第二章 - 訪れるモノ達

第001話 群狼

—— 迷い込んだのか、それとも逃げ込んできたのか。


 それは灰狼の群れだった。

 もっとも、群れと言うにはいささか数が少なかったが。


 大きな狼が三匹、それに小さい狼が一匹。

 痩せ細り、よく見ると傷も負っている。


 おさおぼしい一際ひときわ大きな狼は、群れを確認するように見渡し、そして何かを探すように入口へ視線をやるが、望んだものが見つけられなかったのだろう。目を逸らすようにそっと顔をそむける。


—— その様子を見るに、縄張りを追われて来たのだろう。


 身体を休める時間を欲したのか、後に続くモノを期待したのか。あるいはその両方か。

 しばらくは入口付近で警戒していたが、ここでは安心できないと思ったのか…やがて子狼を守るように囲みながら、洞窟の奥へと向かって行った。


 痩せていても、傷を負っていても、おさとしての責を果たそうとしているのだろう。ゴブリンに遭遇した時には、果敢にその首へ喰らい付き離さない。その隙に他の狼も手足へ噛み付き、ゴブリンはその連携の前に呆気無い最期を遂げる。それは紛れもなく狩りだった。


 そして、狩られた獲物の未来など決まっている。


 狼達はを食らった。その臭いに顔を顰めながら、それでも空腹には勝てなかった。食わねば ―― 、生き延びねば —— 。そう告げる本能に従い、それを食らった。


 その次も、その次も、その次も ———。


 ゴブリンを見つけるたびに喰らい付く。時にこん棒で殴られながら、時にナイフで右目を切りつけられながらも…それでも生きる為、必死に喰らい付いた。必死に食らい付いた。


 そうして大部屋にいたゴブリンを殲滅し、部屋の隅にあった水たまりで喉の渇きを癒した時、彼らの姿は変容した。


 身体は一回り大きくなり、四肢は太く、爪や牙は鋭さを増していた。おさに至っては二回り以上大きく、傷付いた身体や右目も癒えていた。そして何よりも目を引くのは、赤とオレンジに染まった全身の毛の揺らめき。それはまるで、燃え盛る炎のように美しかった。


—— 魔物化


 ただの狼だった。それがダンジョンに迷い込み、魔素を吸収した。ゴブリンを倒し、その魔素も取り込んだ。本来なら魔素となりダンジョンに吸収されるはずの死体も、残さず食らった。


 彼らのような例外を除き、ダンジョンの魔物は魔素により発生、生み出されたものだ。その全身は正真正銘、余すことなく魔素の塊だ。本能に任せて食らい取り込んだ過剰な魔素が、彼らを魔物へと至らしめた。


 そうなると、この洞窟で彼らにまさるものは居なくなった。元々、圧倒とは言えずともゴブリンを狩っていたのだ、それが魔物化したのだから当然だろう。


 群れ総出で掛かる必要も無くなり、二匹ずつ交互にゴブリンを狩りに出る。魔物化した子狼もしっかりその役目を果たしてた。臭いを頼りに、再出現リポップした端から襲い掛かる。外にいた頃よりも狩りの効率は上がった。


 だが、どれだけ食らっても彼らが満たされることはなかった。


 喰らうこと ― 。食らうこと ―― 。に最適化した彼らは、喰らい続けるためのスタミナを。そして食らい続けるために、決して満たされることのない飢餓をその身に宿した。


—— 本能に急かされるように、ひたすら狩り続けた。

—— 飢餓に急かされるように、ひたすら食らい続けた。

—— そうやって、その身に魔素を蓄えた続けた。


 このままいけば、再び外に出られるかも知れない ― 。

 前よりも広い縄張りを支配できるかもしれない ―― 。

 事実、あと数日もあればそれに見合う力を身に着けていた。


―― そんな時にそれが現れたのは、ひとえに運が悪かった。


——————————

Tips:灰狼

 通常七~十二匹程度の群れで縄張りを作り生活する。狩りの時はおさを筆頭に、群れの雄が連携して獲物を捕らえるが、子育てを終えた雌も逃げ道を塞ぐなどして参加する。成長した子狼は群れを離れ、新たな群れを形成していく。

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