第4話 収穫祭前

クリスがカルミア地区に着いたのはタルスウィル島を出発して丁度一日後であった。連絡船の中で2時間ほどだらだらと過ごし、カリジア港に接舷するとそのまま相乗り馬車で首都マーリンに向かい、その日はマーリン東部のホテルに宿泊した。


翌朝にマーリン南西部のカルミア地区に向かったのだが、これが予想より遠かった。同じ首都内なのにカリジアからマーリンより遠い。


──さすが首都

クリスは感心とも呆れともつかない感想を持った。クリスはかつてこの巨大な首都に住んでいたのだが、その当時は北部のジェムダ地区のほんの一区画の中で生活が完結していたので、自分が住んでいた街がこんなに巨大な都市だとは知らなかったのだ。


さてカルミア地区に着いたのはいいが仕事の時間はまだまだである。クリスはカフェに入りぼんやりと行き交う人々を眺めていた。


──収穫祭ねえ

田畑など全くないこんな大都会で収穫祭を行うのも妙だと思ったし、そのお祭りに参加するのになぜ仮装しなくてはならないのだろう?クリスがまだジェムダ地区に住んでいた頃は収穫祭などやった記憶がなかった。いつこんな祭りが始まったんだろ?


「お菓子をくれなきゃいたずら!」

店の中で子供たちがかわいい声でそう言いながら客席を巡っていた。とは言えそれはただの便乗商法で、子供たちに渡すべきお菓子は当の子供たちが販売しているのだ。もちろん無視したっていたずらをされる訳ではない。まあ平和な事である。


「お兄さんもお菓子!」

子供たちの一団がクリスの席にやってきて台詞を省略してそう言った。


「あれ?お姉さんかな?」

子供たちをまとめる店員の女性がそう確認した。余計なお世話である。クリスは愛想笑いを浮かべて少しお菓子を買って子供たちに渡した。もちろん本当はお菓子など買いたくなかったが、買わないと何度も巡回されそうだと思ったのだ。


クリスは貧乏である。今は経費という形で充分過ぎる程の金を持っているが、これは後で精算する時に経費外と見なされると宿泊費に加算される。つまりこれはなるべく残しておきたい金なのだ。都会のカフェで臨時バイトをやっているような子供が貧乏な訳がない。お金に困ってるのはこっちだ。


改めてクリスは窓の外を見る。行き交う人々はオバケだか何だか良く判らない仮装をしている人が多い。そしてその中には仮装ではなく本物の死霊レイスも居る。クリスはそういう死霊を見かけると一応は標的であるかを確認していた。


──死霊憑きか

クリスは人間ではあるが、その生活環境のおかげで普通の人間とはやや違う価値観を持っている。そのため死霊憑きという言葉に違和感があった。


人間は死霊に取り憑かれると発狂して異常行動を起こすと考えている。それは間違いではないのだが、考えるとそれほど恐れるものでもないと判る。


例えば部屋を借りる場合を考えてみよう。ガレージュ大陸出身の人間がシルヴァ諸島様式の部屋で普段通りの生活が出来るだろうか?あるいはそれに不便を感じ、強引にガレージュ大陸様式の部屋に改装しようと思うだろうか?もちろん普通はそんな事はしない。ガレージュ大陸の人間は普通ガレージュ大陸様式の部屋を借りるし、寝る時はベッドに寝るものだし、座る時は椅子に座るのである。


それと同じように死霊だって性格の合わない人間に取り憑こうとは思わない。結局死霊に取り憑かれて云々という話は、実は隠している本性がそういう死霊を呼び寄せているのだ。人間はしばしば受動的な立場を取ろうとするが、実はこういう話の主体は死霊の側ではなく人間の側なのである。


──そういえばそんな話を聞いたな

前にマイエルンさんから聞いた話を思い出した。ある時に収監されていた死霊が脱走して人間に取り憑いた。しかしその逃げた死霊より取り憑かれた人間のほうがより凶悪な思想の持ち主で、結果としてその人間は従前より大人しくなったというのだ。


──結局どうしたんですか?

当時クリスはマイエルンにそう訊いた。


──面倒なのでしばらく固定したよ

マイエルンさんは苦笑してそう言った。別に人間界がどうこうという訳ではないが、結果として人間の中に固定してしまえば収監してるのと変わらないし、わざわざ犯罪者予備軍を野放しにする必要もないという理由からだったそうだ。


さてそろそろ日が暮れてきた。仕事の時間である。

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