第19話
まぁ、エリックに連れて来てもらった社交界でしか会えなかったのだろうけれど。語るに落ちている。
「……平民が伯爵家を乗っ取るような真似をした上に、王城で騒ぐなどもってのほか。捕らえよ!」
顔を真っ赤にした国王陛下は、怒りを隠しきれない……というか、隠す気がない程に声を荒げ叫んだ。
「嫌よ!」
「そんな!」
問答無用で兵達に取り押さえられ、引きずられるように連れていかれる二人は、まだ何やら叫んでいる。
周囲の貴族達はバツが悪そうに……あるいは、愕然とした表情で、事の成り行きを眺めていた。
「……マーガレット……」
この場で取り押さえられなかったエリックだけがいち早く正気に戻ったのか、私の方へ縋るような視線を投げかけ、語り掛けて来た。しかし、それを許さないのは王太子殿下だ。
「君は何を聞いていたんだ? 王太子の婚約者を二度も呼び捨てにするなんて」
エリックはビクリと身体を揺らしたけれど、何故か視線をキッと王太子へ睨みつけるかのように投げかけた後、私へとまた視線を戻した。
「すまなかった。僕は騙されていたんだ。どうせ政略的なもので断れなかったのだろう? 僕たちは愛し合っていただろう?」
「いえ全然」
どこか空想の世界へと旅立ったのか。変な妄想にとらわれたのか、ありえない事を言い出したエリックに対して、思わず素のまま答えてしまった。王太子殿下やお父様は少し肩を震わせているのは、笑いを堪えているのだろう。
「地味で魔法馬鹿で愛想のない可愛くない女と満足にお茶もしていないではないですか。……化粧っ気がないのは、買ってもらえなかった上に使用人達が準備しなかったからですけれど。性格的な面に関しては、どうしようもありませんので」
淀みなくサラリと放った私の言葉に、エリックは顔を真っ青に染め上げて言葉を無くした。
「それでいてシェリーを選ばれたのですから……お互いの性格が合ったのでしょう」
「違っ……!」
少し嫌味を含めて言えば、エリックは反射的に否定しようとしたけれど、続きの言い訳が考えつかないのか、中途半端に口を閉ざした。
「魔法馬鹿とは……ティルトン伯爵家を侮辱しているのかね」
「国の攻防を担ってくれている一族に何という事を」
そして、私の言葉に対し、怒りを隠しきれないのはお父様と国王陛下だ。確かに魔法を得意とする一族で、重要な役割を担っているとも言える。それでも私は魔法馬鹿と言われるのが当たり前すぎて何とも思わなかったけれど……こんなに怒る程の侮辱なのかと、頭の片隅で思ってしまった。
確かに、初めて言われた時は胸に痛みを覚えて居たような気もするけれど。
「地味……? こんなに愛らしいマーガレットを……?」
更には王太子殿下の地雷まで踏み抜いたのだろう。殺気が陽炎のように、ゆらりと揺れているようだ。
「こんな可愛く愛らしいマーガレットを!? ティルトン伯爵の名に違わず、魔法の力は最高級で賢者と行動を共に出来る程だ! 虐げられても屈する事ない崇高な精神や負けずと戦う行動力のどこが地味だ!」
必死に生きて来ただけです。と声には出さない。
周囲に居た貴族達が目を見張り、中には感嘆の声を上げる者も居た。……今の生活をどうするかだけを考えて、今を必死に生きて来ただけだから、将来の事や自分の事を考えていたわけではないので、感心される事ではないのだけれど。
……どうもむずがゆい。
「柔らかく、美しい艶のある毛! 柔らかく美しい、しなやかな体躯! つぶらで純粋な大きい瞳に、温かく抱きしめれば腕に収まる可愛らしさ!」
きゃぁあああ!
何か色々間違っています!否、間違っていないのかもしれないけれど、違う!それ、猫!猫の姿!
「お前は一体マーガレットの何を見ていたというのだ!」
人の姿です~~~~~~!!!!!
エリックは一度、私の姿を見た後に小さく首を傾げたが、王太子殿下に睨まれて、膝から崩れ落ちた。きっと何を言ったとしても無駄だと思ったのだろう。どう聞いても王太子殿下は私を溺愛しているとしか思えない。
うん、確かに溺愛されてた。猫として。
私が猫の姿で王太子殿下の側に居たという事を知らない貴族達は、顔を赤らめたり、呆気に取られた表情をしたりと様々だ。
ある意味で夜を想像しても、おかしくはない言い回しだったもの。
「相思相愛だなぁ」
微笑ましく宣言した国王陛下とは違い、お父様は怒りで顔を真っ赤に染め上げていたけれど。……後で猫へ変化していた事、ちゃんと説明しておこう。
ティルトン伯爵家に入った後妻と連れ子の醜聞。そしてエリックの無教養さが露呈された。
けれど、王太子殿下が婚約者を甘々に溺愛しているという事が貴族達に知れ渡り、空気は穏やかなものに変わろうとしていた。
その時、貴族達が道を開けるように割れた。
そこから現れたのは、コルダ侯爵当主。エリックの父親だ。この時になって、やっと姿を見せたという事だ。
「……既に切り捨てるつもりでいたな」
ポツリと王太子殿下が零した言葉に、私も頷いた。
多分、教育をし直そうとはしていたのだろう。当主が決めた婚約を自分達で破棄するという愚かさ。コルダ侯爵が首を縦に振る事がなかったという事実が全てを物語っている。
「失礼を致しました。まだ、こやつは我が愚息。我が家で相応の処分を致します」
「父上!?」
コルダ侯爵は、国王陛下やお父様だけでなく、王太子殿下と私まで全ての視界に入る位置へ来ると、深く頭を下げた。
その姿や表情には、息子を切り捨てるという覚悟が見て取れた。……私には、まだ子どもがいないけれど……どれだけの決断なのだろうかと思える。しかし、私達は貴族である。一度の間違いが取返しのつかない事になるのは、権力を持っている者達が理解していないといけない。
罪には相応の罰を。
「来い」
「……」
コルダ侯爵が敵と認めた相手に見せるだろう、威圧を込めた声と表情に、エリックは言葉を失った。親子だからこそ見たことのない姿だったのだろう。
二人は割れていく人の波の間を通り、会場から出て行った。
「さぁ、改めよう」
何とも言えない空気となっていたが、国王陛下が一声かければ、皆それに倣って気持ちを切り替えた。
私がマーガレット・ティルトンであるという初のお披露目でもあり、皆はお祝いの言葉だけでなく、自己紹介と挨拶も述べてくれた。……中には、何とも言えない顔をしている人達も居たけれど。
長年続いた、義母やシェリーによるティルトン伯爵家の乗っ取りとも言える行為だったわけで、お父様に怒る権利はないのだけれど、どこか怒りを我慢しているようにも見えた。
お父様も社交界は久々だというのに。口元は笑っていても、目が笑っていない。……王太子殿下も一部の貴族達には同じ表情をしていたので、言わずもがな、この人達が私の噂を信じていたのだと分かる。……もしくは一緒になって広めていたか。
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