第26話トップアイドル誕生 2
昨夜12時過ぎに
仕事から帰って来た絵色女神が
就寝についたのは深夜2時を
過ぎていた。
今日は11時に
コンサ-トリハなので、
9時に起きて
出かける準備をしている時に
マネージャーさんから
電話が入る。
『女神ちゃん
今日のリハに来る時に
印鑑を持って来てくれる?』
そう言われた彼女は意味が
分からなかった。
メンバーになって4ケ月、
印鑑を使ったのは
入所した時だけだった。
『クビ?』
立花との事が警察にバレて、
権太坂をクビになるのでは?と
ドキドキしていると
『詳しくは聞いていないけど、
大きな仕事が女神ちゃんで
決まったみたいよ』
そう聞いた彼女は
『表紙と雑誌の取材とは
別ですか?』
そうマネージャーさんに聞くと
『そうよ、新規の契約よ』と
答えてきたのである。
え?何?
ドラマのオ-ディションは、
まだ来週だ。
全く検討がつかないが
マネージャーさんも、
事務所の上の人から
言われただけで
現場で詳しく話すと
言われているだけらしい。
『わかりました』
そう言って電話を切った
彼女はすぐに
『何か新しい仕事が
決まったみたいです。
詳しくは、また後で』と
立花にLINEを送ったのだ。
それより遡る事1時間前、
立花がいつものように
会社に着くと
立花の机の前で
女子社員同士が、
いがみ合っていた。
珍しいな、
女子社員は連帯感みたいに
繋がっているもんだと
思っていた立花は意外だった。
『あ、立花さんが来た』
そう言って蝶野正子が
近寄って来て、
武藤慶子に
シッ、シッと
犬を追い払うような
ジェスチャーをする。
『今日も私が
花を飾ろうとしたら、
慶子が花を先に
飾っていたんですよ』
『金曜日に私が飾ったのを見て、
真似しているんですけど』
『私の花の方が
良かったですよね?』と
どう答えても
角が立つような質問を
蝶野がしてきた。
『あ、うん』
同調するしかなかった
立花が頷くと、
蝶野は武藤慶子が飾った
花瓶をどかし
自分が用意した花瓶を置いた後、
武藤に花瓶を押し付けて
返却しようとする。
武藤はその花瓶を受け取ると、
トボトボと廊下に歩いて行った。
その後ろ姿が
寂しそうに見えて
立花が追いかけようとすると
『立花さん、
そんな事しなくていいですよ』と
蝶野の声が聞こえたが、
構わず彼女を追いかけた。
『慶子ちゃん、何かゴメンね』
追いついた立花が、
そう話しかけると
彼女は振り返って笑顔になり
ゆっくりと立花の方に
歩いてくると
『立花さんって
優しいんですね』と
言ってくる。
女性に、その手の事を
言われ慣れていない立花は
ドギマギしてしまっていると
『昨日の事は、
黙っていてあげます』と
笑いながら告げてきた。
昨日の事?
佐山サトシと食事をした事か?
彼女は見ていたのか?
まさか、そんな訳はない。
彼女には先週、
日曜日に映画に誘われていた、
その事を言っているのだろう。
『ゴメンね、せっかく
異世界おじさんの劇場版に
誘ってくれたのに行けなくて』と
彼女に謝るが、
彼女は含み笑いをしたままだ。
すると
『立花さん、
昨日何処にいました?』
慶子がドキリとする質問を
してくる。
『え?奥沢駅の近くの
コインランドリー』
棒読みで立花が答えると
『それは昼間ですよね?』
『夜は何処にいました?』
そう質問をしてきたのだ。
昨夜の事を、
慶子ちゃんは知っているのか?
ひや汗が流れる
『覚えていないな』
立花は震えた声で
とぼけている。
そう聞いた彼女は笑顔で
『新宿で立花さんを
見ちゃいました』
そう告げてきたのだ。
見られていた?
佐山サトシといたのを
見られていたなら、
会話も聞かれてしまっている。
佐山の大きな声で
GODの名前も連呼されていた。
自分がGODだとバレると、
ネットニュースで
あれだけ載っていた
絵色女神と自分との
関係につながってしまう。
まさか?
絵色女神への
楽曲提供の依頼も
一部始終を見ていたのか?
