第007話 起点
—— 独りの男が、愚痴を溢しながら洞窟の奥へと歩いていた。
「なぁーにが、『あの洞窟にはドラゴンが眠っている~』だ。ドラゴンどころかゴブリン一匹すら見当たりゃしねぇ。こんなの詐欺じゃねぇか、ふざけやがって」
ドラゴンの住処にゴブリンが住むのかは兎も角、ドラゴンの痕跡の一つも見当たらなくてはそう言いたくもなるだろう。
—— あの洞窟にはドラゴンが眠っている。
—— その眠りを妨げてはならぬ。その怒りは世界を
—— 何人も足を踏み入れるべからず。
ドラゴンの噂を聞きつけ、国境を越えて遠路遥々やって来た。
立ち寄った先々で情報を集め、噂の洞窟を突き止めた。
そして最寄りの街で情報収集の時に耳にしたのが、先の言葉だ。
立ち入るなと忠告はされたが、知ったことではない。
何のためにわざわざやって来たと思っているのか。
—— ドラゴンは秘宝・財宝を貯めこんでいる。
—— 剥がれ落ちた鱗一枚ですら、売れば一等地に屋敷が建つ。
お宝は自分のものだ、文句があるなら俺より先に行けば良い。
そうでないなら負け犬はそこで黙って見てろ。
ドラゴンが眠っているのなら、その隙にお宝を頂いてしまえば良い。
そこに生え変わった鱗の一枚でも落ちていれば儲け物だ。
財宝は眉唾物だが、居るのなら鱗の一枚くらいはなんとかなるだろう。
もしドラゴンが小さければ寝込みを襲って殺してしまっても良い。
寿命は万を超すと言うが、ならば成長も遅いはずだ。
可能性が無いとは言えない、そうすれば金も栄誉も思うが儘だ。
野心家で、そして自信家だった。
一人で旅をしているのだ、勿論腕には自信があるのだろう。
しかしその腕に見せ場は無く、男は眼前の地底湖をただ眺めていた。
「資料によれば、地底湖の先はすぐに行き止まりだったな...」
とんだ無駄足を踏まされた。
いっそのこと水面から水龍でも顔を出さないかと思ったが、何処かに繋がる穴がある様にも見えない。唯一対岸に見えるのは、行き止まりへの通路だろう。
「無駄足ついてだ、一応行き止まりも確認しておくか...」
頭に手をやり、そう独りごちながら地底湖の中程まで足を進めた時だ。
—— パシャン
― と、それが頭上に降り注いだ。
スライムだった。何の変哲もない、正真正銘ただのスライムだ。
それが、男の頭をめがけて落ちてきて、その頭を呑み込んだ。
ここまで魔物に出会わなかった所為で完全に油断していた。
武器は構えていないし、そもそも右手は頭と一緒に捕らわれている。
歪む視界で左手を必死に動かしても、その
スライムにやられて死んだ奴の話を聞いたことはある。
スライムに捕まった駆け出しを助けたことだってある。
それでも、自分がそうなることは考えていなかった。
ダンジョンに限らず、頭上を警戒するなんてことは基本中の基本だ。
いつもなら警戒を怠るなんてヘマはしない、そんな事では今ここに立ってなどいられいない。
だが魔物に一切出会わなかったことで完全にその意識が薄れていた。
― その結果がこれだ。
洞窟の奥にたった独りで、スライムに捕らわれている。
体力自慢も、呼吸が出来なければ一般人と大差ない。
腕力に自信があろうと、剣に自信があろうと、振るうことが出来ねば意味などない。
手詰まりだった。
口も、鼻も、スライムが占拠している。
潰したとて、
地底湖の真ん中で為す術もなく倒れた男は、最後にこう自嘲する。
—— ドラゴン狙ってスライムに殺されるとか、なんて出来の悪い笑い話だ。
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Tips:ドラゴン
永劫の寿命と強大な力を持つ破滅の象徴。人の手の届かない秘境に棲み、棲家を荒すモノには容赦をしない。その昔、強欲な王が財宝を狙い派兵し、怒りを買い国が滅んだという。高い魔素吸収力を持ち、棲家周辺では上位ダンジョンの発生率が非常に低い。
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