幸福な蛇
我々は幸福であった。
だが、蛇が我々に囁いた。
ある蛇は、人々が悟りを開くことこそ幸福とした。
ある蛇は、人々は隣人を、敵すらも愛すことこそ幸福とした。
ある蛇は、人々が神の定めた規則に従うことこそ幸福とした。
我々は知ってしまった。
欲を抱く人々が不幸に見えた。
憎みあう人間が不幸に見えた。
圧政を敷かれた人々が不幸に見えた。
そして、我々は蛇になった。
「あなたたちは不幸だ。」
――――――果たして、自分は幸福だとでも言いたいのだろうか?
今回は前回と趣向変えて、エッセイというのに挑戦してみようと思う。
何分初めての挑戦なのでいくらか変なところもあるだろうが、どうかご容赦願いたい。
ところで、読者の皆様は普段どんなことで幸福を感じるだろうか。
10秒ほど目を閉じ、自分の胸に手を当て考えて頂きたい。
どうだろうか、これを読む人の分だけその種類は様々だろう。
テレビゲーム、恋愛、部活が終わって家に帰った直後のシャワー、これを読んでいる人なら、カクヨムで小説を読むなんてのもあるだろう。
私の場合は…少し人と違っているというしかないだろう。
幸福とは、心が満ち足りていること。幸せともいう。(Wikipediaより抜粋)
幸福が最高目標、永続的であるのに対して、実生活の具体的な活動の過程で得られる快は安定性も永続性も欠いているとは、かの有名な哲学者アリストテレスが彼の、正確に言えば彼の息子の著作、『ニコマコス倫理学』にて綴った言葉だ。
つまり幸福、我々の言う「幸せ」なる概念は、永遠に続かなくてはならないのだという。
なるほど。永遠の幸せ。永遠の幸福。なんと甘美な響きだろうか。だが言うまでもなくそんなものは実現しない。
何せこの世は諸行無常であり、盛者必衰の世であるからだ。
永遠を夢見る夢想家は山のようにいるが、残念なことに永遠などない。
そして、その考え方は13世紀前半頃から全く変わっていない。
であれば、幸福とは得られないものなのか。
そうではない、と私は考える。
幸福とはありふれている。世界には幸福がある。もしくはあった。傲慢で、無知で、それでいて、いや、故に幸福な人間が、それを知らないだけで。
創世記において、アダムとイヴは楽園に誕生したという。
彼らは何の心配もなく楽園に住んでいた。彼らの心は満ち足りていた。迷いも悩みもない彼らは、真に幸福だっただろう。
だが、ああ、誰もが夢のままでそれを終わらせたように、それだけが今も変わらないように、この世に永遠など存在しない。
彼らはある時蛇に唆され、知恵の実の存在を知ってしまった。
その時点で、彼らの幸福は失われた。
その存在を知ったことで、彼らはそれを知りたくなった。彼らに欲求が生まれた。彼らの心は満たされなくなった。
幸福の対義語が不幸であるならば、彼らは不幸になったのだ。
彼らは幸福を知ってしまった。故に彼らは不幸になった。
幸福でないことは、不幸であることと同義であるから。
これこそが、誰も幸福になれない理由なのだ。
幸福を知らなければ、それが我々の目にどれだけ不幸に見えたとしても、当人にとっては幸福なのだ。
所詮幸福や不幸などという言葉は、関係のない第三者による他者と自分を比較する言葉に過ぎない。
「みんなが幸福な世の中を作ろう」などと、なんと自己中心的な言葉であろうか。それは「お前らが私より不幸で惨めだから」、「お前らが私より幸福で不快だから」という、他者と自己を比較し、“勝手に“不幸になっただけ、”勝手に“幸福になっただけのことからくるものであろう。そんなことならば最初から、何も知らず、誰にも教えず、お前たちが”不幸“に変えてしまった”幸福だった“環境の中で閉じ籠っておくべきだったのだ!
…などと、少々感情的に綴ってみたが、読者の皆様に毒を吐くつもりは毛頭ない。
かくいう私もそんな”お前たち”のうちの一人であり、そもそも冒頭で述べた通りこんなことは初めから不可能だ。
最初の二人があの果実を喰らったその日から、我々は知識欲の奴隷であり、我々は無知を恥じる者であるのだから。
幸福は呪いだ。創世記から続く、我々が背負い続け、継承し続けた呪い。
蛇から人へ、親から子供へ、幸福を自称する不幸な人間から、不幸を背負わされた幸福な人間へ。
そうして継がれてきた、これからも継がれていくだろう呪い。
いつか我々の全てがひざを折り、大地に還るその日まで。
それでは、次の日記にてまた会おう。
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