第002話 昔日

—— 何か考えるわけでもなく、何が出来るわけでもない。


 ただそこにあるだけの日々だった。


 割れ目から少しだけこぼれ出た液体からだが、ほんの少しの魔素を吸収する。

 その無垢な液体からだは何かに最適化するでもなく、本能に従い魔素を求めた。

 その願いは液体からだを少しだけ大きくし、大きくなった分は穴に収まらずあふれる。


 僅かだが吸収できる魔素も増え、少しずつ、少しずつ ——



—— そしていつしか、ちいさな水たまりが出来ていた。


 が潜む大部屋には、ゴブリンがよく居座っていた。

 冒険者がやって来てゴブリンを倒すと、それにも魔素が流れてきた。


 冒険者の放った炎が水たまりを蒸発させた。

 溜めこんだ魔素が本能に従い最適化を始め、少しだけ炎に強くなった。


 倒れたゴブリンの死体が水たまりの上に落ちてきた。

 死体は魔素の塊だ。分解される前に溶かして全て取り込んだ。


 狼の群れがゴブリンを食らっていた。

 狼に液体からだを少し飲まれたが、ゴブリンの魔素で満足していたので放っておいた。


 老人と狼の群れの戦いがあった。

 初めての衝撃いかずちに、再び魔素が強く反応する。


 しくもその戦いは、両者とも水たまりの上で最期を迎えた。

 に味覚があれば、老人と赤い狼に舌鼓を打ったのだろう。

 勿論、舌も存在しないのだが。


 それにしても運が良かった。


 それは両者の血を、身体を呑み込みこんだ。

 そして大量に消費した魔素を回収出来たことで、本能が満たされていた。



—— 気が付けば、小さな泉が出来ていた。

 

 冒険者が傷を洗い流す為、手に付いた血を洗う為、小さな泉に手を入れた。

 血は宝箱だ。それも、開花していない才能が詰め込まれた宝箱。


 魔素はその宝箱を元に、更なる最適化を行った。

 その為に多量の魔素が消費され、液体からだが大きくなる速度は緩やかになった。


 男が炎に焼かれながら液体からだの上を転げ回った。

 その炎は激しく燃え上がり、魔素が一気に消費されてしまった。


 だがにとっては些末事。何も考えないし、何も出来ない。


—— ただそこにあるだけの、代わり映えの無い日々の一幕ひとまくだった。


——————————

Tips:餓狼(赤)

 炎への耐性と炎のような体毛を持つ狼の魔物。それに至ったのは、元々の魔素許容量の大きさに加え、あるスライムを口にしたことが原因。そのスライムは炎への耐性を持ち、液体からだは大量の魔素で満ちていた。イレギュラーにイレギュラーを重ねた特異個体ユニーク

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