第54話会えない時間の隙間

オリファルコンの

本社ビルを出た立花は

自宅に帰る道を歩きながら

将来について考えていた。


今までは漠然と

30才くらいで結婚して

家を買って、

子供が産まれてと


典型的なサラリーマンの

王道を自分も進むと

思っていたのだが


絵色女神が現れて、

自分の彼女になり

結婚まで話として

出ている。


そもそも自分が30才の時に

女神はまだ20才だ。


アイドルとして

ブレイクしていたら

結婚しますから

引退します、なんて事が

許されるのだろうか?


知り合って2週間や、

そこらで

そこまで突き進んで

良いものか?と

色々と考えていた。


彼女は男性と

付き合った事がない


自分が初めて

付き合った男性だから

世の中の男の事を

分かっていない。


年齢的にも若く

社会経験も少ないので

結婚には夢みる年頃だ。


結婚相手となると、

ただ好きなだけじゃなく

相手のイヤな部分も

許容出来るか?


それを測って

いかないといけないが


彼女は絶賛売り出し中の

アイドルで会う時間すら

限られている。


だから、お互いの事を、

まだ深く

知り合えていない状況だ。


土曜日の夕方の繁華街

立花の目の前を

何組ものカップルが

手を繋いで歩いているが


恋人が女神だと

マスコミやSNSバレを

考えた時には

普通のデ-トなんて

出来ないだろう。


女神が売れる為に

猪木会長にお願いをして

オリファルコン社で

CMに起用して貰ったり


知り合いだった佐山サトシに

権太坂36への

楽曲依頼をしたのが

成功したりして


記者会見での

絵色女神の大活躍となったが


全てを軽く

考え過ぎていた事に

後悔している

立花であった。


実際にここまで

上手く、いくとは

立花も考えていなかった。


だが毎朝見ている

テレビのワイドショーは

連日、女神が

画面に映っており


検索ワ-ドでも

世界1位になった

ニュースを見ていて


自分は身を引いた方が

女神の為では?

