第13話ロボに夢中

蝶野正子はFAXとコピー機の

複合機メ-カ-の女性SEである。


短大を卒業して4年、仕事も

男性社員に負けずに

頑張り会社の評価も上々だった。


自分の担当先の企業との

付き合いも上手くいっており

仕事が楽しくなってきている。


上司である藤波係長のように

女性管理職になりたくて

毎日奮闘していた。


『ゴ-ゴルの担当だった

佐山さんが病気療養で

入院になったから』


『誰かに新しい担当に

なってもらいたいんだが』


世界的なIT企業のゴ-ゴルには

十数台を納入しており、

会社のエ-スクラスを

担当にするのが慣例だった。


大事なお得意様に対して

企業として出来る、

1番のおもてなしと

考えられている。


『はい、私に

担当させてください』


蝶野正子が新しい担当を

決める会議で手を挙げた。


後輩社員が立候補するのを

男性の先輩社員は眺めて、

お互いの顔を見合わす。


「自分の担当先もあるけど

大丈夫?」

藤波係長が確認すると


「大丈夫です、やらせて下さい」と

志願した。


困惑していた藤波係長だが

他の先輩社員が

誰も立候補をしないので


「じゃあ、お願いしようかしら」と

彼女に担当を頼む事にする。


通常は前担当者と新担当者が

一緒にお得意先に訪問して

顔合わせをした後に

引き継ぎ終了となるが


今回は前担当者が

入院のために引き継ぎがなく、

いきなりの担当交換となったのだ。


「通常と違う引き継ぎだけど

大丈夫?」

藤波係長が心配そうに聞くが


蝶野は

「心配ご無用です」

「私に任せてください」と

自身満々だった。


会社のカルテを見せてもらい

ポイントを聞いた彼女は

早速ゴーゴル社に向かう。


会社に着くと受付で名乗り、

担当部署へ取り次いで貰い

応接へと案内された。


5分後にゴ-ゴル社の担当者が

降りてきて蝶野に挨拶をする。


茶髪のTシャツでデニム姿の

20代後半のチャラついた

男性社員が


『はじめまして』と言って

挨拶をした蝶野の出した名刺を

貰った後、

舐め回すように頭から

足元を見る。


身長160cmで細身でありながら、

胸は大きめで腰がくびれており、

それが強調されるス-ツを

着ているので、

しょうがないと言えば、

しょうがない。


彼女自身も男が自分を

どのように見ているか

分かっているので

着ているブラウスのボタンを

第二ボタンまで開けて、

あえて胸元を見せつけている。


中小企業の社長連中は

蝶野の色っぽいOL風ス-ツ姿に

見とれているだけだったが


ゴ-ゴルの茶髪社員は

『新しい担当さんが

可愛いくて良かったよ』と

セクハラと受け取られても、

しょうがない挨拶をしてきた。


その手の男を

軽くあしらってきた蝶野は


『ありがとうございます』と

会釈をして終わらせようと

していたが


茶髪社員は

「今度飲みに行こうよ」と

笑いながら誘ってきたのである。


1流企業のリーマンが誘ったなら

女が全員、

尻尾を振ると思うなよ。


少し勝ち気な部分がある蝶野は、

そう考え

「じゃあ機会があれば、

お願いします」と

やんわりと断ったが


茶髪男は、ひるまず

「いつ行く?」

「今夜は、どう?」と

めげずに誘ってきた。


ヤリたいだけだろ?


蝶野は怒りを隠して

「今週は予定がいっぱいで」と

大人の対応でその場を

納めようとしたが


「ならLINEを教えて?」

「時間を作るからさ」と、

しつこく誘ってきた。


ダメだ、こいつ


そう悟った蝶野は

「すいません、会社の決まりで

個人の連絡先は

教えられないんです」


「本日は定期メンテで

来ておりますので、

ご案内をお願い出来ますか?」と

業務的に話すと


「チっ」と

蝶野に聞こえるように

舌打ちをする茶髪社員。


それを聞こえないフリをして

「お願いします」と

蝶野が言うと


茶髪社員は無言で先導して

機械のある場所へと

案内を始めた。


ナンパに失敗して女性に

罵声を浴びせるタイプだな


蝶野は、特に気にする事もなく

茶髪の後ろについて

機械の設置場所の説明を受けた。


場所さえ教えて貰えば、

あとは一人で出来る


各フロアに3台、

11階から15階までの5階で

都合15台を一人でメンテを

開始した。


定期メンテ中は

複合機を止めるので、

その間はパソコンで作業した

資料の印刷は出来ないので、

順番に1台ずつ診ていくしかない。


順調にメンテが進んでいき

13台目の作業をしている時に

トラブルは起きた。


「蝶野さん、11階から

複合機が印刷出来ないって

連絡が来てます」と


作業をしていた彼女に

ゴーゴルの社員が伝えてくる。


え?


