第17話
婚約発表の為に開かれた舞踏会。
人間として貴族の行事に参加するのは初めてだ。朝から磨かれ、王太子殿下の白と青の色をした重い衣装を身にまとう。
……こんな事を毎回しなくてはいけないのかと、うんざり思ったのが分かったのだろう、王太子殿下が首を傾げた。
「何なら、抱きかかえていくけど」
「人としての扱いでお願いします」
以前、猫として参加した時を思い出す。多分、猫としての私に言っているのだろう。いや、絶対そうだ!
残念そうな王太子殿下の腕に手を添えれば、いつもと変わらぬ優しい笑み。だけれど、口元が嬉しそうに綻んでいるのを見れば、私も嬉しさを感じ、胸も熱くなる。
「ショーン・マーティン王太子殿下、並びに御婚約者のマーガレット・ティルトン伯爵令嬢」
名を呼ばれ、王太子殿下と共に入場する……けれど、妙に視線が痛々しいと思えた。
……社交界に出た事がないから?
デビューより先に婚約発表の場だから?
「前を見て」
思わず俯きそうになった私へ、小さい声ながらも、強く芯のこもった声で王太子殿下が放った。しっかりと私の腰を掴む王太子殿下の腕は、胸に抱かれた時と同じように、私へ安心感をもたらしてくれる。
「あの娘が……ほら」
「ティルトン伯爵家のご長女?」
「初めて見たわ……貴族を何だと思っているのかしら」
「件の悪役令嬢……とはね」
影からコソコソと放たれる言葉。だけれど、しっかりとこちらの耳には届く。
「王太子殿下、ご機嫌麗しゅう!」
「私と一曲いかがですか?」
「あら? でしたら私とも……」
陰口を叩くだけでは飽き足らず、図々しくも踊りに誘う令嬢達まで現れる。
えーっと。
これは私に対する挑戦状的なもので良いのかしら。貴族同士の戦いは口撃だけれど、残念ながら私は魔法による攻撃しか出来ない。
クスクスと馬鹿にしたような微笑みを向ける貴族令嬢達に、一部の人間は陰険で陰湿で嫌になるとさえ思える。シェリーと同じような人間は一定数いるという事だ。
「婚約者が居るというのに……?」
威圧を込めた王太子殿下の声に、令嬢達はビクリと身を竦めた。
いつもにこやかに微笑む王太子殿下の目はきつく、一切微笑みを放っていない。
「でも……」
「だって……ねぇ?」
目の前に居た令嬢達は元気をなくしたものの、言葉を選びながら、チラチラと目線を私へと送りながら、察しろと言わんばかりだ。
「王太子殿下が騙されているだけです!」
そんな中、一際大きな声を放ち、コツコツとヒールの音を鳴らしながら向かってきたのは……シェリー。その横にはお義母様と、エリック公爵令息まで居た。
そういえばお父様は、この二人を追い出すとか言っていなかったか。
唐突な王命での婚約から、淑女教育の見直し、そして婚約発表。怒涛のように過ぎていった毎日の中で、二人がどうなったのかなんて気にもとめていなかった事に気が付く。
チラリと王太子殿下を横目で見れば、静かな怒りを携えているのが分かる。
「……その二人は招待した覚えがないのだけれど」
王太子殿下の言葉に、二人はやはり追い出されていたのだろうと思った。でなければ、婚約者の義母と連れ子だ。少なくとも義母に関しては招待状を送っていてもおかしくない。
「何故です? マーガレットの義母と義妹ですよ」
「王太子の婚約者を名前で呼び捨てか?」
「申し訳ございません!」
エリックの言葉に王太子殿下が睨みつけて厳しい言葉をかければ、エリックは頭を下げて謝罪をした。
というか、二人はエリックに連れられてやってきたのか?シェリーに至ってはパートナーといった所だろうか。
「私を虐めるお義姉様が! 悪役令嬢と言われているお義姉様が次期王太子妃だなんて、皆さまが納得いきませんよ!」
「しかも私まで!離婚させて追い出させるなんて、あなた何を言ったの!?」
「……え? 花嫁修業でうちに来たのではないのか?」
あ、うん。やはり追い出されたのか。そしてエリックの所に逃げ込んだのか……。図々しいというか、たくましいというか……平民でもやっていけるよ?と、思わず思ってしまった。それを言うなら私も十分たくましいのだと思うけれど。
「それに、家を出ていたなんて……マーガレットは、何があったか分からない傷物令嬢ではないですか。とんだ醜聞ですよ。それなら、まだシェリーの方がよろしいかと」
「そうですよ! お義姉様と違って、私は社交界にもよく出ていましたから!」
――なんて事を。
エリックは二人が言った言葉の意味を脳が理解できないのか、ポカンと口を開けて呆然としている。王太子殿下に至っては静かな怒りが更に拍車かかっているようだ。
だけれど、そんな雰囲気を理解しているのは高位貴族だけで、理解した人達は侮蔑の視線を投げかけている。理解していない下位貴族と思われる人達は頷いて、興味深そうに瞳を輝かせてこちらを見ているのだけれどね……。
これが教育の差というものなのか。
「王族に名を連ねる事が出来るのは伯爵家以上だ。平民なんてもってのほかだ」
「え?」
「!」
「は!?」
三者三様の反応。シェリーはポカンとして、義母は気が付いたように顔を真っ青に染め上げ、エリックは驚きの声を上げた。
「連れ子を抱えた未亡人が帰る家もなく、平民に落ちるのを哀れに思ったティルトン伯爵が、後妻に迎えたのは知っているよ。……流石に国王陛下に伺いくらいたてるだろう。国の防衛を担う伯爵家なのだから」
王太子殿下の、冷たい目線と低い声。
義母とシェリーはビクリと身を震わせ、目を輝かせていた下位貴族達は唖然としている。
「だから再婚はしても、連れ子を養子縁組させず、居候としたのも勿論知っているよ。爵位の問題もあるのだからね」
「え!? 居候!?」
初めて知ったとばかりにエリックが叫び、シェリーの顔を見た。
まぁ、私も最近お父様に聞くまで知らなかった事だけれど……。というか、五歳の時だ。説明されたかもしれないけれど、理解しきれなかったのかもしれない。義母やシェリーだけでなく、使用人達の態度も酷かったから余計に勘違いを増幅させたのもあるだろう。
「そんな筈ないわ! だって私はお義姉様より優秀だし、お父様だって認めて下さった筈よ! お義姉様が何かしたに決まっているわ!」
「私の連れ子と言っても、きちんと旦那様が引き取ったのだから、責任くらい果たすのが貴族の務めでしょう!」
「認めてもいないし、日々の生活に苦労させないだけの責任は果たしたが? というより、それ以上の浪費をしまくっていたようだな」
まだも喚きたてる義母……元義母か。と、シェリーに対し、威圧感と怒気を含んだ静かな低い声が辺りに響いた。
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