第29話プロジェクト ビ-ナス

絵色女神がセンターじゃないと

楽曲提供はしない


その話を聞いて1番

ビックリしているのは

彼女本人だった。


嫉妬を感じるメンバー全員からの

痛いくらいの熱視線は耐えられない。


山田プロデュ-サ-が

『女神は、佐山サトシと

知り合いなのか?』と

素朴な質問をすると


『一度もお会いした事

ありません』と

手を振って全否定をした。


ア-カムは大好きでスマホで、

よく曲を聞いていた彼女だが


佐山サトシ以外のメンバーの

名前は言えない程度の

知識しかない。


『そうか、

でも先方さんからの注文だ』


『曲が届き次第、

女神をセンターで組むぞ』

山田の、その声で

リハーサル室に緊張が走った。


特に初期メンバーの

先輩からの視線は、

ナイフのように強烈だった。


3年前からコツコツ努力を

していたのに、

つい最近加入したばかりの後輩に


新曲のセンターを

取られたのだから

心中は穏やかではない。


そこに山田プロデュ-サ-の

『今日の女神は本当に

神がかっているよな?』


『新曲のセンターだけじゃなく、

CM撮影とイメージガ-ルの

就任だもんな』


空気を読まない、この報告に

『CMって何?』


『イメージガ-ル?』

と言うヒソヒソ話が聞こえてくる。


やめてください。


リハーサル室の雰囲気が

最悪になっている。


絵色女神の心の叫びを

無視するように


『いいか、お前ら』

『先輩、後輩関係なく

チャンスを掴んだ奴が

トップになっていくんだぞ』


山田プロデュ-サ-は

メンバーを鼓舞する為に

言っているようだが


みんな下を向いたまま、

前を向こうとはしない。


彼女の隣りにいた越中美桜は

『良かったね』と

言ってくれたが


『ありがとう』と

絵色女神が返すが、

こちらを見ようとしない。


そんな中


『何、みんな

お通夜みたいになってんの?』


『負け犬みたいに

なっている子に

誰も声なんて、かけない』


『分かっている?』


『次の新曲は

注目されるって事だよ?』


『女神みたいに頑張れば、

ワンチャンで

一気に人気が出るんだよ』


権太坂のキャプテン、

前田明子がメンバーを

奮い立たせる言葉をかけた。


するとメンバーの表情が

少しずつ、やる気に

満ちてきたように見える。


深夜の番組からでも

絵色女神のように注目されて、

スターに成れる。


『次は自分だ』


どのメンバーも目が輝きだした。


山田プロデュ-サ-は

腕を組んで

『うん、うん』と

頷いている。


それからのリハーサルは、

みんな汗が飛び散るほど

真剣に取り組んでいった。


3時間続いた

コンサートリハーサルが

休憩に入ると同時に

権太坂36のメンバーが

絵色女神を取り囲み

質問攻めにする。


『CMって何が決まったの?』

『イメージガ-ルって何?』

『今度佐山サトシに会わせて』


次から次に来る質問に

丁寧に答えていく

絵色女神だが、

佐山サトシに関しては


彼女自身も何も知らないので、

何故自分をセンターに

したのか意味がわからない。


『確か佐山サトシって

独身だから、

女神を狙っているんじゃない?』


だが音楽番組で

一緒になった事はない。


『佐山サトシのインスタとか

見れば何か書いてないかな?』


いつのまにか絵色女神が

権太坂の中心になって

輪が出来て、

女子会のように

お菓子とジュ-スで

盛り上がっている。


先輩達と、

ここまで近い距離で

和気あいあいと話したのは

加入後、初めてなので

彼女自身も嬉しかったのだが


1人になって

立花に新曲のセンターに

決まった事を

早く報告したかった。


だが先輩達からの

質問は続いており、

1人になるタイミングがない。


やがて休憩時間は

終了してしまい

リハーサルが再開された。


夜まで立花に連絡が出来ない


絵色女神は、

モヤモヤした気持ちのまま

リハーサルに参加する。


山田プロデュ-サ-は

リハーサルの途中で

呼び出されて

応接室へと移動していた。


そこにはエクシブハンターの

開発元の

オリファルコン株式会社の

広報担当


世界トップクラスの

広告代理店のベンツ-の

担当者がおり


山田プロデュ-サ-と

若手スタッフの松田も

同席していた。


『急遽お邪魔して、すいません』


ベンツ-の担当である濱口が

非礼を詫びる。


『いえいえ、大丈夫ですよ』

山田プロデュ-サ-が答えると


『ありがとうございます』

『時間がないので、手短に

説明致します』


そう言って広告代理店の濱口は

説明しだした。


内容は

オリファルコン株式会社の

世界同時発表の記者会見の

件だった。


『我が社の看板ゲ-ムである

エクシブハンターの

世界大会を来月から開催します』


『つきましては

木曜日に記者会見を

世界発信で行いますので』


『絵色さんの会見参加と

ポスター撮影、衣装合わせを、

すぐに行いたいのです』と

広報担当の坂口が説明をした。


