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丘の上に見えてきたポツンと建つ平屋の古い家は、風で葉を擦らせる竹林と、影を落とす月光で幻想的に浮かび上がっていた。田島がこの家を訪れるのは小学生の時以来だ。
小川と田島の母親同士も同級生で、幼い頃はよく母親と一緒に小川の家へ遊びに来ていたが、それも小学校低学年の頃までだった。
その小川の母親も、去年亡くなっている。
葬儀の時に子供のように泣いていた田島の母の顔も、田島には昨日のことのように思い出される。その時、既に日本にいたはずの小川はなぜ姿を見せなかったのか。その理由は聞きたいと思っても聞けずにいた。
小川の家へと向かう一本道を進んでゆくと、庭に小川のハッチバックが停まっているのが見えて、前のめりにステアリングを握っていた田島は、身体をシートの背もたれに預け安堵の息を漏らした。
田島は、裸で貰って来たタッパーを手に取って、車の中に何か袋がないか探したが、手ごろなものがなく、諦めてタッパーをそのまま胸に抱えて玄関へと向かった。呼び鈴などはない。田島は玄関の引き戸に手を掛けて少し開けると大きく息を吸った。
「ごめんください。小川君、居る?」
中には灯りが点いていた。テレビの音も聞こえる。だが、小川からの返事はない。
「小川君?」
心配になった田島は、一歩中に入りもう一度声を張り上げた。すると、中から人が動く音がした。そしてすぐに小川の声が聴こえた。しかし、何を言っているかまでは聞き取れない。それでも田島はほっと胸をなでおろした。
「小川君、ピザ一枚ぐらいしか食べてなかったでしょ? だから料理を貰って来たんだけど……」
「ちょっと待って」
今度はハッキリと田島のもとに小川の声が聞こえた。バタバタと動く音も聞こえる。やがて現れた小川の頭は濡れていて、首にはタオルが巻かれていた。
「ごめん、風呂入ってたから。丁度出た所だったんだけど……。上がっていくか?」
その言葉と、風呂上がりの小川の香りに、田島の胸は外で夜風に弄ばれて音を立てている竹の葉と同じようにザワザワと鳴った。
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