なんで?


「はい、ここに居ます」

「12階も複合機が

印刷出来なくて

困ってるみたいです」

別の社員が蝶野に伝えてきた。


「今、行きます」


急いで11階に向かうと

3台ある複合機の全てが

印刷エラーとなって業務に

支障をきたしている。


さっきの茶髪社員が

蝶野を見つけて


「早く何とかしてくれよ」と

追い込みをかけてくる。


「はい、すいません」

「今すぐ確認します」


そう言って複合機に向かい

モニターを確認して

故障の原因を探すが

異常は見つからない。


「これじゃ仕事にならないぞ」

茶髪が騒いで蝶野を

更に追い込んだ。


どうしよう?


わからない?


OSのアップデートに

合わせて新しいプログラムを

インストールしただけ。


インストールOKも出ていて、

複合機も新しいプログラムを

認識している。


操作は間違っていない。


「新しい担当者になった途端、

これじゃ困るんだよ」


茶髪の社員がさっきの

復讐のように騒ぎたてる。


メンテナンスに

手を付けていない15階以外の

12台全部が止まったと連絡が来た。


「担当を代えてもらいましょうよ?」


茶髪が上司らしい人に

大きな声で言っているのが

聞こえてきた時に

蝶野は泣きたくなってきた。


すると上司らしき人が

蝶野の元にやってきて


「蝶野さん、これだと

私達も仕事が止まってしまい

困ってしまいます」


「会社に応援を

頼んで貰えませんか?」

そう言われてしまった。



「はい」



小さな声で答えた蝶野は

廊下に出て一人になって

会社に連絡を入れる。


「蝶野です、

藤波係長をお願いします」


「すいません、ゴーゴルさんで

複合機を止めてしまいました」

そう言って事情を説明すると


「すぐに応援に行かせるから」と

言われて


それを聞いた瞬間、

声を出して泣き出してしまった。


トイレに避難して泣き顔を直し、

フロアに戻った蝶野は

「申し訳ありません、

会社に応援を頼みましたので」


「もう少しだけ、お待ちください」


上司と思われる人に

頭を下げて詫びる蝶野に


「帰りが遅くなるよな?」と、

まだイヤミを続ける茶髪。


確かに時間は16時30分では、

帰る準備に入る社員もいるだろう。


何も言い返せない。


わからないが

複合機のモニター画面を見て

故障の原因を探していた時に


「すいません複合機の修理に

来ました」と

声が聞こえた。


会社の誰かが

応援に来てくれたんだ。


嬉しくなって声の主を見つけた。



『ロボかよ?』


立花の姿を見つけた蝶野は

心の中で呟いた。


自分の仕事しかせずに

社員と絡まない立花の事を

一部の女子社員はロボと

呼んで揶揄していた。


ロボを応援に

来させたって事は、

ここを見殺しにしたって事か。


蝶野は、そう思い

腹が立っている。


「状況は係長に聞いている」

「動いている複合機は何台ある?」


立花にそう聞かれた蝶野は、

ふてくされながら


「15階の3台は動いています」と

答えた。


それを聞いた立花は

フロアを遠くまで見て

オフィスの机の数をかぞえだす。


すると蝶野に

「責任者の方は?」と

確認をすると


何をするのかの説明も受けずに

不満顔の蝶野が

上司らしき人の元へ案内する。


「この度はご迷惑を

お掛けして申し訳ありません

立花と申します』

そう挨拶をした後


『全機を直すのには、

おそらく3時間はかかると

思います』


『その間は15階の複合機に

各階のパソコンを繋いで頂き、

利用をして頂きたいのですが』と

緊急案を提案した。


それを聞いた茶髪が

「ウチの会社に

パソコン何台あると

思っているんすか?」


「各階に100台、

全部で500台はあるんですよ」


『印刷する度に

15階に行けって言うのかよ』と

絡んで来たので


『御社はペ-パ-レスを

推進している企業と

伺っていました』


『他の会社に比べると

印刷物は少ないと思料しますが』と

立花が説明する。


上司らしい人が

『それが一番良い

方法なんですか?』と

質問をしてきたので


『この方法が最適だと思います』と

返答すると


「でしたらお願いします」と

了解をしてくれた。


邪険な扱いを受けた茶髪が

「これって損害賠償モン

じゃないんですか?」と


絡んでイヤミを言ってきて、

横にいた蝶野が聞いて

ビクンとする。


すると立花は冷静に

「損害賠償にはならないと

思いますよ」と説明。


