三月二十二日 ※残虐表現あり

「ゔ〜・・・ゔぁ・・・・・・」


呻き声を発しながら門扉の奥から姿を現したソレは、一般人なら到底直視できない程に醜悪だった。


二階建ての家屋程はあるであろう巨躯。朽ちて骸骨が露出している頭部と、長く不安定にゆらゆらと揺れる首。首の半ばからだらりと垂れ下がる青い腕と、不釣合いな程に巨大なからすの脚。そしてそれらを覆うほどに長いバサバサの黒髪は、野晒のざらしの死体を想起させた。

だが何よりも異質なのは、頭から生えた三日月のような形の一対の角と、体表を覆う漆黒の鱗だ。時折雨粒が当たった鱗が剥がれ落ちて、甘ったるい臭いを漂わせている。


「・・・っ」


あまりの醜悪さに顔を顰めながらも、俺は盾を構えて警戒態勢をとった。久山も息を殺して俺の背後に入る。

怪物はしばらく長い首を揺らして周囲を見渡していたが、突然ぐりんっとこちらに顔を向けた。くすんだ金の目に俺たちを映すと、怪物は悲鳴にも似た咆哮を上げた。


「キャァァァァァァァ!!!」

「ッ!来る!」


久山がそう叫ぶと同時に、盾に凄まじい衝撃が走った。


「うっ・・・クソ!!!」


俺が悪態あくたいをつきながら間近に迫った腕を弾くと、黒い火花が怪物の目の近くで爆ぜた。


「ごめん外した!」

「まだ大丈夫だ!落ち着いて頼む!」


謝る久山に、ガンガンと盾で怪物の腕を弾き続けてながら俺はそう返した。


盾は打ち返す度にミシミシと嫌な音を立てたが、神原の権能のお陰ですぐに修復されていった。


半歩後ろに下がって、受け流して戻る。


たったの数分間、たったそれだけのことしかしていないのに、ガリガリと俺の精神は削れていった。


これが、彼岸級___!!!


ぎ、と歯を食いしばりながら、俺は久山を攻撃に集中させるべく盾を構え続けた。


そちらに目を向ける余裕は無いが、数秒おきに聞こえるドォンッという爆発音からして怪物もかなりの傷を負っているはずだ。

久山の攻撃は通っているはずだと自分に言い聞かせ、俺は盾を振るい続けた。


守らないと。護らねば。


頭が真っ白になるほど必死に防ぎ続けていると、ふと攻撃が止んだ。

キン、と嫌な感覚がして怪物の方を見ると、怪物はにたりと笑って首をもたげた。


「あぁゔぁ・・・」


まるで嘲笑するかのように怪物がそう発した直後。


黒い閃撃が盾を打ち砕き、視界は半分に引き裂かれた。そのまま内臓がぐるりと引き回されたような感覚とともに、背中に衝撃が走った。喉の奥から錆の臭いがして、口が生あたたかいドロリとした粘度のある液体で満たされた。


そのままグチャっという音がして、気づけば俺は地面に倒れていた。


久山は?どうなった・・・?


起き上がろうにも身体が水を吸った土嚢どのうのように重く、指の一本すら動かせない。

だがまだ雨は降り続けているのだから、俺の傷も治っていっているはずだ。


そう考えた俺がなんとか起き上がろうと必死になっていると、何処からともなくぴちゃぴちゃと水音が聞こえてきた。

思わず視線をそちらに向けると、そこには千切れかけた俺の左腕と、ソレに群がる親指程もある黒褐色の蛆虫うじむしの大群だった。


「は、?」


あまりの光景に思考が停止した。蛆たちは指の先をガジガジと齧っていたが、不意にこちらを見た。


ヒュっと喉が痙攣して息が漏れる。


嫌だ。来るな。来ないでくれ。


集まってくる蛆虫に抵抗しようにもまだ傷が癒えていないのか、身体は動かせず、ただ皿の上の肉のように食い尽くされるのを待つことしかできない。

蛆たちは値踏みするかのように俺の身体の上によじ登ったり這いずったりしていたが、やがてぐちゅっ、ぶちっ、と嫌な音がし始めた。

水音と粘り気を含んだ咀嚼音と、その部位から入り込む冷気に頭の芯が痺れた。


「あ、・・・ぐ」


痛みも感覚も感じない。それでも己をまれる不快感と死にゆく感覚に心臓が潰されそうになった。叫びたかったし、払い落としたかったが、俺にできたのはただ嫌悪感と絶望で呻くことだけだった。


ごめん、神原。___。


つぅ、と頬を伝った液体の正体も分からぬまま、眼前に迫った蛆が、時折ぐちゃぐちゃと不快な音を立てながら顔の上を這いずり回るのをただ眺めることしかできなかった。


蛆が俺の視界を奪おうと目に頭を向けた時___急に世界が白い閃光に包まれ、意識はぷっつりと途切れた。

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