第005話 滅亡
—— それは、溜めこんだ魔素を使って一気に肥大化した。
その勢いは全てを呑み込まんと、波濤の如く洞窟を駆け巡る。
それが洞窟を満たすのに、然程の時間は必要なく ——
—— そして、呆気なくそれは解き放たれた。
初めにしたことは魔素の感知だ。
周囲には小さな反応、
そんな中、すぐ目の前には大きな魔素。
戸惑っているのか、呆けているのか…。
ただそれを逃がすまいと、再度肥大化を繰り返し一息に呑み込んだ。
この程度の肥大化で消費する魔素など、最早誤差の様なものである。
なにせ、他に魔物が居なくなるほどに、ずっとダンジョンの魔素を独占していたのだから。
ダンジョン内の魔物が居なくなったのは、魔素が薄くなったのは、そもそもそれが全て余さず吸収していただけのことだ。魔物を生む為の魔素まで含めて、その全てを。
—— ならば、ダンジョンから出てきたそれが吸収するものは?
ダンジョンは周囲の魔素を吸収し、その魔素でダンジョンを維持している。そして魔物を生み、ダンジョン内の魔素はそのおこぼれに過ぎない。魔物はそのおこぼれを吸収している。
—— それなら、ダンジョンから出てしまえば…?
並の魔物では、ダンジョンの魔素吸収力に負けて消えてしまうだろう。
永く生きた龍種ならば、下級ダンジョンを上回るかもしれないが、そうあることではない。
本来ならあっという間に吸収され消えるはずだったただのスライムは、貪欲に魔素を求めた。更なる魔素を求めていた。そして今、ダンジョンに吸収された魔素を奪い返さんと、更なる最適化を行った ——。
—— 結果、そのダンジョンはその機能を失った。
ただのスライムの魔素吸収力が、下級とは言えダンジョンを上回った瞬間だった。
ダンジョンをダンジョンたらしめていた魔素は、余すことなく吸い尽された。
ダンジョンの維持に使うも必要なく、その効率は比べるべくもない。
その肥大化した
—— 一帯の魔素が薄くなり始めた時、それは更なる魔素を求め最適化を進めた。
それにより得たものは、より遠くまで魔素を感知すること。
元々スライムが備えている機能、その効果範囲が広がっただけ。
ただそれだけの能力で、ただ魔素の密集している場所を見つけただけ。
言葉にすれば、本当にそれだけのことなのだ。
—— あとは本能の赴くままに、本能に任せるままに。
最初にそれに気付いたのは、馬車で街道を
押し迫るそれに馬がパニックに陥り、逃げる間もなくそのまま呑み込まれた。
街の外で検査待ちをしていた集団は、それに気付き衛兵を無視して街に押し入ろうとした。
その所為で門を閉められず、雪崩れ込んできたそれに衛兵諸共呑み込まれた。
騒ぎに気付いた冒険者はスライムの弱点を知っていたのだろう。
声を上げ、一斉に炎魔法を撃ちこんできた。
だがそのスライムは、炎に耐性を持っていた。持ってしまっていた。
逆にその魔法に含まれる魔素を吸収し、さらに肥大化を加速する。
その先には
魔法が使えない者は
戦えない者は声を張り上げ、必死に非難を促している。
それは、それらを呑み込んでいく。
手を引きながら大通りを走る親子も。
建物の中で怯えていた家族も。
宿屋の女将を庇った男も。
吠えかかる犬も。
空が赤く染まる頃には街から人が、家畜が、生き物が姿を消していた。
—— そしてまた、魔素の多い場所を見つけては肥大化を繰り返すのだ。
小さなダンジョンを、その中身ごと呑み込んだ。
その次のダンジョンには少し吸われたので、また奪い返した。
ダンジョンを消滅させれば、その分だけ大気に魔素が増える。
魔素の密集している場所を幾度も呑み込んだ。
その度に、最適化と肥大化を繰り返した。何度も、何度でも。
山の中腹に
大きなダンジョンでは、今までに無いほどの炎を受けて
立派な城壁に囲まれた都市があった。
門を閉ざされ進めなかったが、城壁から大量の
—— そうして、呆気無く一つの国が滅んだ。
それはいつになれば満足するのだろうか。
それが満足することはあるのだろうか。
一匹のスライムは、今も魔素を求めていた。
—— 辺境の小さな洞窟の奥で、動くことも出来ないままに。
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Tips:ダンジョンから出た魔物
ダンジョンから出た魔物は通常、構成する魔素をダンジョンに吸収され消滅する。ダンジョンから出てこないのはその為である。だがダンジョンが魔物で満ち、それが一斉に外に出た場合、ダンジョンの吸収能力を上回ることになる。これが俗にいうスタンピードである。
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