第16話
「幸せにすると決まっているだろう! いや、むしろイルと一緒に居られるならば俺が幸せにしてもらってるのか……?」
何かもう、情報が多すぎて頭が混乱している。お父様も同じような感じだけれど、とりあえず今は王太子殿下を目の敵にしているだけのようだ。……何故?私の事を大事に思っていて下さったの?
「イルは賢者と共に行動する程、勇ましく優秀だ! 作られた魔法具は他と一線を画す! ティルトン伯爵家と言われ納得もしたが、努力なくしてあそこまでなれないだろう。そして俺の呪いを解呪してくれるなど、優しさも伺える。それに何より! ふわふわした愛らしい毛並み! ぷにぷにの肉球! そんな状態でも繰り出される細かい魔法技術! 丸まって寝る姿は、もはや天使! 腕の中にすっぽり収まって大人しくしているのも可愛らしく、俺の膝でくつろいでいる姿なんて女神かとさえ思える!」
おかしい。
後半部分おかしい。
しかもベタ褒めしているのが猫の事って、どういう事ですか。猫に対して、そんな歯が浮く言葉を淀みなく言えるなんて、流石猫馬鹿。
「え? ……肉球……?」
私への愛を語っている筈なのに、どういう事だと、お父様は完全に思考回路が止まっている。帰ってきてからの情報が多すぎて、まとまりつかないのだろう。疑問符で埋め尽くされた思考は、既に働く事を放棄していた。
「それに、もう同衾もした事だし、俺としても責任を取らないとね」
「ど……どどど……同衾~~~~!!???」
……あ。
あ、あ、あ、ああぁあああ~~~~!!!
言われて気が付いた。いつも猫として添い寝していた事に。でもあれ、同衾という程!?責任問題を伴うものなの!?
「あれは同衾に入りません!」
「一緒のベッドで寝たのに?」
「したんですか!?同衾!」
「あれは別です!」
「同じだと思うけどなぁ~」
「同衾したの!?」
私と王太子殿下の声に対し、お父様が突っ込みの如く声を入れてくる。お父様は大慌てと言った状態だったけれど、どんな形であれ同衾した事が事実であると思ったのか、肩を落として頭を抑えた。
そもそも貴族令嬢を止めたつもりでいたのだ。……まぁ、そのつもりだったのは私だけのようで、お父様的には私を娘と認めているような発言をしていた。つまり、見事に責任問題が付きまとうというわけだ。
同衾した所で何もしていないのは王太子殿下がよく理解している。そもそも猫だしね!?
だから純潔を重要視する王族との婚約も問題がないわけで……いや、問題としては現状の混乱した頭が問題だ。
「……どこから養子を貰ってこようかなぁ……」
「お父様!?」
呆れたようなお父様の声に、思わず私が叫んだ。
いや、養子って……あ、シェリーに継がせないのならば、そうなるの……か?そうなるか。
「王命なのだから……」
どこか諦めたようなお父様は、家督責任かぁ……とまで呟いている。
うん、実際居候なのであれば、その人達に実娘が散々蔑ろにされていて、こんな事態に陥っているわけだ。しかも私は教育だって最低限で……実践は乏しい。いや無理でしょ!王太子妃とか無理でしょ!王命って何!?
「子どもが二人以上生まれれば良いのですよ」
「!」
「まだ嫁に出しておりません!」
サラリと爆弾発言を落とした王太子殿下の言葉で、私は身体中の血液が顔に集まったんじゃないかと思えた。お父様は睨みつけるかのように噛みついたけれど……。
「子猫……可愛いだろうなぁ」
「「猫!?」」
私は人間です。と言いたいけれど、王太子殿下は見事に混在させているのではないか。愛を語るかのような言葉は全て猫に向けられていたものだし。
……ただ猫と結婚したいだけ……?それ、人としてどうなの?
疑うような眼差しを王太子殿下に向ければ、それに気が付いたのか、私に対して微笑みを返してきた。
「イルはとても優秀で、王太子妃としても申し分ないよ」
あ、うん……調べていましたもんね。言っていましたもんね。
「それに……虚ろな意識でもしっかり覚えているよ。イルが必死になって、限界まで回復魔法をかけてくれた事を。猫の姿を保てなくなるくらいに」
……あ。
倒れる寸前に見たサファイアのような青は王太子殿下の瞳か。と、すぐ理解できた。じゃあ、あの暖かな温もりは……。
そこまで考えて、更に赤面した。もうシーツで顔を隠したいけれど、流石にシーツを手繰り寄せては失礼だろうと、手で顔を覆うのが精いっぱいだ。
そんな私を王太子殿下は愛おしそうに眺めてくる。
その瞳は、いつも猫で居る時に見ていたもので……王太子殿下の変わらない姿に安堵する。
――この人は変わらない。
「王太子妃教育は問題ないし、イルを愛している。他に問題ありますか?」
「王命ではなく。娘の意思を確認したい」
お父様の言葉に感動する。王命と言えば、絶対に従わなくてはいけないもので、そこに個人や家の意思などない。だけれど……お父様は私の意思を確認してくれると言う。
――実は大事に思われていたのか。
こんな重大な事を、どうでも良い娘の為に言わないだろう。しかも王太子殿下の前で。
私は気が付けなかった、気が付かなかっただけなのだろう。
王太子殿下の方へ視線を向ければ、そこにはいつもと変わらぬ微笑み。私は分かった……分かってしまっていたのだ。王太子殿下の温かさに、自分の気持ちが向いている事を。
「謹んで……お受けさせていただき…………たいです」
「イル!!」
形式ばった言葉ではなく、私が少しでも自ら望んでいる事を伝えたかったのだけれど、たどたどしくなってしまった。けれど、私の意図をしっかり汲んだのだろう王太子殿下は私へ抱き着き、咳払いしたお父様が、嫁入りまでは最低限の触れ合いしか許さないと釘を刺していた。
「さて……重要な仕事をしてきますので、私はこれで……」
「あぁ、一切手を抜くなよ」
一転して厳しい表情となったお父様は、同じく厳しい表情となった王太子殿下と顔を見合わせて、部屋を出て行った。
そして私は淑女教育の見直しとなったのだけれど、見事合格点が貰え、そのまま王太子妃教育に移行する事となった。国王陛下自体も魔法が得意で、国の攻撃と防衛を司る事の出来る、ティルトン伯爵家を王家に取り込めるとの事で大分乗り気だそうだ。
……そりゃ王命を放つ位だものね。王太子殿下の暴走だけではなかったのか。
「イル、一週間後に婚約発表の舞踏会を行うからね。まぁ準備は前からしていたけれど」
「……」
いくら乗り気と言えど、早すぎる発表に言葉をなくした。
どうやら暑くなり、貴族達が避暑地へと旅立ってしまう前に発表してしまおうとの事らしい……いや、それなら帰ってきてからでも良いんじゃないかと思うと言えば、早い方が良いと返され終わった……。
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