’’いみ’’

「・・・なんで、生きてるの?」


吐き気を押さえながらも話を終えると、青い顔をした桐生が信じられないと言いたげな表情で俺を見た。


「それは・・・俺にもよく、分からない。」


あれ程の重傷で、あれ程の霊域で。欠損があるとはいえ生還できた理由など思いつかない。

それにあの白い閃光は、誰のものだったのだろうか。


俺が俯いて黙り込んでいると、思考を中断させるように西園寺がぱんっと手を叩いた。


「分からないことを考えても仕方ないわよ。・・・今はまず、分かっていることから整理しましょ。」


そう言って明らかに作り笑いと分かる笑顔で微笑んだ西園寺の様子に、俺は胸がギュッと痛くなった。


「そう、だね。もしかしたら何か分かるかもしれないからね。」


動揺した風にぎこちない声で風早さんは同意を示した。


「・・・・・・でも、一旦休憩を挟まないかい?少し・・・・・・先に、心の整理がしたいんだ。」


風早さんは訥々とつとつと呟いて俯いた。


「それもそうね・・・じゃ、十五分経ったら再開しましょ。それで良いわよね?」

「ありがとう。」


西園寺がそう返すと風早さんは弱々しく頷いて、よろよろと覚束無い足取りで部屋を出ていった。

それを追うように西園寺もどこか重い足取りで外の空気を吸いに出ていった。


「・・・」

「・・・・・・」


二人だけになった部屋で、俺と桐生は顔を見合わせた。なんとなく気まずくて俺がふっと目を伏せると、桐生が意を決したように口を開いた。


「・・・あのさ、平里。・・・大丈夫?」

「・・・腕なら大丈夫だ。戦闘はまだしも日常生活くらいなら問題なく___」

「そうじゃなくて。その・・・心、とか。」

「こころ?」

「うん。」


こころ?ココロ?衷?腑?情?心___?


俺は桐生の言葉の意図がわからず、頭の中で単語を繰り返した。

桐生はこくりと頷くと、自身の胸の前で手を組んだ。


「我慢してるんじゃないかと思って・・・。」

「我慢・・・って。何を。」

「悲しむこと。・・・もしくは泣くこと、とか。」

「何、言って・・・!」


思わずバッと桐生の方を見ると、桐生の柳色の瞳と目が合った。


もう十分後悔した。だからもう大丈夫なはずだ。


そう頭では思うのに深緑の虹彩に全て見透かされているようで、核心を突かれたように鼓動がバクバクと激しくなった。


「・・・・・・そんなの、必要ないだろ。それに、そんなことしたところでアイツらは・・・・・・」


頬が引き攣るのを感じる。それでも認めたくなくて、首を横に振って否定した。

そのことを見透かしたかのように桐生はため息を吐いて立ち上がった。


「そう思うんなら、それでも良いけど・・・。・・・・・・ちょっと水飲んでくる。暫くはこの部屋に誰も来ないんじゃない?」


桐生はそう言うと、ガラガラと扉を開けて出ていった。


シンと静まり返った部屋が急に広くなった気がして、俺は背もたれに体重を預けて天井を見あげた。


「・・・・・・馬鹿みてぇ。」


歪んで揺らぎだした視界に右手で蓋をして、俺は独りごちた。


***


「ただいまー」


きっかり十五分後に風早さんたちは戻ってきた。皆して目元がうっすら赤いのは、同じ理由だろうか。

返事の代わりに片手を挙げると、桐生は呆れた表情をした。


「それじゃあ、再開しましょ。ちょっと待ってね。」


西園寺はそう言うと、ガタガタと自分の席を引いて中央の椅子の上へ目を向けた。


「・・・あ。」

「どうかしたのか?」


スマホに手を伸ばして一瞬固まった西園寺に問いかけると、西園寺はスマホの画面をこちらに向けた。

覗き込んで見ると、画面には録音中の文字と一時間近い録音時間のカウントが表示されている。


・・・・・・一時間?つまり全員出ていった後の時間も録音されて___


「・・・・・・消せ」

「は?何言ってんのよ。」

「いいから消せ!!!!もう一回話すから!!!!」

「はぁ?なんでそこまで・・・何してたのか俄然興味が出てきたちゃったわ。」

「流そうとすんな!!!」


録音停止を押して再生ボタンを押そうとする西園寺からスマホを取り上げようと、俺は勢いよく立ち上がって手を伸ばした。が、西園寺はひょいひょいと腕を動かすだけで俺の手をかわしていった。


「一体なにがれてるのかしら〜・・・あ」

「そこまでです。からかうのも程々にしてください。」


桐生はひょいっと西園寺の背後からスマホを取り上げて元の位置に置き直した。


「さ、早く始めてください。」


桐生はそう言いながらガタンっと椅子に腰を下ろすと、じとっとした目でこちらを見た。


「あ〜・・・もう。分かったわよ。」


不満げな顔で先程ズラした椅子の位置を整えて、西園寺は席に着いた。


「はぁ・・・。」


ため息を吐きながらあの録音をどうすべきか考えていると、既に着席していた風早さんがふと俺の頭をくしゃりと撫でた。


「・・・何ですか。」

「別に。ただ、私が君にこうしたかっただけだよ。」

「そうですか。」


頭を撫でる手の温もりに少し落ち着きを取り戻して、西園寺の方へ目を向けた。


「それじゃ、ここからはこれからのことについて話し合いましょうか。」


西園寺はぱんっと手を鳴らしてそう言うと、一気に真剣な表情に変わった。


それに引かれるようにピリついた空気の中で、話し合いは進んでいった。

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いと愛しき君たちへ おおよそもやし @moyashi-oyoso

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