文句を言おうとしている茶髪に

「これはOSを

アップデートしてバグが

発生したものです」と

説明をしだした。


上司と思われる人も

聞いている前で


「今日、私の担当先でも

同じ事象が発生しました」


「私も色々と頭を

悩ませていたのですが」


「以前、アップグレードした直後に

同じ現象が起きた事があり」


「その時にOSが

原因だったので

ダウングレードしたら治りました」


「今回も同じ事象だと

思われますので、

その対応をしたいと思います」


理路整然と立花に

説明された茶髪は何も言い返せず


「だったらOSの開発元の

責任じゃないか?」と言うと


「このOSは御社が

開発したものですよ」と

立花に言われて


上司らしき人に

茶髪は睨まれていた。


その話を聞いた蝶野は

涙を流しながら


「よかった、

私のせいじゃなかったんだ」と

小さな声を漏らしてしまう。


それを聞いた立花は

「お前のせいじゃないから、

安心しろ」と言って

蝶野にハンカチを渡した。


そこからは立花の指示で

社員のパソコンの印刷経路を

代えた後


1台ずつダウングレードして、

復旧は完了したのだ。


当初3時間かかると思った作業も

立花と蝶野が分担して半分の

1時間30分で終了した。


上司と思われる人に

「ご迷惑をおかけしました」と

立花が謝ると


上司の人が

「こちらのミスのようで

申し訳ありません」と逆に謝ってくる。


「後はパソコンの印刷経路を

各フロアに戻して終了です」


「少しお時間を頂戴します」

そう立花が上司の人に説明をすると


「立花さん、優秀ですね?」

「ウチの会社に転職したら、

どうですか?と

ニヤケ顔で茶髪が話しかけてきた。


「ありがとうございます」

「でも今の会社で

満足していますから大丈夫です」と

大人の対応で返答すると


「でも給料低いんでしょ?」

「ウチに来たら年収1000万円は

楽に超えますよ」と

しつこく絡んでくる。


「でも私はゴーゴルさんに

入社出来るほどの学歴も無いし」


「優れた国家資格も

持ってないんですよ」と

立花が答えると


勝ち誇ったように

「そうすか、残念ですね?」


「でも複合機の会社のSEじゃ、

そうですよね?」と

茶髪が笑いながら言ったのを聞いて

蝶野が頭に来て動き出そうとした。


それを立花が制止して

「そうなんです」

「国家資格も応用情報技術者と」


「システム監査技術者くらいしか

持っていませんから」


「御社のような

優秀な会社には入れません」と

答えたのだ。


「システム監査技術者を

持っているんですか?」と

茶髪が震えながら立花に聞くと


「大変失礼致しました」と

背広のポケットから

国家資格証を出して茶髪に

提示した。


システム監査技術者は

IT技術者が取得を目指す

困難な資格の一つで


国家公務員試験と

同レベルの難易度と言われており

合格率は受験者の

10%程度と言われている。


その資格の希少性から

IT転職サイトでは保有者は


年収2000万円の対応で

スカウトされるのも珍しくない。


「ゴーゴルさんの社員さんなら

持っていて当然ですよね?」と

茶髪に尋ねると


「いえ、ITパスポートしか

持っていません」と

小さな声で答えてきたので


「あぁ、ITパスポートですか?」

「たしか高校生が

よく取得する資格ですよね」と

立花が軽くディスると

茶髪は黙ってしまったのだ。


その後パソコンの印刷経路の

復旧も完了した時には

時間は20時を迎えていた。


長時間の作業を立花と蝶野が

上司らしき人に謝っていると


「課長、このまま立花さんに

ウチの会社の担当に

なってもらいましょうよ?」と

茶髪が立花の前で進言する。


それを目の前で聞いた蝶野は

悔しくて軽く唇を噛んでいたが、

何も言い返す事が出来ない。


「お言葉を返すようですが、

御社の担当は蝶野で

変更ありません」と

立花が、その提案を突っ返した。


「蝶野はウチの優秀な社員です」


「今回、15台中12台まで

使用不可能になっていましたが、

それは彼女の作業が

早かったからなんです」


「作業の遅い担当者だったら

3台目くらいでバグが発生していたと

思います」


「御社がどうしても

変更を希望されるなら、

上司と相談しますが」


「蝶野より仕事が出来ない

担当者が配置される事に

なってもご了承下さい」と

立花が説明すると、


課長さんは

「引き続き蝶野さんに

お願いを出来ますか?」と

