第7話女神様の去った後
夢のような夜が終わり
会社へ向かう立花だったが
不思議と寝不足の
ダメ-ジは出ていない。
アイドルが自分の家に
泊まっていた記憶が
アドレナリンを出していて
ご機嫌だったからだ。
一目惚れに近い形で
ファンになった彼女が、
自分を頼って
アパートにやってきた。
誰も見た事がないだろう、
至近距離で見た
現役アイドルの寝顔
その記憶は自分だけの宝物だ
さっきまでの幸せの
余韻に浸っていた時に気付いた。
『サインを貰っていない』
いくらでもチャンスは
あったじゃないか
そう悔やんでいた時に
『ツ-ショットの写真も
撮っていない』事に気付き
頭を抱えて、
倒れんばかりに後悔をしている。
バタバタして何も
頼めていなかったじゃないか。
記念品が何も手元に残ってない
『きっと、もう会えないのに』
そう思いながら、
彼女とやりとりをした
L INEを見直している。
調子に乗って、
また連絡をしたら
『収録が終わったから、
もう連絡しないで』
そう言われてブロックされて
終わりだろう
本人確認の為に
送って貰った2枚の写真で
充分じゃないか
そう自分に言い聞かせて
会社に入って行った。
立花の勤務する会社は
FAXとコピーが一体化した
複合機を作っている
世界規模のメ-カ-の子会社で
納入している会社の
定期メンテナンスや
利用カウンターの確認
故障をした際の緊急修理や
新規の設置が主な仕事だった。
彼の所属している支店には
経理や事務の人間も
在籍しており100人ほどいる。
彼と同じ職種は女性も含めて
50人ほどいるが、
立花に話しかける人はいない。
飲み会に誘われても行かないし、
仕事中も会話に加わわる事もなく
世間話を振られても
返ってくる事がないので
業務連絡を伝える事も
嫌がる女子社員も
いるくいらいだ。
そんな立花に
『なんだ、
今日はやけに早いな?』と
声をかけてきた男性がいる。
彼と同期入社の棚橋だ。
その声に気付いた立花が
あくびをしながら
『俺が早くちゃ悪いか』と
悪態をつきながら答えた。
『いや、早出残業を嫌って
就業時間ギリギリに出社する
立花さんが』
『就業時間30分前に
出社していれば
ビックリするだろう?』と
返してきた。
実際、朝早くから立花の姿を
見た一部の社員は
『今日って緊急朝礼だっけ?』と
予定を忘れていたのは
自分では?と
不安になり心配をしていた。
その事も棚橋から聞いた彼が
『ちょっとヤボ用で、
昨日は一睡も
してないだけだよ』と
説明すると
『女がらみか?』と
冷やかすように聞いてきた。
これは運動部の
ジャガイモのような
彼女がいない
男3人組みの会話で
『明日の予定は?』と
聞かれ
『ちょっとヤボ用でムリ』と
返された時に
『女がらみだろ?』と聞く
男の社交辞令のようなものだ。
実際は母親と近くの
イオンモ-ルに行く
ジャガイモも
『ちげぇ〜よ』と
答えて終了する
誰も傷つかない会話の
キャッチボールである。
聞いた棚橋も、
そのつもりだったが
『女がらみか?』
『そうだ』と
立花が答えた返事を
頭の中で消化出来ずにいた。
30秒の無音の後に
確認するように
『寝不足って、
女がらみなのか?』と
再度、同じ質問を繰り返す。
『そうだ、って
言ってるだろう』と答え
同期入社の彼は立花が
冗談を言わないタイプだと
知っていたので
『マジかよ?』と
学校の教室ほどの広さの
営業フロアにいる全員が
振り返るほどの大きな声で
絶叫した。
『声がデカいよ』と
棚橋にヘッドロックをして
引き寄せた立花に
『だって、そんな話を
聞いた事が今まで
無かったからよ』と説明する。
その反応を見た立花も
全部話すのはマズいと
思い始めた。
絵色女神がアパートに来た事は
芸能人である彼女にとっては
マイナスだろうし
ましてやゲ-ムの
レクチャーを受けに来た事を
説明するには
自分がエクシブハンターと言う
