第003話 死闘

「それにしても調査依頼って、どこまで行けば良いんだ?」

「あんた、それでよく冒険者になろうって思ったわね…って言うか、依頼受けた時にも説明受けたじゃない...」


 少女のジト目に怯む剣士の少年。返す言葉もないとはこの事だろう。


—— ここは片田舎の、滅多に人の来ない寂れたダンジョンだが、しかし完全に放置するわけにもいかない。ダンジョンから魔物が溢れないよう、ギルドが定期的に調査依頼を出してた。それを今回、念願の冒険者デビューを果たした彼らが受注して今に至る。


「調査って言っても、間引きも兼ねてるからな。洞窟のどの辺りまで進んだか、それに倒した数と魔石の数。あとは過去のデータと比較して、って話だ」

「今のところ、倒した数が十六に魔石が四個だね。もう少し進めば大部屋があるはずだから、そこまで行けば調査としては十分だと思う」

「それに帰り道の再出現リポップ次第ね。魔素が濃くなってるほど早いって言ってたし」

「数に関してはちゃんとメモしてるから安心してよ」


 三人の会話に、流石に気まずそうな顔の少年。そんな少年の心中しんちゅうを置き去りにしながら、四人は大部屋の手前に辿り着いた。


「何も居なかったらもう少し奥まで見に行きたかったんだけど、そう上手くはいかないよね」


 入口から中の様子をうかがうと、三匹のゴブリンの姿があった。


「手前がこん棒とナイフ、奥の奴は短剣か?俺が右のこん棒をやる、ナイフは任せるぞ。奥の短剣は魔法で、届くか?」

「多分この距離だと威力が…それでも幾らかの時間は稼げると思う」

「なら、燃やして混乱してる隙に俺らが突っ込む。奥の奴は早い者勝ちってことで」

「じゃあ魔法の準備が出来たらやってくれ、それに合わせる。なに、俺様がいるんだ。安心して思いっきりいけ」

「頼りないと思うけど、僕も警戒しておくからね」


 お互いに顔を見回して大きく一息、そして各々おのおのが武器を構え一拍いっぱく…入れた瞬間 ——


「燃えろッッッ!!!」


 その裂帛れっぱくにゴブリンの視線は引き寄せられるが、次の瞬間には背後から同族の悲鳴、その声に振り向けば炎を纏い踊るその姿に視線と思考を奪われる。


 そうなればどうしようもない。例えそれが新人冒険者であろうと、一般人とは覚悟も練度も違う。そうであるが故に"冒険者"なのだから。


 そこからは一瞬だった ——


 一息で間合いを詰め、二息目には剣で素っ首そっくびを刎ね飛ばし、そのまま奥に駆け出す。視界の端に、斧をその頭蓋に叩き込まれひしゃげたゴブリンと、少し遅れて駆け出す仲間の姿を確認しながら ——


「早い者勝ち、お前は俺の獲物だぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 気合と共に、不器用な踊りごと袈裟に斬り捨てる ――

「やってやった」 ―― そう言いたげな獰猛な笑顔は、次の瞬間凍り付いた。 



「なん ―― ッ!?」


 三匹目のゴブリンのさらに奥。

 鈍い光を放つ錫杖を少年に向け、呪文のようなものを唱えながらは立っていた。


—— 誰も気付いていなかった。見えていなかった。

—— 三匹のゴブリンと言う壁。炎と言う目眩めくらまし。

—— 幾つかの言い訳が脳裏に浮かぶ。信じたくはなかった。


「マジかよ…ッ」


 しかし、から向けられる殺気は紛れもなく本物で…その殺気を前に、どうしようもない隙を晒していた。


 その殺気は…殺意は、炎と言う形を成し、少年の命を呑み込まんと ——



「ボサッとしてんじゃねぇ!!」


 背に庇われた、そう理解する前に響く爆発音と視界を舐めるような赤。そして庇われたことを理解すると同時に、殺意はまだそこに立っていることを思い出す。


「二人とも大丈夫っ!?」

「神よ、その御業での者の傷を癒したまえ!」


 後方から駆け寄る二人にその場を任せ殺意に向かって飛び出すが、殺意は再び赤く染まり始めていた。


 —— それを幸運と言うのは少年に失礼だろう。三匹のゴブリンを倒したことで少年の最適化が進み、僅かばかりの腕力、そして敏捷性が強化されていた。


 新人冒険者の、それも初めての探索だ。強化などたかが知れている。だがそれはその瞬間、確かに少年の命を救っていた。


 殺意が完全な形を成すまでに距離を詰め、剣を振り上げ ――———

————— 相対する殺意は未完成の赤をつけるように押し出した。


「俺が守ってやるって言ったんだ ―― 。それに戦いでくらい役に立たねぇと、胸張ってアイツらと居られねぇだろうが ―― ッ!!」


 それはとっさに構えた盾に小さくない衝撃を与えると同時に、少年の視界を赤く染める上げる。体勢を崩し、視界も儘成ままならぬまま振り下ろしたその剣は ――


「外したッ!?」


 —— 地面を砕き、穴を穿った。


 右か、左か、それとも前か...


「右に全力ッ!!」

「 ——— ッ!!」


 戻らぬ視界に逡巡する思考。それを届いた声が掻き消した。脳が理解する前に動いていた。


 声に従い遮二無二しゃにむに振るったその剣は、足元の地面を砕かれ体勢を崩していた殺意を今度こそ捉えていた。


—— 助かった。そう気付いたのは、逆さまのと目が合った時。


「っはぁぁぁ、死ぬかと思った...」


—— そうこぼしながら座り込んだ少年の前には、半ばで断ち切られた錫杖。そして、一際ひときわ大きな魔石が輝いていた。


——————————

Tips:ゴブリンメイジ

 冒険者や他のゴブリンメイジの魔法を見たゴブリンが、魔素により最適化した魔物。大抵の場合は見たことのある魔法が発現する為、同じ群れのゴブリンメイジが使う魔法は同じであることが多い。他のゴブリンに比べ知能が高い。

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