第3話 様々な搾取

「クリス大丈夫?」

目が覚めるとレジーが傍に寄ってきてそう言った。


「……たぶん」

クリスは朦朧としながらそう言った。やたら白い右腕を見て複雑な気分になる。


ここはクリスの部屋ではなくホテルのエントランス・ホールである。ここまで運んできたのだから後は自分でどうにかしろ、という意味だった。


「何か飲む?」

レジーは苦笑を浮かべてそう訊いてきた。


「水を……」

クリスも苦笑を浮かべてそう言ったが、レジーはさらに苦笑を浮かべた。


煎豆茶コーヒー一杯くらい奢るわよ」

レジーはそう言い返事を待たずに食堂に向かった。


──まだまだだな

クリスは内心でそう反省した。最終的に勝てる相手ではないが、それでもあともう少しは食い下がれると思っていたのだ。


「今日は随分がんばったようだね」

コンシェルジュのマイエルンがそう言ってきた。


「全然」

クリスは苦笑してそう答えた。


「大したものだよ。クリス」

マイエルンはそう言って笑った。


「食材を提供しただけになっちゃった」

クリスはマイエルンにそう言った。マイエルンは微笑を浮かべたまま無言で眉を上げた。答えるべきでも答えられるべきでもないが、こういう実地訓練が行われた日の夕食は大体シールド様と別の時間、別の卓で別メニューになる意味は察していた。


「はいどうぞ」

レジーが戻ってきてクリスに煎豆茶を渡してきた。


「レジー、ここは大丈夫だよ」

マイエルンはレジーに優しくそう言った。その言葉にレジーは微苦笑を浮かべると、一礼してバックヤードの方に去っていった。


「来週には仕事だからね」

マイエルンはクリスに向き直ってそう言った。


「大丈夫だし何もないよ」

クリスは苦笑を作ろうとして失敗し、口を一文字に結んでやや不機嫌にそう言った。


「もちろんだよ。ただ誰でも珍味には興味がある」

マイエルンは微笑を浮かべて言った。その言葉にクリスは本物の苦笑を浮かべた。


マイエルンはコンシェルジュなだけではなく、このホテルの支配人であり経営者でもある。従って彼はクリスから食材や貞操を搾取しようとは思っていない。彼が望むのはそろそろ三千泊にもなる宿泊代を正しくお支払い頂きたいだけであった。

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