第10話 それぞれの都合

クリスは何とか隙を見て拘束の術バインドなり金縛りの術ホールドなりを実行しようとしているが、死霊レイスは照準が定まらないうちにふわふわと逃げて行った。くっそ!


堕落主義者というのは、他人を堕落させるだけではなく、当然自身も堕落しきっているのだが、それ故に行動に取り留めがなかった。足の早い酔漢とでも言うべきだろうか、ふらふらとどこに向かってるのかは判らないのに妙に逃げ足が早かった。


一方で実は追われる死霊も些か以上に困ってもいる。本来彼はあまり頭が良い訳でもないし、自身の主義に則り脱走などを計画した訳ではない。しかし少し前からこの時期に人間界で堕落の集大成のような集まりがあるのは感じており、ついついそこに引き寄せられただけなのだ。


──よりどりみどりだ

死霊はこの集まりにやってきた事に歓喜した。少し物陰を見ると酒なりセックスなりドラッグなりが横行していた。一見既に堕落しきっているようにも見えるが、実は彼らの大半は普段は真面目な勤め人なのだと判った。まさにごちそうだらけだ。


しかし選択肢が多すぎると返って選べないもので、試しにあちらこちらに取り憑いてさてどれがいいかと迷ってるうちに、自分を追いかける謎の人間に見つかったのだ。ちなみに死霊の逃走経路選択は、この仮取り憑き時に得た知識に依るものだった。


──なんだよあいつ

死霊は追ってくる者の正体は判らない。追跡隊ではなさそうだがそれなり以上の魔力があるのは感じていた。それに大嫌いな臭いもした。この死霊はその主義の通りに、他人を堕落させるのが目的かつ快楽だが、それとて得意な相手と苦手な相手が居る。


堕落主義とは秩序性を否定する主義であり、それは秩序性が緻密であるほどより強い快感を得る事ができる。しかし追ってくる者にはあまり強い秩序性を感じなかった。混沌性という訳でもなさそうだが、実は他動的な理由が行動原理であるようだ。


他動的な者はやっかいである。彼らの行動原理は常に他者に握られているので、堕落という概念があまり通用しない。まるで生きた自動人形だ。本人の価値観で動いている訳ではないので堕落させても面白くもないし、ただやっかいなだけの相手である。


ひゅん、という音がした訳ではないが、光線が死霊をかすめた。ついにクリスはキレて稲妻の術ライトニング・ボルトを使ったのだ。捕獲は条件なしデッド・オア・アライブである。


「大人しくしてればいい気になりやがって!」

他人から美少年または美少女と呼ばれる事もあるクリスは、しかし逃げる死霊を口汚く罵ってさらに魔法を連発して追い詰めようとするのであった。


クリスは普段あまり攻撃魔法を使わない。それは温情のなし得るものではなく、単純に触媒が割高だからである。キレてはいたがそれでも頭のどこかで触媒代を計算して冷や汗をかいているクリスだった。ちくしょう!カネ出せテメエ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る