第18話

「お義父様!」

「養子縁組もしていない居候が馴れ馴れしい。今はもう追い出された身分だ。旦那様と呼ぶ資格もないぞ」

「あなた!」

「離縁の手続きは済んでいる。平民風情が馴れ馴れしい。この場に居る事すら場違いだと恥を知れ」


 シェリーと元義母の声に、お父様は強い殺気を含めるも、貴族らしく静かに無表情を貫いて答える。

 そして、ティルトン伯爵当主自らの言葉に、周囲の貴族達はより一層ざわめいた。


「この恩知らず! 再婚してあげて、邸に居ない貴方の為に家を守り、貴方の娘を育て上げた私に、その態度は何!?」


 怒りで顔を真っ赤にした元義母が喚くも……その声にお父様の殺気が更に膨れ上がった。


「自分達が贅沢をし、マーガレットには何も与えず、食事すらまともに取らせない。挙句にボロ小屋に押し込めて社交界にも出させないのは、育て上げたと言うのか?」

「そ……れは! 躾で!」

「正当な次期当主に対し、命の危機が及ぶ育て方をするとは言語道断!」


 お父様の声に周囲の貴族達が口に手を当て、目を見開き、その身を震えさせた。




 義妹を虐め、ろくに貴族の務めを果たさない、ただの引きこもり的な悪役令嬢という、謂れのない噂。その裏でまさかこんな事が起こっていたなんて……といった所だろう。自分の娘を静かに抱きしめる親も居た。

 ……確かに、私は魔法を使えなければ……そして、師匠と出会わなければ、死んでいた可能性は高い。私だからこそ今まで生きてこれたのだろう。これが他の貴族令嬢であれば……邸を抜け出す事も出来ず、自分でお金を稼ぐ事も出来ず、ただ寒さに凍え飢え死にしていくだけだ。


「どういう事ですか……」


 エリックが震えながら、声を絞り出すように訊ねてきた。

 ……自分で考える事や、調べる事すらしなかった愚か者としか言いようがない。こんな醜聞になる者を会場に引き入れたのもエリックなのだから。


「疑問に思わなかったのか? だから調べもしなかったのか? それは自分が無能であるという事を公言しているだけだと理解しているか?」


 今度は、王太子殿下が冷たい声でエリックを責めた。ポツリと、あんな愛らしいイルの、元とはいえ婚約者なんて許しがたいと言っていたのはスルーしよう。……まぁそれだけ近くに居たけれど、気が付かなかったという点も含めて怒りが湧くのは分かる。


「マーガレット嬢は社交界にも出してもらえず。そして社交界で率先して話していたのは、この二人だ。居候とは言わず、後妻と養女になった、とな。ティルトン伯爵からの言葉もなく、裏取りすらせず、そんな二人の言葉を信じた奴等が噂を流したところまでは調べているよ……無能な貴族は国の衰退を招くからね」


 ギクリと、肩を上下させた人達が何人もいた。……身に覚えがあるのだろう。もう国の中枢に関わる仕事へ就く事はできないし、下手すれば一族もろとも王城への出入りがすら厳しく制限されるだろう。まぁ、見る限り下位貴族の人達ばかりのようだけれど。


「積極的に噂を流したりしていない人は大目に見よう。あれだけ噂が広まっていれば、様子見していた人達も居るだろう」


 王太子殿下の情けとも言える言葉に、ホッと肩を下ろしたのは高位貴族達だ。……そこまで教育に差があるという事なのだろう。それでもまとめて貴族という地位になるわけだから、色々と人間の決まり事は面倒なのかもしれない。


「ま……まぁ良いわ。私には侯爵家のエリックが居るし」


 顔を真っ青にして言葉を無くし、その場に呆然と立っている元義母とは違い、シェリーは開き直ったかのようにエリックの腕に手を絡めようとした時、その手は振り払われた。


「冗談じゃない!」

「……エリック?」


 怒りの形相に顔を歪めたエリックに、シェリーはポカンとした。


「僕は次男だぞ!? 家は兄が継ぐから、僕はティルトン伯爵家へ婿養子として入る筈だったんだ!」

「え…………あっ!」


 シェリーは呆気に取られた後、言葉の意味に気が付いたのか、顔を真っ青にした。


「僕に継ぐ爵位はない! シェリーがマーガレットに価値はなく、ティルトン伯爵は自分の味方だと言ったんじゃないか! 騙したな!」

「騙したって人聞きの悪い! エリックだってお義姉様みたいな地味女は嫌だって言っていたじゃない! 喜んで乗り換えたくせに!」

「生きる為だ! 政略結婚にせよ、爵位の有無は大事だろう!」

「あんただって! 爵位がなければ用なしよ!」


 とんだ醜聞である。

 確かに爵位の有無……というより、生きていくにはお金がかかる。貴族として生まれ、教育を受けたのであれば、国に対して働き、民へと還元する。それを継ぐ爵位がないから平民になりますでは、今まで生きる為に民達の税金を使っておいて、無責任な事だ。


「生活に爵位の関係もあるし、次男だからこそ婿養子として必要としていたのだがな……」


 お父様の声にビクリと身を震わせた二人は、今まで大声で罵りあっていたのが嘘のように、静かになった。


「申し訳ありません! ティルトン伯爵!」

「あなた! 助けてよ! 私達はどうすれば良いの!?」

「お義父様! 私はお義姉様と違って社交界にも足しげく通っていたし、娘として十分役に立てるわ!」


 厚顔無恥とは、この事か。

 自分達が何をしたのか理解していないのか。していたとしても、自分の事しか考えられていないのか……。

 私も何か言った方が良いのだろうか……言ったところで逆上させるだけな気もするけれど……。見ているだけ、聞いているだけで良いものかどうか悩んでいれば、王太子殿下が再度ギュッと私の腰を強く掴んだ。


「騒々しい!」


 まさに、一喝。

 そうとしか思えない、威圧を込めた力強い、存在感のある声。まさに条件反射とも言えるように貴族達は頭を垂れた為、私もそれに倣って頭を下げた。


 ――国王陛下。


 顔を見た事もなければ、声を聞いた事もないけれど、存在感や皆の態度から察する事が出来る。


「楽にしてくれ」


 国王陛下は一言、どうでも良さそうに放つと、騒動の中心に居た人物達へと睨みつけるかのように目を向けた。


「息子の婚約発表の場を平民がぶち壊しおって……っ!」


 ……意外に父親をしているのかもしれない。

 国王陛下と言えば、家族の情など無関係にも思えたが、人の親という事か。

 何か既に全てが他人事のようで、私は冷静に周囲を分析して判断出来ているようだ。

 ……それとも混乱しすぎて、頭が考えるのを止めたか。国王陛下の前だと言うのに、意外と緊張したり震えていないのは、色々と麻痺している気しかしない。


「兵よ! その平民二人を取り押さえろ! こんな場所で騒ぐなど身の程をしれ!」

「私達はティルトン伯爵の者です!」

「コルダ侯爵の者とも縁があります!」


 都合の悪い事は忘れるのか、一体どんな脳内なのかと疑問に思えるが、理解できるわけがないだろうな。醜いにも程があると思える。


「お前なんかと婚約なぞするか! 破棄だ破棄!!」

「なんですって!?」

「離縁されている身でティルトン伯爵家を名乗るな」

「あなた!!」


 どんどんと恥の上塗りを……というか、貴族の名を騙るなんて犯罪ではないのだろうか。……犯罪の上塗り……。場所が場所だけに言い逃れも出来ない。

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