とすら思い始めている。


アイドルを夢見て

北海道から単身

上京してきて

掴んだチャンス


何の展望もない

サラリーマンの自分と

付き合っていても


彼女の将来には

マイナスなのでは?とまで

考えていた。


会って、ゆっくりと

話せれば

お互いに分かり合えるが


現在の2人のコンタクトは

女神がトイレに

行った際に返す

LINEだけである。


こちらがレスを返しても

タイムリーに

返事は返ってこず


忘れた頃に、

レスが戻ってくるが


その時には、

もう違う事をしており


意志の疎通が

取れているとは正直、

言えない状況だった。


彼女がアイドルなので、

このような状況になる事は

分かっていたが


彼女がいる筈なのに

土曜日・日曜日に

予定が無いと

寂しいものである。


それに輪をかけたのが

女神との毎回の

イチャイチャで

眠っていた立花の性欲が

完全に

復活していた事であった。


目の前のカップルが

仲良くしているのを見て


これからホテルに

行くのかな?と

勝手に予測をする立花は


欲求不満の男子に、

よく見られる

妄想モ-ドに入っていた。


会えないし、出来ないし


俗に言うムラムラモ-ドに

突入している。


そんな立花の事を

女神は知る余裕がなかった。


元々、決まっていた

テレビ番組の他にも

急遽決まったテレビがあって


テレビ局を3局ハシゴ状態で

車移動して分刻みの

スケジュールとなっていた。


移動中の車の中では

リラックスを出来そうだが


自分がセンターを務める新曲を

移動中の車の中でも覚えながら


食事を流し込まないと

間に合わない

スケジュールだった。


テレビ番組では、

頭をフル回転させて

上手く立ち振る舞い


車の中で新曲の

メロディラインと

振り付けを覚える。


スクランブル状態の

女神であったが

トイレに行って


立花のLINEを

読むのだけが唯一の

息抜きであり、

心の救いであった。


『立花さんが

作ってくれたチャンス』


『絶対に成功させて

トップアイドルになります』


この信念で疲労困憊の

体にムチ打ち

女神は頑張っていた。


トイレすら

3分で戻って来いと

言われているが


女神は立花からの

メッセージを読んだ後に

自分のレスを返していた。


すぐにスタジオに

戻らないといけない


テレビの収録が

終わった後には

レコーディング

スタジオに合流だ。


権太坂の先輩達は

今回の新曲にかける

意気込みは大きい。


センターの女神が

足を引っ張る訳には

いかない。


結果、立花へのLINEも

淡白なレスになり

少しずつ文章も

短くなっていった。


深夜に千歳烏山の

マンションに帰った女神が

立花にレスしたLINEを


彼が既読にしたのは

彼女が仕事に出かけた

翌朝だった。


『体調には気をつけろよ』

立花が送った

LINEはしばらく

既読にならない。


最初から

期待していなかった立花は

コインランドリーに行き


1週間分の洗濯物を

片付けた後に

蝶野正子との

待ち合わせ場所に

向かうのであった。


待ち合わせ場所に向かうと

蝶野は既に到着している。


黒い薄手のニットの上着に、

白いミニスカートの彼女は

今時の

若い女の子ファッションでは


派手過ぎでもなく

地味過ぎでもなく


バランスの取れた

男受けの良い

コ-ディネ-トになっており


彼女の前を通る男たちが

通り過ぎながらも、

目で追っていくほど

目立っていたのであった。


それには秘密があり、

彼女はブラのサイズを

ワンサイズ小さいモノを

身につけて来ている。


元々スタイルの良い

彼女であったが


黒を着る事でシャ-プに

見せておきながら

バストラインを

強調させているので

華奢でありながら

膨らみが出ている


いわゆる、

ボン・キュン・ボンを

やらしくない感じで

着こなしていた。


彼女の作戦は大成功で

立花も無意識に蝶野の全身を

舐め回すように見ている。


これには

蝶野が出かける前から

雑誌で研究して鏡の前で

何度も着替えを

試した成果であった。


男はガツガツ来るタイプの

女性は苦手だが


普段の生活で見れる、

何気ない瞬間の

女子力に弱い。


立花も他の男達が

蝶野をエッチな目で

見ている事に気づいており


そんな女性と、

これから買い物に行く事に

少し優越感を感じていた。


『ゴメン待たせたかな?』

立花が声を掛けて、

彼の到着に気付く。


『え?』


蝶野は立花の服装を

見て固まる。


白いパーカ-だが表には

セガソニックの仲間たちが

9種類オ-ルキャストで

プリントされたモノで


近所のセブンイレブンに

行く時にさえ

少し躊躇するような

いでたちだ。


立花に

ファッションセンスは無い。


ス-ツ以外の立花の姿を

初めて見た蝶野は


少しビックリしたが、

すぐに笑顔になり


『私も今、来たところです』と

答えた。



『良かった、

なら本屋に行こうか』

そう言って蝶野を

引き連れて本屋に

向かって街を歩くが


すれ違う人々たちは、

良い女を連れて歩く

秋葉原にいそうな男との

カップルに

みんな二度見をして行く。


蝶野も今まで

男を見た目だけで

判断していたが、

こと立花に関しては

それは関係ない。


本屋に着いて

資格コ-ナ-での

立花の知識は

蝶野の想像を超えていた。


蝶野は同時に

何種類かの資格本を購入して


自分に合った資格の

勉強をしようとしていたが


立花は経験上、

知識は試験が違っても

覚える順序を

計画的に考えれば


必要最低限の努力で

全資格を取れる事を

教えてくれた。


指針を示すだけでなく

最短ルートに

導いてくれる。


女性が男性に求める、

自分を守ってくれて

引っ張っていってくれる


頼り甲斐のある人だと

彼女には映った。


本屋で立花が

選んでくれた資格本を

買った蝶野は

彼に対する評価を

更に上げている。


一緒に歩いているだけだが

彼女になったようで

幸せな気分になっていた。


見た目だけの、

つまらない男に

夢中になっていた

自分ではなく

中身に惹かれている

自分がいる。


本を選んでくれた、お礼に

立花にお茶を奢る為に

スタバに向かっていた時に、

それは起きた。


『副社長、お疲れ様です』


パリコレに出るレベルの

モデル風の美人が

立花に挨拶をしている。


『秘書さんも買い物ですか?』


高級ブランドショップから

出てきた彼女に

立花が普通に話しかけている。


え?


この美人と知り合い?


副社長って何?


硬直している蝶野に

気付いた立花が

マズいと感じて


『それじゃ』と言って

蝶野の手首をつかみ、

秘書さんから

逃げるように離れていく。


何かを言いたそうな

美人を見ながら

立花に引っ張られて

蝶野も、その場から

急ぎ足で離れた。


『立花さん、

良いんですか?』


『彼女何か言いたげ、

でしたよ』


『と言うか、副社長って

何ですか?』


やはり会話を蝶野に

聞かれており

その質問をされた。


すると立花は

『あの人は友達の会社で

秘書をやっている人で』


『友達が社長だから、

俺をあだ名で副社長って

呼んでいるんだよ』と

説明をした。


説明している立花も、

かなりムリな

言い訳だと思ったが


蝶野は

『そうですか』と言って

その後は何も

聞いてこなかった。


スタバの店内で資格の

質問をする蝶野は


さっきの美人秘書の事など

忘れたように

試験の質問を

真剣にしてくる。


GODとして

オリファルコンに

関わっている事は

会社の連中には内緒に

しておきたかったので


気を使われていると

立花は感じたが

それが嬉しかった。


質問が落ち着いた時に

立花が

『蝶野が、こんなに

試験に夢中だとは

知らなかったよ』と言うと


『将来の夢だから、

頑張れます』と

笑顔で答えてくる。


『将来の夢?』


立花の、その質問に

彼女は自分の

ライフプランを話し始めた。


結婚した後に出産して、

夫婦共働きを目指している。


女性である自分も

産休後に復帰してて

夫と2人で共働きで稼ぐ。


その為には今から

資格を取得しておき

将来の自分への

投資をしておきたい。


『誰にも言ってないので、

恥ずかしいから

言わないで下さいね?』


そう言った蝶野が

可愛いく見えた。


立花は蝶野に

『俺は、お前の事を

誤解していたよ』


『金持ちと結婚して、

玉の輿を狙うタイプだと

勝手に思っていたけど』


『こんなに、

しっかりしているなんて

尊敬するよ』と

最高の賛辞の

言葉をかけている。


今まで女の色気で

勝負をしていた

彼女にとっても


立花の、その言葉は

自分の中身を

認めてくれた言葉で

最高に嬉しかった。


男と女が付き合って

上手くいく時の

条件である


価値観が一緒だと

感じたのであった。


『良かったら、

この後にご飯も、

一緒に行きませんか?』

蝶野が立花を誘う


本屋に付き合ったら

帰ろうと思っていた

立花だったが


『良いね、行こうか?』

そう言って彼女の誘いを

受けたのであった。

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