第6話女神様がお泊まり 3
深夜3時の自由が丘の
ボロアパートの一室
昨日までは存在すら
知らなかった男女が
小さなベッドに2人で寝ている。
こう書くと若干、
色っぽく聞こえるが
実際は、そうでもなかった。
身体を横にして2人とも
同じ方向を向いている姿は
小学校の整列の
〝小さい前ならえ〟で
前の人との間隔を
縮めたようで滑稽である。
後ろに駆け出しとはいえ
アイドルが寝ている状況
部屋の電気は小さな灯りだけに
しているが、
徐々に暗やみに
目が慣れてきて部屋の状況は
分かる。
後頭部越しに
彼女の息遣いを感じて、
余計に緊張してしまう
立花だった。
だが彼女は
まるで気にしていないようで
さっきからの
ご機嫌モ-ドが継続中だ。
生殺し状態の立花に彼女が
『GODさんって、
今いくつなんですか?』と
質問をし始めた。
『27才です』
ゲ-ムを教えていた時には
緊張などしないで
会話の主導権を握っていたが
現在は職務質問をされた
学生のように
ギクシャクしてしまう。
俺を男として見ていないのか?
いや、逆に誘っているのでは?
だが、ここで勘違いをしたら
新聞沙汰になり人生が終わる
色々な事を考えて、
睡魔すら襲ってこない。
『GODさん、聞いてます?』
自分自身の良心と葛藤していて
彼女の話が
耳に入ってきていなかった。
『ごめん、もう一度言ってくれる?』
その問いかけに
『お仕事って何を
されているんですか?』と
可愛いく聞かれて
『コピーとFAXの複合機の
メンテナンスをしている
SEです』と彼女の質問に答え、
その後の質問にも
全て正直に答えていった。
長野県出身のこと、
会社のこと、
ゲ-ムを始めたキッカケ
『ふむふむ』
一つ一つの質問に頷く彼女に
『アイドルの仕事って
楽しいですか?』と
立花が質問し返すと
『こんなにツライと
思いませんでした』と
予想外の事を彼女が答えてくる。
『意外だな』
『楽しいって、
答えがくるかと思って
聞いたんだけど』と彼が言うと
『オ-ディションに合格すれば、
ゴ-ルだと
思っていたんですけど
違っていました』
さっきまでの明るいト-ンとは
変わって少し重い感じで
理由を話し始めた。
中学生の頃から
色々なオ-ディションを
受けていたが、
何度も落ちていた。
だが権太坂の
新規メンバー募集には
書類審査が通り、
予選、本戦と通過して、
最終的には3人の合格者の
1人となって
幸せの絶頂だったが、
その日がピ-クだった。
翌日からが試練の
スタートだったそうだ。
アイドルなので可愛くて、
歌えて、踊れるのは当たり前
で、他に何が出来るの?
芸能人には可愛い子が、
他にもたくさんいる。
自分には、
特技も無ければ特徴もない。
メンバーとして加入してから、
その事に段々と気付いていった。
シュッとした先輩は
モデルとして、
雑誌の専属モデルとなり
元子役出身の先輩は
女優としても
連続ドラマに出演したり
高学歴である先輩は
クイズ番組の常連だ。
お笑い芸人とバラエティで
絡む先輩は頭の回転が早く、
しっかりと笑いが取れている。
『女神ちゃんは何が出来るの?』
『そう言われた時に
困っちゃったんです』
『スタイルが良い人は、
グラビアですぐに
雑誌で特集を組まれますが』
『背が低くてスタイルも
良くないアタシには
声も掛からないですから』
『何かセ-ルスポイントを
探さないと、いけないんです』
身長157cm.体重43kg、
推定Cカップの彼女は
自分の事を卑下していたが
至近距離で
さっきまで見ていた立花は
『それ位が丁度良いです』と
言う言葉が、
喉の先端まで出かかっていた。
それをグッと飲み込んで
『先輩はアドバイスとか、
してくれないの?』
そう問いかけると
『聞いたら、
最低限は教えてくれます』
『でも、それ以上は何も』
そう言うと黙ってしまう。
『同じグループなんだから、
教えてくれても
良さそうなのにね?』
重い空気を変えるつもりで
立花が言うと
『同じグループだから
教えないんですよ』
『自分が1番になる為には
メンバーは全員ライバルなんです』
『だから先輩から見ると、
新人は自分の席を取りにきた
敵なんです』
そう淡々と説明をする彼女に、
さっきまでの笑顔は消えている。
『でもアイドルに
なるのは夢だったし、
家族も喜んでくれているから』
