第50話さし飲み

金曜日の夜は

会社員にとっては天国だ。


週末は仕事から

開放されるので


彼女と遊ぶ者、

家族サ-ビスをする者


会社の同僚と

飲みに行く者も多い。


立花は会社の先輩の

送別会すら

断ってきたほど

飲み会には縁遠い男だった。


それが棚橋とサシ飲みをする。


棚橋も立花と知り合って

5年で初めての事だろう?


渋谷の個室焼き鳥屋を

棚橋が予約しており


立花が遅れて店に

到着して飲みが始まる。


ビ-ルの中ジョッキを

持って乾杯をした。


焼き鳥の盛り合わせや

枝豆がところ狭しと

2人のテ-ブルに並ぶ。


『立花と飲むのは

初めてだから張するよ』と

棚橋がおどけている。


『確かに棚橋との

付き合いは長いけど


こうやって飲むのは

初めてだな』と

立花も笑って答えた。


『何で、今日は飲みに

誘ったのを

受けてくれたんだ?』


棚橋が、そう質問すると


『棚橋には

感謝しているからかな?』


枝豆をつまみながら

立花が説明すると


『俺に感謝?』と

言われた棚橋が

ビックリしている。


『たぶん、お前がチョッカイを

出してくれていなかったら』


『俺は会社での居場所が無くて

今頃は会社を

辞めていたかもな?』と

説明をしだしたのだ。


『先週のナンシ-騒動も

俺を社内のみんなに

アピールする為に大騒ぎ

してくれていたんだろ?』


『俺が自分から、

みんなの輪になかなか

入っていかないから』


『むりして俺のことを

会社内で宣伝してくれて

いる事が分かるから

いつも感謝しているよ』と

嬉しそうに

言ってきたのである。


それは事実であった。


他人との関わりを

持たない立花の事を

知らない人物は


自分勝手だとか、

キモいと言ったり


機械みたいで怖

いと言っていたのを

棚橋は必死に

フォローしていた。


ワザと大きな声で

立花との話を


フロアの他の人間に

聞こえるように


大袈裟に騒ぐことで

他の人にも立花の事を

情報発信していたのだ。


棚橋は意図的に

してきた事だが


立花に頼まれて

いた訳ではなかったので


あえて本人には

説明はしていなかった。


だが立花は

分かってくれていたんだ。


そう感じた時に

棚橋は言葉に詰まって

涙ぐんでいる。


それは立花が自分の行動に

感謝していてくれた事の喜びと


そんな良い奴を、

これから裏切る事への

後悔への念であった。


『なんか今日の棚橋は

変だな?』


辛気臭い棚橋の仕草に

立花が突っ込むと


『いつもと変わらないよ』と

作り笑いを見せて平静を装う。


そこからは世間話や

仕事の話をして

酒のピッチも上がっていき


『そういえば例の彼女は、

金曜日だけど

今日は、ほっといて

大丈夫なのか?』と

棚橋が聞いてくる。


恋人同士なら

金曜日からお泊まりで


土曜日を朝から

一緒に遊ぶ事も

考えられるので


彼女に怒られないか?

心配をして聞いていたのだ。


『今日も、明日も

向こうは仕事だから


会う予定は

元々ないから平気だよ』と

立花が説明をする。


『土曜日も仕事って

彼女の仕事は美容師とか?

