションの前でじゃあちゃんと部屋まで行ってくださいね、と言って体を離そうとするとスっと顔を寄せてキスをされた。何が起きたか一瞬分からず、小林さんを見るとおやすみと言って小走りで蛇行しながらマンションのエントランスに吸い込まれて行った。
酔いが一気に覚めるのが分かった。今のキスが頭をエンドレスリピートして立ち尽くす。
「ちょっと、なんだよ可愛すぎだろ…」
帰り道に悶々と考える。もし『送りオオカミ』したならOKだったってことか?思い過ごしでなければ小林さんが作ってくれた機会を逃した後悔と、ひよったと思われた気がしていつも一歩を躊躇する自分にもやもやしていた。
翌日からは急な案件が入ったりして一日があっという間に過ぎていき、終電に駆け込む日が続いた。
小林さんに連絡したくてもタイミングが図れず、あの日以来事務的な開発チームでのメールのやり取りだけで顔も見ていなかった。
金曜の締切に滑り込みで間に合い、漸く解放されると先輩から
「目黒、本当に今回は助かったよ。お礼と言っちゃなんだけどこれから飲み行かないか?奢るよ」と言ってくれる。直ぐにでも小林さんに連絡したかったが、これは一杯行かなければまずい感じだ。せめて早めに切り上げようと席を立った。
「目黒はどうなんだ?彼女とか」
飲み会恒例の質問を先輩が直球で聞いてくる。
「はぁ、忙しくて」と笑うと
「確かに、今週は俺がお前を独占してたしな。なぁもし良かったら俺の彼女の友達とか紹介出来るから出会いがないとかだったらいつでも遠慮なく言えよ」
先輩達と飲みに行くのはいいのだが、決まってこういう話になるのが苦手だった。
「ありがとうございます。考えておきます」
何となく前向きな雰囲気でやり過ごせば話は長くならない。最後に彼女が居たのはいつか、好みのタイプは、社内なら誰が可愛い、いつどこでも同じ話が出来るくらい“ノンケ以千佳”は出来上がっている。
店を出たのは二十一時前だった。先輩のスマホに頻繁にメッセージが入りはじめた。誘った手前言い出しにくいだろうと何となく水を向けると「悪いな」と言いつつホッとした顔になった。俺だって会ったこともない先輩の彼女に恨まれたくはない。
電車に乗りすぐさま小林さんにメッセージを送る。家にいるから来れば、という素っ気ない返信がすぐに来たのでコンビニでヘーゼルナッツとピスタチオのアイスを買ってマンションに向かう。足取りは自然と軽くなり、会いたくてしかたなかった。
呼び鈴を鳴らすとドアが開き小林さんが顔を覗かせると玄関の壁に押しつけてキスをした。
ゆっくりと舌を絡ませてから舌先を吸うと「んん」と小さく喘いだ。
「おいコラいきなり何すんだテメェ」
俺を押し退けると悪態を付いた。この間は自分からした癖にと思いながら
「ずっと会いたかったんで許してください」
「酒臭えんだよ」
耳まで赤くした小林さんは下を向いてずんずん進んで部屋へ誘導した。
「アイス買ってきたんですけど、今食べます?」
「今いい。お前は?」
俺も後でいいと言うと冷凍庫に袋ごと入れた。
「結構飲んでんの?」
先輩と飲んでいたことは伝えていた。照れているのかなかなか顔を見せてくれない。
「それほどでもないです」
そう言うと両手を広げて小林さんを待った。
「んな事されてもどうしていいかわかんねえんだけど」
「来て下さい」
観念したのか恐る恐る近づいて来る腕を引いてベッドに押し倒した。
「あのさ、今更だし、薄々分かってはいんだけどとりあえず確認でお前が突っ込む方で俺が突っ込まれる方ってことだよな」
そういえば全く意思確認をしていなかった。
「そ、それで大丈夫ですか?」
思考が停止して情けないことに間抜けな返事しか出来ない
「てめぇ気持ちよくなかったらぶっ殺すからな」
真白さんは覚悟を決めたように俺の首に腕を回した。
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