第004話 安寧

「よう、久しぶりだな。少し太ったんじゃないか」

「幸せ太りだ、ほっとけ。つーか十数年振りの挨拶がそれかよ」


—— 十数年振りの挨拶は十年来か、それ以上の気安さで交わされていた。


「今更お前と堅苦しいやり取りなどやってられん、諦めろ。それで、カミさんは?」

「去年、俺を置いて逝っちまったよ。最期までいい笑顔だった」

「そうか…流石、お前の選んだ運命の人なだけある」

「ははっ…そういや、昔はそんなことばっか言ってたなぁ」

「俺に言わせれば、今も大して変ったようには見えんがな」

「うるせぇ。まぁ、立ち話も何だし入ってくれや」


—— お互い歳を重ねたが、そんな変わらぬやり取りが心地よかった。


 ずっと二人で冒険者をやっていくものだと思っていた。

 少しばかり頭は硬いが、頼りになる相棒だった。

 目的地も決めず、行く先々で依頼を受け、その日暮らしのような生活だったが。

 それでも、相棒との冒険と騒いだ日々は最高に楽しかった。


「それで、腕の方は相変わらずか?」

「あぁ、流石に剣は振れんが困るようなことはないさ」



—— 依頼で立ち寄った町で、酔っ払った男達に襲われている女を助けた。

—— 大立ち回りを演じる中、女を狙うナイフの前に、咄嗟に右腕を差し出した。


 間に合いはしたが、それでも噂は付いて回るものだ。

 町に居辛くなった女と、それを助けて利き腕を怪我した男。

 行く当てが無かった女は、感謝と、少しばかりの下心で世話を申し出る。


 ― 下心があったにせよ、感謝も、そして献身も本物だった。

 初めは申し訳なさそうだった男も、惹かれるまでに然程時間は必要なく...。

 そして、いつか男が言っていた町に居を構え、共に暮らすようになった。


 カミさんを貰ってからの生活は幸せだった。

 初めての夜には、俺は世界一幸せな男だと、そう思った。


 残してきた相棒のことは気掛かりだったが、自分より余程しっかりしている。

 それは自分が一番知っているのだ。なら、いつか相棒が来た時の為に酒でも用意しておこう。



—— そうして再会を待ち詫びている間に、町は、街となり、そしてまた一人になっていた。


 喧騒で溢れていた冒険者ギルド、その掲示板は平和な依頼が揺れている。

 新人冒険者が夢を語っていた酒場は、昼メシが評判の食堂になっていた。

 宿屋はいつか見た面影を残す女将と、その娘夫婦が切り盛りしている。


 両手で足りないくらい言っていたのに、あいつと暮らし始めてからは一度も言ってなかったな。大通りを歩きながら、今更になってそんなことに気付いた —— 。


「お前さんが言ってたように、街の皆はもうすっかり魔物のことなんて忘れちまったよ。あの洞窟も、何度か駆け出しのおりで付き合ったが、今じゃそれもなくなった」

「あぁ…来る途中で小耳に挟んだが、ドラゴンが棲んでるから近寄るなって?」

「ハッ、昔どこぞの誰かが酔っ払って言ってたらしいぜ。それがいつの間にか広がってこの有様だ。笑いたきゃ笑ってくれ」


—— 最高のカミさんと、最高の相棒を持った。


「そうだな、まさか別れ話より面白い話が聞けるとは思わなかった。気になるなら明日、街を出る前に見に行ってくるさ」

「なんだよ、またすぐに出発するのか。今夜は付き合ってくれるんだろ?」

「生憎とこっちはまだ現役なんだ、深酒には付き合わんぞ」


—— あの頃に戻ったような、そんな気がした。


「相変わらず頭の硬ぇこった。お前と空けるために良い酒用意して待ってたっつーのによ」

「それは楽しみだ。こっちも良い酒を持ってきたんだ、なら飲み比べといくか」

「おっ、昔より付き合い良くなったじゃねぇの」


—— その夜は、人生で二番目に幸せな夜だった。


——————————

Tips:街

 近くに小さなダンジョンがあるが、いつからか魔物が出なくなっていた。その為、魔物に怯えることの無い町として発展、次第に街となる。代官が変わって以降、横行していた不正も減り治安も良くなったと評判である。

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