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 新しかった環境も、日常へと変化してゆくにつれ、歩調を速めて過ぎ去ってゆく。

 小川が南小学校で勤務するのも、海叶が伯母の家で生活するのも日常と呼ぶにふさわしくなってくると、島に観光客が増える夏休みはすぐにやってきた。

 夏休みになっても教員は仕事に追われるが、子供が学校に来ない夏休みの間は、当然のことながら小川に仕事はない。

 その時間を利用して、小川は家の片づけをしていた。盆休みの後半に、田島が小川の家に引っ越してくることになっている。

 使っていない和室は、小川の両親がかつて使っていた部屋だ。その時から置かれたままになっているタンスの中には、母親が亡くなって五年が経った今でも、母の物だけではなく、父の物もそのまま入っていた。小川がこれまでそのまま残していたのは、想い出や感傷のためではない。特別捨てる必要もなく、また、それが面倒だっただけだ。

 ホームセンターで買ってきた黒いビニール袋に、タンスの中の服をどんどん放り込んでゆく。

 その引き出しのひとつ。服の下に隠すかのように、数冊の大学ノートが入れられていた。小川はひとまずそのノートを脇に置いて、残りの引き出しを全て空にした。いっぱいになった三つのビニール袋の口を結んで玄関に置くと、ノートを持ってリビングのソファーに腰掛けた。

「おふくろのか……」

 ページを捲ると、見覚えのある整った文字が並んでいる。ボールペンで書かれた文字たちは淡い茶色に退色していて、それが随分前に書かれたものだと小川に教えた。

 どの文章も短く、毎日書かれたものではなかったが、それは母の日記に違いなかった。

 小川は自分が決して良い息子であったとは思っていなかった。それだけに読む気になれず、かといって服と同様に捨ててしまうのは違うと感じ、ひとまず書架の隅にねじ込んだ。

 そこに並んだノートの背中に、小川は久しぶりに両親の顔を思い浮かべた。

 小川の父がウガンダで亡くなる前に、母はずっと彼の死を覚悟していた。

「遠く離れて会えない人は、死んでいるのと同じ。連絡も来ないんじゃなおさら」

 そう小川の母は何度も、まだ子供の小川に聞かせていた。そして小川もそれはその通りだと感じていた。自分を世界の中心に置いた、主観的な他人の命の見方だ。その考えの中では、自分と出会っていない人間は、まだ生まれてもいない。そして逆方向から見た時、誰からも認識されない場所に自分を置けば、自分は客観的に死んだも同然となる。

 その考えの下、小川は一度自分を殺した。父が命を落としたのと同じ地で。

 だが、その場所で見た圧倒的な現実の死の渦に、小川は醜いくらいに生きるしかなかった。

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