アパレルなのか?』と

棚橋が質問すると


『まぁ、そんなところかな』と

笑って誤魔化した。


『そもそも、

どこで知り合ったんだよ

あんな可愛い子と?』と

棚橋の事情聴取は

続いていくが


『まぁ、そのうち話すよ』と

言って

立花は、はぐらかす。


『俺は会わせて、

貰えないのか?』


『立花の事を

今後も、お願いしますって


会ってお願い

したいんだけどな?』と

棚橋が本心から、そう言うが


『気持ちは嬉しいけど』


『俺も次は、いつ会える

か決まっていない

感じだから』


『タイミングが合えば、

みたいな?』


『まぁ、期待しないで

待っていてくれ』と

言って立花が笑った。


その話を聞いて

棚橋の顔つきが曇り


『彼女なのに、

いつ会えるか分からないって』


『お前その子に

騙されていないか?』と

心配そうに聞いてきたので


立花は笑いながら


『もしかして

騙されているかもな?』と

答えたのである。


『お前、金とか

貢いでいないよな?』


立花の言葉を聞いて

更に心配になった

棚橋が確認すると


『ごめん冗談だよ』

『彼女は、そんな子じゃ

ないから』と

言って説明するが


『本当に大丈夫なのか?』と

棚橋は不安そうな顔をする。


『立花が最近、

明るくなったのは

その子の影響なのは

分かるんだが』


『もし、別れたら』と言って

そこまで言って

黙ってしまった。


最近の立花は明るく

社交的になり


棚橋が何もしなくても

会社の輪に入っており


みんなとコミニケーションが

取れている。


出来れば昔の立花には

戻って欲しくない。


棚橋の方を見た立花は

『心配してくれて、

ありがとうな』


『でも、俺は彼女と

結婚するつもりだから

安心して欲しいんだよ』と


立花が言った事で

棚橋が更に不安になった。


モテなかった男に突然、

可愛い彼女が出来て

結婚をチラつかせて

金をせびり


結局は騙されて

逃げられる話は

よく聞く話だからだ。


いまだ棚橋の顔が

納得してない事を

雰囲気で察した立花は


『彼女が遊び人で、

俺が結婚詐欺に

騙されていると

思っているのか?』


『彼女に貢ぐ金が

俺には無いから』と言って

立花は笑い飛ばした。


棚橋は慶子に

飲み会に行く前に指示を

受けていた。


立花の彼女の

個人情報である。


氏名、住所、年齢、職業、

付き合いの深さ

別れる可能性、等を


酒のチカラを使って

聞き出してこい、と。


だが、そんな指示とは

関係なく


立花の友人として

彼の事を心配して


真実を知りたがって

いたのである。


『付き合って日が浅いのに

結婚の話が

出ているって時点で

ヤバいだろ?』と

棚橋が言うと


『結婚の話は

成り行きで俺がしたら

向こうがその気になって』


『既に奥さん気取りなんだ』と

少し照れて説明するが


棚橋は納得せずに

『具体的に

いつ結婚予定で』


『向こうの両親には

会ったりしたのか?』と


結婚の意思が

正式なモノか問いただす。


『特に決まっていないし』

『両親には会っていない』と

立花が困った顔で答えると


『ほら、見ろ』


『話がおかしいじゃないか』


『彼女は親に

会わせたくない理由とか

何か秘密があるんだよ』と

棚橋が真剣に言うと


個室なのに左右を

キョロキョロと見て


周りに誰もいない事を

再確認した立花が

棚橋の耳元に近づき


『彼女、

まだ17歳なんだよ』と


親に会えない理由を

白状をしたのであった。


『はぁ?』


棚橋がビックリして

聞き返してきた。


『だから言いたく

なかったんだよ』と


立花がバツの

悪そうな顔をする。


『お前だって、

17歳って犯罪だろ?』

棚橋が笑いながら言うと


『だから手を出していない』

『いや、ちょっとはしたかな?』


『でも、最後まではしてない』と

しどろもどろになって

立花が説明する。


『だって彼女は17歳で

結婚する気だよな?』


『それなのに、

いつ会えるか分からない?』


棚橋がいつもの、

棚橋に戻って質問を

している。


『17歳でも、

遊び人は多いから』


『それこそ立花が

遊ばれているかもな?』と

少しイジワルな口調で聞くと


立花が少し

心配そうな顔になる。


昨夜、裸で女神と

抱き合っていたときに


震えていた彼女は

演技だったのか?


いやいや、女神に限って

そんな事はない。


『アイツは大丈夫だよ』


立花は自分自信を

納得させるように言うと


ビ-ルを飲み過ぎたので

トイレにも行きたくなり


『ちょっとトイレに

行ってくる』と言って


逃げるように

トイレに向かった。


心配ではあるが

立花が、あそこまで


自信を持って言うなら

大丈夫だろう


棚橋が、1人で

そう納得していた時に


棚橋の携帯に

『今、クスリを入れなさい』と

慶子からLINEが入って

棚橋は一瞬忘れていた


慶子の奴隷になっていた事を

思いだす。


目を閉じて考えた後に

慶子を渡された

クスリを

立花の飲み物に入れた。


そして、数分後

トイレから戻ってきた

立花は

再び棚橋と話し始める。


最初は将来の

自分の夢だった筈だが


いつしか棚橋は

自分が会社を


辞める時の事を

語りだしたのである。


会社を辞めて

ラ-メン屋を開く夢がある。


だから、近いうちに

会社を辞める。


今の立花なら、

自分がいなくなっても


会社の連中と上手に

やっていけるだろう。


だから思い残す事はない。


立花も、その話を

棚橋がし始めた時は


10年後や20年後くらいの

将来の夢的くらいの

イメージで

聞いていたのだが


棚橋のクチぶりでは

今月中に

辞表を出して

退職しそうな雰囲気で

喋っていたので


『それって、すぐに

じゃないよな?』と

棚橋に聞くと


『じつわ、俺は』と

棚橋が言い出した時に



『お疲れ様です』

『ここだったんですね』と

言いながら


襖が開いて

武藤慶子が

2人で飲んでいる個室に

入ってきたのであった。




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