『急ですね?』


『今回のCMの話も昨晩、

聞いたばかりなのに』

そう山田が笑いながら言うと


広報担当が

『すいません土曜日に

急遽決まったもので、

私どももバタバタでして』


『ご迷惑を

お掛けしております』と

謝ると


『会長案件ですもんね?』と

広告代理店の濱口が茶化す。


『会長案件?』

山田が不思議そうに聞くと


『当社の猪木会長の指名で、

絵色さんを起用しろと、

鶴の一声で決まり』


『関係各所の皆様には、

ご迷惑をお掛けしております』と

広報担当者は頭を下げた。


それを聞いた山田が

『女神はモテモテだな』と

冗談混じりの笑顔で話すと


『他にも何か、

あるんですか?』と

広告代理店の濱口が、

その話に食い付いたので


『ここだけの

話にして下さいよ』と

前置きをしながら

新曲の事をバラした。


『佐山サトシって、

ア-カムの佐山ですよね?』


『トライデントが

デビュー曲を依頼して、

5000万円を提示して

断られたんですよ?』


『それを絵色女神の為に

ノ-ギャラ?』


『加入して4ケ月の新人に?』


『聞いた事がない』と

広告代理店の濱口が

驚嘆している。


『それより

佐山が作る新曲の話って、

記者会見で発表出来ないですか?』


『エクシブハンターの

CM放映時に流す事が

決まっていたら

目玉になるんですけど』と

濱口が言うと


『ウチとしても楽曲使用料は

支払いますので

タイアップしたいです』と

広報担当者も聞いてきた。


山田プロデュ-サ-は

松田に指示を出して、

確認を急がせる。


『佐山サトシが他人に

楽曲提供したって

聞いた事がないから』


『広告料に換算したら

3億円近い価値は

あると思います』


その話を聞いた

山田プロデュ-サ-は大喜びだ。


不動のセンターが抜けて、

アイドルグループとして

華が無くなった権太坂に

起死回生となる

話だったからである。


『女神も呼びましょうか?』

山田の確認に


『契約書も交わした事だし』

『一度、

お会いしときたいですね』と

濱口が答えて、

すぐに絵色女神は呼び出された。


応接室に行くと

プロデュ-サ-の他に、

知らない男性2人がいる。


『女神、こちらは

広告代理店のベンツ-の

濱口さんと』


『オリファルコンの広報の

坂口さん』


絵色女神に

そう説明する山田を見て

『初めまして、絵色です』と

彼女が深々と、おじぎをする。


生の絵色女神を見た濱口は


『可愛いは可愛いが、

一流企業の会長や佐山サトシが

夢中ななるほどなのか?』と

感じていた。


『話はドコまで聞いてます?』

濱口に、そう聞かれた彼女は


イメージガ-ル、

CM出演、雑誌の年間表紙、

番組スポンサー、と

先ほど聞いた内容を話すと


『それらを今週行われる、

世界大会の記者会見で

発表します』と

濱口が説明したのだ。


『記者会見?』


他人事のように言った彼女に


『絵色さん、あなたにも

同席して貰うんですよ?』


そう言われて始めて

『え?アタシが出る?』と


事の重大さに気付き

アタフタし始める。


『イメージガ-ルの

ポスター撮影や記者会見の

打ち合わせ』


『衣装合わせや

CMの打ち合わせも、

すぐに準備に入ります』


オリファルコンの

広報担当の坂口も、

矢継ぎ早に説明をして


キャパシティを

遙かに超えた現象に

彼女はパニック状態だった。


その時


『コン、コン』と

応接室のドアを

ノックする音が聞こえて


それに反応した

山田プロデュ-サ-が


『どうぞ』と

大声で返事をする。


ガチャっとドアが開き


『どうぞ、コチラです』と

若手スタッフの松田が

応接室へ招き入れる。


『え?ウソ?』


一同が驚く人物が現れた。


ア-カムの

佐山サトシ本人が現れたのだ。


『レ-ベルに行って

新曲の楽曲確認を

しようとしたら

佐山さん本人が、

いらっしゃっていて』と

松田が説明しているが


応接室にいた人間は

全員固まっている。


そんな中、

さすがは広告代理店


『佐山さん初めまして、

デンツ-の濱口です』と

佐山に名刺を差し出しのだ。


その名刺を受け取った佐山は

『よろしく』と

濱口に挨拶をしたが


視線の先には、

やり取りを黙って

見つめている少女だった。


そして彼女の元へと

歩いて行くと


『絵色さん、初めまして』

『佐山サトシと申します』と

言って、

右手を差し出した。


条件反射のように

彼女も右手を出し、

握手をしながら


『初めまして、絵色です』と

棒読みで自分の名前を名乗る。


山田やオリファルコンの広報も、

佐山に挨拶を済ませると


『今日は権太坂へ

提供する音源を会社に届けに来て、

その時に松田さんが、

レ-ベルにいらっしゃっていて』


『そこで、お話は大体、伺いました』


『新曲の件は

記者会見で発表して頂いて、

差し支えないですし』


『どうぞCMで、

お使いください』