ゲ-ムをしている事を
説明しないといけない。
立花 隆イコ-ルGODって事は
絶対にバレてはいけない。
言ってみれば彼の聖域だ。
『詳しく教えろよ』と
言う棚橋に
『秘密だ』の
一点張りだった。
お金を払って自宅に
訪問してくれる、
お姉さんが昨晩泊まって行った
棚橋の勝手な憶測に
『そうです』と
呆れ顔の立花が返事をして、
その場は落ち着いた。
くだらない男同士の掛け合い、
いつもと変わらない日常が
始まっていく。
営業全員が参加する
朝礼が始まった時に異変は起きた。
女性上司である藤波係長が
全員に色々な伝達事項を
発表した後
『一件、緊急でのヘルプが
目黒のオメガ商事から
入っているんだが』
『誰か行って
貰えないだろうか?』と
全員に問いかけた。
当日のスケジュールは
全員決まっており
キャンセルなどが、
無い限りは予定は埋まっている。
そこに飛び込みの依頼が
入れば当然、
負荷となり自分の仕事が
多くなるので、
みんな嫌がる。
『俺、今日はソッチ方面ですから
行きましょうか?』
聞こえないフリをする
社員ばかりの中、
立候補した人物がいた。
『立花?』
頼んだ張本人の藤波係長が
驚いて、
周りをキョロキョロと見渡す。
『今日、目黒の合同庁舎の近くに
行きますんで、
一緒に診てきます』
そう立花が言った後
全員がザワついた。
以前、立花の担当先の
隣のビルにあるオフィスから
緊急の依頼が入った事があり
当日、そのエリアに行く
予定だった立花に
『隣のビルだから
行ってくれないか?』と
上司が頼んだのだが
『自分の担当だけで、
手いっぱいです』と断り、
大問題になった事もあった。
全員、その事を知っていたので
驚きでザワついていたのである。
『なら、お願いしようかな?』
半信半疑な藤波係長が、
あたふたしていたが
『後で資料をください』と
何事も無かったように
立花は受け答えていた。
そして朝礼が終わった瞬間に
『頭がおかしくなったのか?』と
話しかけながら棚橋が
近づいて来た。
『何がだよ?』
不服そうに立花が聞き返すと
『だって、お前』
『誰のヘルプも
しなかったじゃないか?』
『それが突然、
自分から手を上げるなんて』
『具合が悪くなったのかと
思うじゃんか?』と
言ってきたが
『うるせ〜、ほっとけ』と
一蹴して、
棚橋を追い返そうとする。
確実に立花の中で
変わった事がある。
仕事への意気込みであった。
もちろん影響を与えたのは
絵色女神だった。
年下の彼女の、
ひたむきな仕事に対する
姿勢を自分も見習わないと
ダメだと感じていた。
それはヘルプ案件を
立花に依頼していた上司も、
先方の要望や注意点の
打ち合わせをしているうちに、
すぐに分かり資料を彼に
渡していた。
元々仕事は出来ていたので、
会社に非協力的だったが
大きなお咎めが、
なかったのだ。
『このタイプですと
経年劣化でピンチロ-ラ-も
摩耗していると思います』
『先方の了解が取れたら、
ソッチも交換してきちゃいます』
昨日までの立花からは
聞く事が出来なかった言葉に
上司は感動すらしていた。
その後、自分の本来の
担当先の資料をまとめて
『行ってきます』と
一番最初に事務所を
出て行ったのである。
事務所の人間は
全員ポカンとしていた。
『立花さんが
行ってきますって言った』
外国の教会でマリア像が
涙を流したくらいの
衝撃だったようで
別人のような立花の
変化の真相を知りたい
他の社員達は
唯一立花と
コミニケーションを
取れる棚橋の元に走って行った。
『何が起きた?』
『偽物じゃないか?』と
色々な憶測が飛び
その輪の中に女性上司の
藤波係長もいた。
『どうやら女と朝まで
一緒にいて寝不足らしいですよ』と
棚橋が仕入れたばかりの
情報を発表すると
『立花って、
彼女いたのか?』と
大騒ぎとなり
『彼女じゃなくて
風俗の女みたいですよ』と、
棚橋の憶測が先行して
最終的には延長料金を