頭を下げてきた。


「ウチの蝶野も

ITパスポートを

持っていますから」と

茶髪に言うと


「ハイ、私は短大在学中に

取りました」と返答して

茶髪をへこませたのだった。



ゴーゴル社の入っている

ビルを出た立花と蝶野は

並んで歩いている。


「いや~、スカッとしたな」

蝶野が嬉しそうに立花に

話しかける。


『やけに嬉しそうだな』

立花に、そう言われた蝶野は


『あの茶髪、私を飲みに誘ったり』

『LINE教えろ、ってしつこくて』


『断った途端に態度悪くなるし』

『複合機が調子悪くなった時なんて、

鬼のように私を追い込んだんですよ』


熱く語っている蝶野を、

黙って聞く立花


『でも立花さんが来てから、

全然弱くなって』


『最後は、へこまされて

沈没してたじゃないですか?』


『リベンジしてやった、って感じで

最高に気持ち良かったです』

そう蝶野が説明すると


『ごめん、蝶野の担当先で

やり過ぎだったな』と

立花が謝る。


蝶野は満足気な顔で

『アレくらいで

丁度良いんですよ』と言った後


急に思い出したような顔になり、

歩みを止めて


立花に向かって頭を下げて

『本日は助けて頂き、

本当にありがとうございました』と

お礼を言い出す。


『すいません、一番最初に

お礼を言わなきゃいけなかったのに』


『ペラペラ自分の事を

喋ってばっかりで』と

恐縮した態度で立花に謝る。


「いいよ、後輩を

助けるのは当たり前だろ」

そう言って再び歩き出すが


その立花の腕をつかみ

「優秀な社員って

言ってくださった時」


「涙が出るほど嬉しかったです」

蝶野が再び、頭を下げて

立花に謝辞を言う。


「蝶野が頑張っていたの

は知っていたから」


「見下されるているようで

許せなかった」


「一生懸命に仕事に

向き合っている蝶野の応援を

しただけだよ」と

立花が言うと


「ありがとうございます」

「すごく励みになりました」と

一礼をした。


私は何も知らずにロボなんて

悪口を言っていたのに


すごく優しい先輩じゃないか。

ピンチに現れて

助けてくれただけじゃなく

自分の事をアピールして

褒めてもくれた。


普段は寡黙だが、

いざって時には頼りになる

男の人じゃないか。


この先輩についていこう


そう心の中で誓った蝶野は

そこからはご機嫌になり、

再び歩きだす。


「なんで、私がITパスポートを

持っている事を

知っていたんですか?」と

蝶野が立場に質問をすると


「係長と名刺に資格を入れる、

入れないで話しをしていただろ?」と

昔のエピソードで知っていた事を説明


「立花さんって、私の事なんて

興味ないと思っていたから

ビックリしました」と

蝶野が言うが


立花はその言葉を笑顔で受け流した。


会社に戻る間も

「絶対に名刺に持っている

資格を入れた方が良いですよ」とか


「どうやって資格を

取ったんですか?」と

立場に質問攻めする蝶野


立花としては一人の時間を作って、

絵色女神にLINEを打ちたいのだが

蝶野が、それを許さない。


会社に戻って

藤波係長に報告する際には


悪人である茶髪を立花が

コテンパンにやっつける

ヒーローのように報告していた。


「やっぱり立花に行って貰って

良かった」

藤波係長がそう言うと


「今後、私が困った時のヘルプは

全件、立花先輩にお願いします」と

頼んでいるが


係長は

「そんな事は出来ない」と

取り合わない。


時間は21時になろうとしており

立花としては早く帰りたい気持ちで

自分の机を片付け始めた。


それを見た蝶野が近づいて来て

「立花さん、今日のお礼に

この後奢らせて下さい」と

笑顔で誘ってきたが


「ごめん、急いで

帰らないといけないんだ」と

1秒で却下すると


「例のナンシーですか?」と

蝶野が怪訝そうな顔で

立花に質問をしてくる。


「あれは棚橋が勝手に

言っているだけで」


「外国人妻なんて居ないよ」と

立花が否定


だが蝶野の質問は更に続き

「彼女もいないんですか?」と

聞かれた立花は


「もう10年近くいないよ」と、

早く帰りたい一心で本当の事を

言ってしまった。


「ふ~ん」


彼女はいないんだ。


「お先に失礼します」

慌ててオフィスを出ていく

立花を目で追いかける蝶野は


立花さんの彼女に立候補しよう、と

誓うのであった。

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