『頑張って上を目指しているんです』
10才も下の彼女の
置かれている環境、
仕事への意気込みを聞いて
やましい気持ちがあった
自分が情け無くなっていた。
『俺も明日から
女神ちゃんを見習って、
頑張っていかなきゃダメだな』
自分を鼓舞するつもりで
言った言葉に
『GODさんは、もうテッペンを
取っているじゃないですか?』と
不思議そうに言ってくる。
『エクシブハンターの事?』
『テッペンを取ったって
言っても、
たかがゲ-ムじゃない?』
そう答えた彼に
『プロには、
ならないんですか?』と
彼女が質問をしてきた。
eゲ-ム
人気のあるゲ-ムでは
スポンサーがつき世界大会では
億単位の賞金も珍しくない。
『エクシブハンターの
プロに成れないんですか?』
彼女が素朴な質問をしてきた。
『エクシブハンターは
賞金の出る大会は
開催していないんだ』
そう説明した彼の答えに
『そうなんだ、残念ですね』と
自分の事のように悔しがる彼女
だが実際には
もうすぐエクシブハンターの
世界大会がペア戦で始まる。
ゲ-ム会社からは当然
彼の元に出場の打診があったが
友達が居ないと理由をつけて断った。
関係者意外には秘密で、
当然だが他言無用であった。
『ゲ-ムのプロなんて、
一生する仕事じゃないでしょ?』
『今だけ良くても、
将来は見えない気がするんだ』
社会人の一般的な意見を言うと
『でもyou tuberの人も
最初は、みんなに
認められていなかったけど』
『今じゃ、
小学生の憧れの職業に
なっているじゃないですか?』
『将来は分からないですよ』
『今からプロを目指して、
みませんか?』と提案してきた。
昔から、やってる好きなゲ-ム
ただ、それだけだと思っていた。
『女神ちゃんが
応援してくれるなら、
頑張ってみるかな?』
自然と彼から出た言葉だったが
『GODさんなら、
絶対に成れますよ』
『アタシが保証します』と
彼女のテンションが一気に
上がってきた。
『今日はゲ-ムを
教えて貰いたかったのも、
あったんですが』
『世界一に成った人に
会いたかった、って言うのも
あったんです』
『頂点を取った日には
何か秘訣がある筈だから、
アタシも上昇していくには、
どうしたら良いのか?』
『その人のパワーを分けて
貰えるんじゃないかな?って
期待していたんですよ』と、
彼女の想いを語ってくる。
『GODさん、
コッチを向いて下さい』
そう言って方向転換を
求めてきた。
『え、こう?』
そう言って身体を
180度回転させると、
絵色女神の顔が目の前にあった。
その距離15cm、
ちょっと頭を動かせば
彼女の唇に触れてしまう距離だ。
『アタシは絶対に
負けませんから』
『GODさんも
頑張ってください』と
大きな瞳で
立花の目を見つめながら
宣言してきた。
『それって、
俺にライバル宣言したって事?』と
聞くと
『敵とかライバルじゃないです』
『トップを目指す者の同士、
戦友の誓いです』
彼から目線は外さず、
彼女が熱く語る。
『がんばります』
そう答えている立花だが、
至近距離での美少女の、
どアップに
『この可愛いさで言われたら、
逆らえないだろう』と
考えていた。
『プロに成れる機会が、
あったら挑戦してみるよ』
その言葉を聞いた彼女は、
我がごとのように
『絶対ですよ、
約束しましたからね』
そう喜んでいた。
それから他愛のない話を
していた彼女のクチカズが
少なくなり
やがて可愛い寝息を立てて
寝てしまった。
すぐにでも、
キスが出来る距離
『無防備過ぎだろ?』
思わず、そう呟いてしまう。
彼女の可愛い寝顔を
見ていた彼が、
そっとベッドから降りた。
時間は朝4時を過ぎている。
会社に行くのに、
毎朝6時30分に
起床している彼は
寝られる時間を逆算して
『寝れて2時間チョイ』
『中途半端に寝ても、
かえって寝不足がキツイかな』
そう自問自答して
寝るのを諦めた。
朝メシは自分の分は
無いにしても彼女の分は
用意してあげないと
昨晩のカップ焼きそばだけで、
テレビ局に
行かせる訳にはいかない。
そんな事を考えて
歩いて5分のコンビニに
向かう事にした。
彼女を起こさないように
静かに鍵を閉めて、
朝早くコンビニへ向かう。
往復10分で
行って帰れるハズの
コンビニから
帰って来たのは30分後だった。
若い女の子が朝に何を食べるか?