払う為に残業に
精を出していると言う事に
なっていった。
ある種名物社員の立花の
変化は他部署でも話題となり
風俗女性への延長料金の話に
尾ひれが付いた結果
夕方に立花が会社に帰ると
『立花さん、ベネゼ-ラ人と
結婚したんですか?』と
本人に聞く人間もいたくらいだ。
『誰が、そんな嘘を』と
言いかけて
1人の人物に思い当たるフシが
あった立花は
黙って棚橋のデスクに向かい
頭を軽く叩いたのだった。
ビ-ナスの洗礼を受けた
GODの日常に変化が
起こり始めたのである。
時間軸を今朝に戻そう。
立花が出社した後、
アパートで目覚めた彼女は
立花が出社前に
書いて残した手紙を
何度も読み返して、
微笑んでいる。
仕事柄、たくさんの手紙は
貰ってきたが、
今までの中で一番嬉しかったようで
大事に折り畳み、
旅行用のキャリーバッグに
しまったのであった。
『立花さん、
シャワーを借りますね?』
家主不在だが、
声に出して了解を取って
浴室に向かう
律儀な彼女である。
ビジネスホテルにある浴槽と
洗面台とトイレが一緒に
なっているユニットバスを
使うのも二回目なので慣れてきた。
立花の家にあるシャンプーと
ボディーシャンプーを手に取り、
不思議そうに眺める。
『何処のメ-カ-のだろう?』
初めて見るシャンプーを
凝視しているが
彼女には分からないだろう。
100円ショップの
ダイソーのシャンプーなど、
年頃の女の子は絶対に使わない。
『コッチは徐々にでも良いから、
まずは食器類と家電かな?』と
呟いた後
シャワーヘッドを頭の上に
固定して、
顔面にシャワーを浴びながら
今日の予定を思い出す。
テレビの収録と新曲の
振り付け練習、
ボイストレ-ニングが
終わるのは20時過ぎだ。
シャワーを浴びた後に
身支度を終了した彼女は、
彼が置いていった1万円札に
頭を下げて
『大事に使わせてもらいます』と
礼を言った。
『鍵はポストに入れると』と
立花からの伝言を唱えながら
『忘れ物は無いかな?』と
部屋を見渡しながら
再確認をする。
『忘れていても
取りにくれば良いか』と言って
部屋を出て駅に向かう事にした。
スマホのGPS機能をONにして
自由が丘駅へと
向かいながら考えている事がある。
今の時間は10時過ぎ、
立花は仕事中だから
電話をするのは失礼だ。
でも受けた恩義に対して
自分の声で、お礼を言いたい。
起きて時間が経過しているのに
連絡一本を入れないのは
失礼ではないか?
さっきから、
その事で頭を悩ませている。
LINEを入れるにも文面は?
悩みながら歩いて
20分かけて自由が丘駅に着く
『昨晩は本当に
お世話になりました』
『きちんとお礼が言いたいので、
何時だったら連絡しても
良いでしょうか?』
『連絡をお待ちしております』
移動中の電車の中で、
悩んだ末の文章だった。
そのLINEを打ってからは
返事を待っていた彼女だが、
返事どころか既読にすらならない。
それはテレビ番組の収録が
終わってからも変わらず、
収録が大成功に終わった事を
1番に報告したかった
彼女にとっては
心配事になっていった。
嫌われた?
思い当たるフシはある
あり過ぎる。
どうしよう?
実際には彼女の影響を受けて、
今まで以上に仕事に専念しており
自分のスマホに
触っていないだけだった。
だが連絡が取れない時こそ
悪い予想が発展していき
あの1万円は2度と
関わり合いにならない為の
手切金のようなものなのかな?
急に不安になり、
自分が寝ていた時の動画を
見直す。
『無防備過ぎだろ?』と
寝ている彼女に
立花が語りかけているシ-ンを
何回も再生して
『大丈夫、大丈夫』と
自分に言い聞かせるが
この後、何か粗相をしたのでは?
悪い予測は堂々巡りで
彼女の中でループしていたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます