第7話 元執政と側近

「どこに行っていたんだ?」

シールドはマイエルンの姿を見るとそう訊いた。


「グレンド伯爵との交信を」

マイエルンはシールドに丁寧にそう答えた。


「ロイヤルスイートは空いてないだろ」

シールドはやや苛つき呆れてそう言った。


「伯爵はエグゼクティブでもデラックスでも構わないと仰っておりました」

マイエルンの言葉にシールドは冷笑を浮かべた。


「まさか伯爵かつ元老院首席にそんな粗末な部屋を提供できないだろう?」

シールドは皮肉っぽくマイエルンにそう言った。


マイエルンも微苦笑を浮かべながら頷いてそれに同意した。グレンド伯爵に魔界での生命と爵位と領地と地位を与えたのはオルブレルではあったが。


ロイヤルスイートに空きがないのも事実である。たとえその理由が元々このホテルにはロイヤルスイートは一部屋しかなく、それを当のシールドが長年専有しているからだとしても、開業以来誰も使っていない幾つかの部屋を繋げてロイヤルスイートに改装できたとしても、現時点でロイヤルスイートに空きがないのは事実なのである。


「伯爵も案外粘るな」

シールドは他人事をそう評した。


「芳しい噂は聞きません。私も些か……」

マイエルンはさり気なく本音を打ち出した。


「どいつもこいつも骨がない。あんな新参なんかぶちのめせばいいのに」

シールドは片鼻に皺を寄せてそう言った。


「今回がその好機だったのでは?」

マイエルンはシールドにそう問うた。


「だから胡乱な手でやったんだろうが」

シールドはやや不愉快そうに反論した。


「これなら強行採決派も何とかしようがある」

シールドの本意はそこにあったようだ。


この件の大筋はマイエルンが考えたものだが、その方針はシールドの助言に依るものだった。つまりこれはわざと隙を見せるための手段だったようだ。


「大体にしてこの状況で議決というのがな」

不快そうに鼻で溜息をつくシールドだった。


「と、仰いますと?」

マイエルンはシールドにそう訊いた。


「例えば皆勝手に自分の考えで投票したとしよう」

シールドは例を上げて説明をした。


「その結果は本当に民意を反映しているか?いや、していない。ただの籤引きだ」

シールドはそう結論づけた。


「主権者というのは民意の代表だが、それは個々の意見を吸い上げる事ではない」

珍しく政治論を語るシールドだった。


「まず自分が何をしたいのか、何をするのかを提示できなければ話にならん」

シールドの言葉は厳しい。


「その上で意見も反対も許す。それを検討も取り込みもする。それが政治だ」

シールドは断言した。


「誰もそんな力がないのに」

葡萄酒を口に含んで一拍置いた。


「作られた制度に乗っかって何票取ったとか失ったとか、やってる事がズレてる」

シールドはそう吐き捨てた。


ホテル・バラー長期滞在客ピーター・シールド氏の言葉ではなかった。実際に千年王国を創り、その国家を長年統治していたオルブレル執政の言葉であった。その言葉にマイエルンは膝をついて最敬礼をした。これこそ久しぶりに聞く我が主の御言葉だ。


「執政……何卒お戻り下さい」

マイエルンは感動に打ち震えながらシールドにそう呼びかけた。マイエルンからは見えなかったが、シールドは些かバツの悪い顔を浮かべた。


「あ、いやその何だ、あくまで私個人の意見だよ。コンシェルジュ」

シールドは作り笑いを浮かべてそう言った。


「私はオルブレル執政を見ていたいのです!」

マイエルンは激情のまま涙を流してそう訴えた。


「あー…まあ…、その、機会があれば……」

シールドは彼らしくもなく言葉を濁した。


さすがのシールドも、発生以来ずっと自分の傍に居て、本心から自分を敬愛している側近の悲願を無下にはできなかった。でもまだ引退して十年くらいだし、もう少しはこのままでもいいんじゃないかなって。ほらクリスの事だってあるしさ。


「お前、いやコンシェルジュの苦悩は良く判るよ」

血涙でも流しそうな側近の表情を見てそう言った。


「どいつもこいつも気骨がない」

シールドは皿に乗ったものを指でつまんだ。


「骨があるのはクリスだけだ」

シールドは冗談めかしてそう言い、弟子ならぬ「生徒」の右の小指の骨を食べた。

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