『曲もお持ちしていますので、

後で確認して頂ければと

思います』と

説明をしてくれた。


山田プロデュ-サ-が

『新曲は、もう

出来ているんですか?』と

驚きながら質問すると


『元々ア-カムの次のシングルで

発表しようとしていた曲ですから』


『編曲まで終わっていますから、

明日にも

レコーディング出来ますよ』と

笑いながら説明をしてくれた。


『何で権太坂36の為に

ノ-ギャラで、

そこまでして下さるんですか?』


本人が現れても

半信半疑な山田が聞くと


絵色女神を指差して

『彼女がGODさんの

弟子だからです』と言った後


『俺も弟子になったので

絵色さんへの

プレゼントかな?』と

曲を提供した理由を明かしたのだ。


『GODさんの弟子?』


立花からは何も

聞いていない彼女が

不思議そうな顔をしていたので


『弟子になったのは昨日なんで、

ビ-ナスさんの方が

先輩ですけどね』


そう言って彼女に

微笑みかけた時に


立花が昨晩、

人に会う約束をしていた事を

彼女は思い出した。


立花が佐山サトシに

頼んでくれたんだ。


それが分かった瞬間、

彼女は泣き出してしまう。


事態が飲み込めていない

広告代理店の濱口が


『GODさんって誰ですか?』と

質問をしてきたので


オリファルコンの広報担当が

『ウチの会長の

古くからの知り合いで、

当社にとっては大切な方です』と

説明すると


『なるほど、今回の件は』

『全て、そのGODって人が

仕組んだ事なんですね?』と

質問するが


『それは分かりません』と

広報の坂口は答えるに、

とどまった。


『佐山さん、ありがたく

新曲を使わせていただきます』


山田プロデュ-サ-が

お礼を言っているが、

まだ絵色女神は

泣きじゃくっている。


そんな彼女に佐山が近づき、

耳元で

『立花さんにヨロシクね』と

囁いた。


その声で、我に帰った彼女は

『本当にありがとうございました』と

礼を言いながら、

深々と頭を下げる。


再び彼女の耳元に近づいた

佐山が


『君が活躍する事が立花さんの

喜びみたいだから、

何でも言ってね』と

囁いたのであった。


それを聞いた彼女は

『ありがとうございます』と

言って

再び佐山に深い礼をする。


事態を見ていた

オリファルコンの

広報担当者は慌てて

電話している。


『俺だ、坂口だ』

『大至急、会長に繋いでくれ』


『会議なんて知っているよ、

大至急だよ』


『プロジェクト ビ-ナスで

報告がある、って言ってくれ』


そう言って、電話の向こうの

人間を急がせている。


応接室にいる人間は黙って、

その光景を見ていた。


やがて会長が電話に出たようで

『現在、サニーミュージックの

本社ビルで絵色さんを交えて

打ち合わせをしているのですが』


『ア-カムさんの

佐山サトシさんが権太坂の

新曲に楽曲提供する事が

急遽決まって』


『エクシブハンターの

CMに使用する事を

了解して頂きました』


『CMの楽曲使用料の決済を、

お願いしたいのですが』と

広報担当者が言ったところで


『使用料はいらないです』と

佐山が言い放ったのだ。


『はぁ?』


横で聞いていた広報担当の

坂口が驚いているのが、

電話の向こうの

猪木会長にも伝わったようで


『はい、今伺ってみます』と

坂口が電話に向かって話をして


『佐山さん、当社の猪木会長が

お話をしたいと、

おっしゃっているのですが

宜しいでしょうか?』と

確認すると


『はい、大丈夫ですし』

『むしろ、話をしたかったです』と

言って電話を代わった。


2人で5分ほど話しをして、

間接的に聞こえてきた話では


佐山サトシが

エクシブハンターの

ヘビーユ-ザ-なので


そのCMに使うなら

楽曲使用料は必要無いとの

事だった。


そして何度も佐山のクチから出る

『GODさん』の名前


猪木会長と佐山サトシと

GODで飲む話まで

出ていたようだ。


大人同士の話しが終わった後、

佐山は応接室を出て行き、

残った4人で打ち合わせが

再開される。


『多少内容の変更も

必要なようですので、

このまま木曜日の記者会見の

打ち合わせわを続けたいと

思います』


そう言った濱口の言葉を

聞いた彼女は、

立花との約束の日だと分かり


『あの、すいません』

『アタシ、その日は

休みなんですが』と

申し訳なさそうに言うが


『女神、何言っているんだ』

『休みなんか、

いつでも取れるだろ?』


『バカな事を言うな』と

一蹴されて、取り合って貰えない。


次から次へと

決まった大きな仕事と、

立花との休日デ-トが

中止になってしまう。


17歳の彼女の頭では

処理しきれない多くの

課題に頭がいっぱいとなった

彼女は


今すぐ応接室を出て

立花に電話をしたかったのだが、

それが許される雰囲気では

なかったのである。






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