第006話 噂話

「なぁ、何年か前に魔女が現れたって噂があったの覚えてるか?」


 軽薄そうな男が、もう一人の男に話し掛ける。


「あぁ、聞いたことあるな。急にどうした」

「いや、ふと思い出したんだよ。洞窟で人を燃やしてたって、あれ、この辺の洞窟らしいぜ。もしかして此処だったりして」

「なに馬鹿言ってんだ。そもそも此処はダンジョンだぞ、人くらいそこいらで死んでんだろ、今更ビビってんのか?」

「浪漫がねぇなぁ…魔女はすげぇ美人だって聞くだろ、会ってみたいとか思わねぇ?」

「美人に相手してほしけりゃ娼館にでも行って来い、言っておくが金は貸さんぞ」

「俺の懐事情知ってて言うんだからひでぇよなぁ…それに俺は運命の人を待ってんの!」

「は、また振られたってくだ巻いてたのは三日前だったか?あれは何人目の運命の人だったんだ?まだ両手で足りるか?」

「んな…ッ!あ、あれは運命の人じゃなかったから仕方ねぇの!」

「どうだか…おら、いつまでも馬鹿言ってないで警戒しろ。一応ダンジョンの中だぞ」


  そう言っている男自身、然程警戒をしている雰囲気はないのだが。


—— この二人が受けたのはダンジョンの調査依頼である。


 此処は下級ダンジョンで、本来であれば中級冒険者の二人が受けるようなものではなかった。しかし、近くの町にいた新人冒険者…新人冒険者が王都近くへ拠点を移したため、たまたま逗留していた二人に白羽の矢が立ったのだ。


「しかし、ほんっと何も居ねぇでやんの」

「受付でも聞いていたが、これほどとはな。冒険者も居なくなるわけだ」

「魔物が居ないんじゃおまんまの食い上げにもならぁな」

「数年前はゴブリンやスライムが居たって話だが、それも今となっては...」

「野生動物すら居ないと来たもんだ。熊かイノシシくらい居るかと思ったんだけどなぁ…あぁ、考えたらしし鍋で一杯やりたくなってきた...」


 他愛ない会話をしながら、洞窟の奥へと進んで行く二人。

 しかし、ゴブリンやスライムどころか、野生動物の一匹も見当たらない。

 少しばかり不安になりながらも、やがて開けた場所に辿り着いた。


「はー…こりゃあ綺麗だ。地底湖ってやつかね」

「なにか大物でも潜んでるのかと思ったが、そんな様子も無さそうだな」

「ははっ、確かに広いが、この水深じゃドラゴンにはつらそうだ」


 苦笑いを浮かべながら足を踏み入れるが、深い所でも精々膝までのようだ。


「これだけ綺麗な水なら、動物が飲みに来ても良いと思うんだが…もしかしたら鉱毒こうどくでも混じってるのかもな」

「うへぇ、水に入った後にそういうこと言わんでくれよ...」

「そんな繊細だったとは知らなかったな。しかし、此処にも魚一匹見当たらんか」

「一応魔素研にゃ依頼したって話だし、その辺は任せましょうや」

「そうだな。もう少しだけ奥に続いてるって話だ、そこも何も無ければ依頼完了だな」

「んじゃ、さっさと見て帰りますかね。宿の娘さんが、首をながーくして俺を待ってるはずだ」


—— そんな調子で奥へ進むも、小部屋が二つ続いただけで生き物の姿は何処にもなかった。


「うーむ…これ、間違えて普通の洞窟に来たって可能性は...」

「松明も無しにこれだけ見えるんだ、此処がダンジョンであることは間違いない」

「だよなぁ…それに内部も聞いてた通りだ」

「まぁ、俺達の仕事に魔物が消えた原因を突き止めることは含まれてない。こうしてても仕方ないしな、戻るぞ」


 念の為、天井付近に横道などが無いかも確認しながら入口まで戻るが、やはり成果は無い。


「このままだとあの町、廃れちまうんじゃないかねぇ」

「近くに新しいダンジョンでも発生しなきゃ厳しいだろうな」

「ダンジョンが無いと冒険者が集まらねぇからなぁ」

「案外、魔物の心配が無いって人気が出るかもしれんぞ」

「そりゃ良い、俺が引退する時までにそうなってて欲しいもんだ」


「—— あぁでも、此間こないだ一緒に飲んでた奴が面白いこと言ってたっけなぁ」

「なんだ、振られた時の話か。お前の別れ話以上に面白い話があるのか?」

「それは今は良いんだよ!!そうじゃなくて、ダンジョンは周りから魔素を吸収するだろ?なら、このダンジョンの魔素も何処かに吸われてるんじゃないかって」

「つまり、既に新しいダンジョンが発生している…と?」

「それか、地中で馬鹿でかいドラゴンでも眠ってんのかも。どっちにしろ浪漫があるねぇ」


—— まぁなんだ、そう言う噂もあるってことよ。


——————————

Tips:魔女

 いわく、魔女は深い森で隠棲している。絶世の美女で不老不死だ。多種多様な魔法を使い、気に入った相手には手解きをしてくれる。

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