待て、たまたま新宿駅を
歩いていた自分を
見ただけかもしれない。
『他人じゃない?』
絞り出すような声で、
そう答えた時に
『武藤さん、ちょっと』と
慶子を誰かが呼んだ。
『行かなきゃ』
そう言って
立花の横を通り過ぎる時
『佐山サトシと
知り合いだったんですね』と
耳元で囁いて走って行った。
茫然自失になる立花
全てが終わったと思った瞬間だ。
最低限の仕事をこなして
好きなゲ-ムをしているだけで
幸せだった。
GODだとバレて、
静かな日常が無くなるのが
イヤでモブに徹していたのに
余計な欲を出したばっかりにと
マイナスオ-ラに
包まれていく立花である。
廃人となりゾンビのような、
ゆっくりとした足止りで
自分の机に戻ると
『モテモテマン、どうした?』
棚橋が立花に話しかける。
『棚橋か?』
全てを失った感の立花が
チカラなく答えた。
武藤慶子を
追いかけて行くまでの
一連の流れを見ていた棚橋は
彼女を追いかけて
戻って来てからの
立花の元気の無さに
雲泥の差を感じて
『ちょっと、来い』と
言って
立花を社員食堂へと連れ出す。
始業開始前の社員食堂には
立花と棚橋しか、いない。
2人とも向かい合う形で
椅子に座り
『慶子ちゃんと何があった?』と
棚橋が質問をしてきた。
全てを棚橋に喋ってしまうと、
色々と問題が
大きくなってしまう可能性がある。
絵色女神の顔写真を
見せた以外は棚橋は何も知らない。
余計な事を言って
キズを広げてもイヤだな
そう考えた立花は
『ありがとう大丈夫だよ』と
言って
その場から立ち去ろうとしたが
『なめんなよ』
『お前と何年付き合っていると
思っているんだ』
『はい、そうですかで
終われるか』
棚橋は、何も聞かずに
終わらせるつもりは
無かったようだ。
棚橋は良い奴だが、
おしゃべりだ
全部を話す訳にはいかない
『本当に対した事じゃないんだ』
そう言って立花が
終わらせようとすると
『別に喋りたくないなら、
喋らなくても良いよ』
『お前が慶子ちゃんに
キスしようとして
怒られたとしても』
『俺は、お前の味方だ』
そう言って立花を励ましてくる。
何をコイツは言ってやがる。
『キスをしようともしてないし』
『怒られてもいない』
そう言って、棚橋との会話を
終わらせて、
食堂を出ていく立花であった。
棚橋なりの
気の使い方である事は
立花にも分かっていた。
そのおかげで少し、
気持ちの整理がついた。
高級レストランで緊張して、
周辺を見渡す余裕は無かったが
前後左右に
人は居なかった筈だ。
何度か佐山が席を
立ち上がった時に、
目立っていたが会話は
聞けていなかったと思う。
絵色女神を守る為に
事務所とケンカをしても
良いと思っていた時を
思い出し、
自分を奮い立たせたのだ。
武藤慶子の出方を見て
行動を決めれは良い。
最悪になった訳じゃない、と
気持ちを切り替えた。
朝礼を終えて
仕事に取り掛かろうとした時に、
武藤慶子が
『お茶を入れました』と
立花にコ-ヒ-を入れて
机に置いたが、
小さなメモ用紙も一緒だった。
『10分後、
給湯室で待っています』
給湯室とは会社にある
お茶を入れたり、
洗い物をしたりする
3畳ほどの小部屋で
立花の会社では
トイレの横にあり、
ちょっとした死角な
スペースだ。
武藤にとっては
自分のエリアだ。
思ったより早く
動きがあったな。
モヤモヤした気持ちで
仕事をするより
白黒ハッキリさせた方が
スッキリする。
彼女に指定された時間に
給湯室に向かうと、
既に武藤が待っていた。
『何の用?』
いつもの優しい雰囲気ではなく、
冷たい感じで立花が聞くと
少し驚いた感じになった
彼女だが、
『明日の蝶野先輩との食事、
中止にしてもらえませんか?』と
切り出してきたのだ。
『中止にする、しないは
俺が決めることだから、
慶子ちゃんに言われて
変えるつもりはないし』
『そもそも、
中止にするつもりもないよ』
いつもの弱気な立花とは思えぬ、
強い言葉で武藤慶子に
言い放った。
『え?』
普段の大人しい
立花しか知らない彼女は
ビックリして
一瞬ひるんだが、
すぐに
『蝶野先輩との食事を
中止にしないと』
『みんなに佐山サトシと
知り合いだって言っちゃいますよ』と
強気で立花を脅してくる。
『さっきも言ってたけど』
『その件、
誰かと間違えていない?』
立花は、そう言って
すっとぼけてみた。
一世一代の掛けだ。
