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 海叶は自分の家の前で、ほとんど空のカバンを逆さまにして振っている。

「ない……」

 カバンから出てきたのは、包装のビニールが張り付いた飴玉と、駄菓子屋で万引きしたアイドルグループのカード。あとは学校で配られたプリントで折った紙飛行機。地面に墜落して先が潰れた紙飛行機を手に取って乱暴に広げてみても、そこに探し物はなかった。

 海叶は朝の行動を思い出していた。

 制服に着替えて、少ししょっぱいインスタントの味噌汁を飲んだ。カバンを取って玄関に立つと、母が無理やり頬にキスしてきて、慌てて外に出た。鍵は、下駄箱に付けたフックにぶら下がったまま。

「くそっ」

 海叶はプリントをクシャクシャに丸めて玄関に投げつけた。母のパートが終わるのは夕方の四時。まだ二時間以上待たなくては帰ってこない。家の周りをぐるりと回って、鍵が開いている窓がないか確かめたが、どこもきっちり施錠されていた。

 どうするか考えた海叶は、今日の母は機嫌が良かったから職場に行っても叱られることはないだろうと、歩いて十分程度の距離にある母の職場まで鍵を取りに行くことにした。もしかしたら、何かおやつを持たせてくれるかもしれない。そんな期待を胸に、カバンを玄関前に置きっぱなしにして身軽になった海叶は、母のパート先のスーパーまでの道を駆けた。

 樹々は風に揺れ、昼寝中の猫は走る海叶に驚き塀に飛び乗った。

 さっきまで紙芝居の絵のように動かなかった景色たちが、映画館のスクリーンのように、臨場感を持って動き出した。

 スーパーに着いたら、明るい旋律の音楽が流れ、笑顔の母が海叶を迎える。そんなシーンを海叶は思い描いていたが、現実はそんな楽しいストーリーではなかった。

 少しの車しか停まっていないスーパーの駐車場で目にしたのは、確かに母だった。

 母だったが、その周りは母が子供に見えるくらいに体格のいい男たちが囲んでいた。

 男の一人が白と黒でペイントされた車のドアを開け、その中に母を座らせようとしている。

「何やってんだよ……」

 息を切らせながら車の前に仁王立ちになった海叶が呟く。

「何やってんだよ!」

 海叶の目は母親に向けられていた。目の前に現れた息子に、海叶の母は両手で顔を覆って泣き崩れた。その両手首には黒く塗られた金属が鈍く輝いていた。

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