コンビニに行けば何とか、
なるだろう。
たかを、ククッていたが
逆だった。
パンやサラダの種類の多さで、
すでに選択不可能だったのだが
スムージ-や、ラテを
選ぶ時には寝不足も重なって
迷っていた物を全て
大量購入となっていたのである。。
アパートに帰ったら、
彼女は居なくなっているのでは?
そんな不安が、あったが
帰るとベッドの上で
大の字になって寝ている。
『あれじゃ俺はベッドから
落とされていたな』
苦笑しながら、
彼女の寝姿を見ている。
サンドイッチ3つ、
おにぎり4つ、サラダが2つ
飲み物が5本
女の子が一人で食べるには
多過ぎだ、
彼女はギャル曽根ではない。
『一人じゃ食べきれないよな』
テ-ブルに並べられた食料を
眺めながら
『俺も少し、食っておくか』
おにぎりを一つと
サンドイッチを1袋選び、
早めの朝ご飯をひっそりと食べる。
いつもと違い
熟睡している人間に
気を使って身支度をすると
余計に時間が、かかり
あっというまに7時を迎えていた。
押し入れにあった
A4サイズの紙を引っ張り出して
寝ているビ-ナスに宛てた
置き手紙を書いている。
『収録、頑張ってね』
もう二度と会う事がないだろう
天使のような寝顔に語りかけ、
彼は会社に向かった。
それから1時間30分後の
9時になり彼女が目を覚ました。
『GODさん?』
寝ぼけながらも、
昨夜の記憶を辿って部屋の主を
探していたが
やがてアパートに
一人だという事を理解して
『アタシやっぱり
寝ちゃったんだ』と
ひとり呟いた。
彼女も女性なので
男が女に何を求めてくるかは
分かっていたので
朝まで、起きているつもりだった。
そして自分のスマホの
録画ボタンを止めた。
もし寝てしまって、
その間に何かをされていたかが、
わかるように
ベッドに入ってから
スマホを録画状態にしていたのだ。
自分が寝ている状態を
全て見終わった後
『本当に良い人なんだ』と
嬉しそうに微笑みながら
スマホを閉じた。
そしてテ-ブルに並べられた
朝ご飯と、置き手紙に気づいた。
女神ちゃんへ
ぐっすり眠っているので、
起こさずに会社に行きます。
朝ご飯をコンビニで、
買っておきました。
残った分は良かったら
昼ご飯にしてください。
昨夜の方法だったら、
収録は成功すると思うので
頑張ってください。
テレビで必ず見ます。
部屋の鍵は家を出る時に
郵便ポストに
入れておいてください。
あと事務所まで
歩いて行くなんて
無謀な事はやめてください。
少しだけど
交通費を置いていきます。
これは返さなくて良いです。
頑張っている女神ちゃんへの
カンパなんで。
グループで一番に成れる日を
信じてます。
GODより
おにぎりの下には一万円札が
置いてあった。
彼女の中で昨夜からの事が
一気に思い出されていく。
ネットカフェから
自由が丘に押しかけてきて、
トイレを貸せ、風呂を使わせろ
晩御飯を食べさせて貰い、
番組収録の為に
徹夜で特訓をしてくれた。
そして手持ちが無い自分の為に
朝ご飯と昼ご飯の差し入れ
多過ぎる交通費という名目のカンパ
彼女の目から涙が溢れていく。
『こんなにされたら
好きになっちゃうじゃん』
嬉しさに溢れているような
彼女の表情はキラキラしていた。
『立花 隆さん、
覚悟してくださいね』
そう言った彼女は何かを
決意したようだった。
その後、自分のほっぺたを
手で軽く叩いて
気合いを入れた彼女は
テ-ブルに並ぶ朝ご飯を眺めた後
サンドイッチを食べながら、
置き手紙を何回も読み直していた。
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