武藤慶子の持っている情報を
全て引き出してやる。
『え?、違うんですか?』
普段、物静かで
冗談を立花が言わないと
決めつけていた彼女には
今の立花の行動は
予想外だったようで、
戸惑っていた。
だがすぐに
『とぼけてもダメですよ』
『証拠だってあるんですから』と
開き直ったように
強気な態度に変わる彼女。
来た
『証拠?』
立花が何を言っているの?的に
聞かれた武藤は
『ほら?』と言って
自分のスマホを取り出して
画像アルバムを開き出し
写真を見せた。
それは遠くから
撮影された写真で、
佐山サトシが正面で、
立花は後頭部しか
映っていないモノで
『これって佐山サトシなの?』と
立花が、
不信そうに彼女に聞くと
『見てください』と言って、
スマホの画像を拡大したが、
画像が荒くなっただけだった。
『そもそも声は俺の声だった?』
そう立花に聞かれた彼女は
困った顔になったので
『動画は無いの?』と
立花が質問すると
『動画はありません』と、
自信なさげに告白してくる。
よっしゃあー
心の中で
ガッツポーズをする立花
『そもそも佐山サトシと
知り合いだったとして、
何で黙っていて欲しいと
思うの?』
立花に、そう聞かれた彼女は
『だって佐山サトシと
友達だったら、
みんなに
自慢するじゃないですか?』
『それをしないって事は、
知られると困るのかな?って
思って』
下を向きながら彼女は、
そう説明してくる。
『それをバラされたら
俺が困って、
蝶野との食事を中止にする、
ってのが分からないんだけど』
武藤慶子の行動の趣旨が
分からない立花が質問すると
『私、蝶野先輩が嫌いなんです』
『気が強くて、
男子に媚びるような下品な服で
毎日来るし』と
自分の思いをバラしだしたのだ。
そこで立花は女子社員だけの
グループLINEが存在する事を
知った。
今までは立花の事を
ロボと言って蔑んでいた
蝶野が一転して
仕事で助けてくれたヒ-ローで、
取得困難な国家資格を
たくさん持っており
将来的に有望な独身社員だ、
と投稿した。
嫌いな蝶野が狙っている
立花を自分が誘ったら、
どうなるのか?
そんな好奇心で、
映画に誘ったが撃沈
蝶野は火曜日に
立花と食事に行くと、
グループLINEに
更に投稿してきて
勝利宣言をしてくる。
そんな事を忘れていた日曜日
家族の誕生日で訪れた
新宿のレストランに
立花が現れてビックリした。
立花と一緒の席にいるのが
蝶野だと思って、
鉢合わせにならないように
顔を隠していたが
店内で大きな声で
騒いでいる客がいる。
声の主を確認すると
佐山サトシだったうえに
同席していたのが立花で、
更にビックリした。
ロボと言われて
蔑んでいた先輩社員が
将来有望な独身社員で、
ビッグネ-ムの
佐山サトシとも知り合い
そんな男性を
嫌いな先輩社員が狙っている。
絶対に阻止してやる。
映画に誘って断られた
自分に残っている、
唯一の武器は
誰にも喋っていない
佐山サトシとの関係性
『それを言ったら、
明日の食事を
中止にしてくれるかな?と
思ったんです』
そう自分の心境を
吐露してきたのだ。
蝶野の、あの性格なら
確かに敵は多いかな?
そう感じた立花は
『この事は蝶野には言わない』
『でも約束だから食事には行く』
『あくまで会社の先輩、
後輩としてだから』
そう武藤慶子に説明をする。
『私と蝶野さん、
どっちがタイプですか?』
切羽詰まった武藤は、
立花に迫るように質問したが
『どっちも可愛い後輩だよ』と
言って、頭を軽く撫でられて
立花は給湯室から
1人で出て行ってしまった。
残された武藤慶子は
『絶対に負けないんだから』
そう言って指を噛んでいる。
自分の机に戻った立花は、
佐山サトシとの会話が
聞かれていなかった
安堵感が大きく
自分を取り巻く
女子社員の話は
二の次となっていた。
しかし今回の事は大きな教訓だ。
今までは自分の事など
誰も興味を持っていないと
決めつけていたが
周辺にいる人間に
注目が集まると、
自分にも脚光が浴びる
可能性が出てくる事を
今回知った。
とりあえず今日の仕事をこなそう
そう考えて
仕事に復帰した立花だったが
武藤慶子が
ソニックのTシャツを着た
立花の写真を持っている事を
この時は知らなかったのだ。
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