第14話

 魔物が蔓延る森の中を駆ける。魔物が襲ってきては魔法を繰り出して屠りながら、突き進む。


「大丈夫か」

「余裕」


 師匠の言葉に対し、簡潔に答える。普段から魔物と対峙していた上、魔法を磨き続けていた私達にしてみれば、ある意味で造作もない事なのだけれど、どこから魔物が現れるか分からない為、油断など出来ない。


「あれだね」


 森の奥深くに建てられた、小さいながらも頑丈そうな建物。あそこに二人は捕らわれているという。

 こんな森の奥なのは、二人が逃げ出さない為なのか、それとも誰も近寄らせない為なのか。まぁ、どちらとも取れるだろうけれど。


 バンッ!


 問答無用で扉を開け放ち、ズカズカと中へ入る。意外に掃除がされており、整頓もされている。

 二人はどこに居るのだろうかと周囲を見渡せば、奥から一人の人影が現れた。


「何だ、ケイトか。僕に一刻も早く従う為に来たのか?」


 嘲笑うかのように声をかけてきたのは、リムド・ハーバー公爵令息だ。


「まさか。……二人はどこに居る?兄上が二人を使って王太子殿下へ呪いをかけていたんだろう?」

「だから何だ。次期国王に相応しいのは僕だろう。仕方ない事さ」


 ハーバー公爵令息は否定しなかったどころか、肯定とも取れる言葉を返してきて、私は歯を食いしばった。

 何が仕方ないと言うのだろう。人の命を何だと思っているんだ。

 本当に自分が国王に相応しいと思っているのだ、そういう教育も受けていないのに……。ただの、旗印であり、傀儡の王となり果てるのは目に見えているのに。

 ……地位や権力の前では、目が曇るのだろう。


「……兄上が王太子殿下を呪って、殺そうとした。間違いないと?」

「殺そうとしたんじゃない。もうアイツは死ぬ」


 ――汚い。

 ――醜い。

 ――気持ち悪い。


 こいつの思考回路が、醜悪な考えが。人を人とも思わないような言葉が。

 けれど、こいつはしっかりと肯定した。認めた。

 私はそれを聞いた後、二人を探すために走り出した。


「もう遅い! 今更魔法具を壊した所で止められん!」


 戯言。私はそう思い、足を止める事はしなかった。


「兄上は終わりですけれどね」


 師匠の冷たい声が背後から響くのを聞きながら、私は見つけた地下室へ下りて行った。

 師匠は、とある魔法具を持っていた。それは、通信の魔法具のようなもので、一方向からしか届かないけれど……それでも、しっかりと声を届けていたのだ。


 ――国王陛下に。


 リムド・ハーバー公爵令息が呪いによって王太子殿下を殺そうとした事。それだけでなく、私達が魔物を屠りながら通ったこの道までも。

 あとしばらくすれば、私達の後ろをついてきていた騎士達が辿り着くだろう。向こうからの声が聞こえないので、今どうなっているのか分からないし、ただ独り言を言っているだけに聞こえるのが問題だけれど。

 ……帰ったら、改良が必須ね。


「いた」


 地下に作られた鉄格子の部屋。それだけで飽き足らず、二人には足かせまで繋がれていた。更に、周囲には増幅の魔法具等も置かれている。確実に王太子殿下を殺すという意気込みが伺える不気味さに、吐き気すら感じる。

 風魔法で鉄格子を切り裂き、中へと足を踏み入れ二人を見れば、虚ろな目で何かを呟いている。


「マーガレットのせいだ。全部マーガレットのせいだ」

「お義姉様さえ居なければ。お義姉様が全部悪いのよ」

「全てはマーガレットが原因なんだ」

「今こんな事になっているのも、お義姉様のせい」


 延々と吐き出される私への恨み言。

 正直、気持ち悪い。自分で選び、自分が望む事をして、私を傷つける事も考えず行動した結果、私のせいだなんて……責任転嫁も甚だしい。

 自分の考えを押し付ける気はないけれど、自分が選んだ道は自分で責任を持ち、後悔の感情も自分のものじゃないのか。私は、邸を出て、今こうして生きている事を誰の責任にもするつもりはない。


 バキッ! バキバキッ! パキンッ!


 魔法具を全て壊すけれど、二人の足枷は壊さない。……邪魔されても困るし、後は騎士達に任せよう。

 踵を返すと、私は急いで来た道を駆け戻る。


「師匠!」


 未だに二人は話していたのだろうか。膝から崩れ落ちているハーバー公爵令息と、それを見下ろす師匠。

 こちらに視線を向けた師匠に、終わったと言う合図で頷けば、いきなりハーバー公爵令息が頭を上げて、立ち上がった。


「お前のせいで!!」


 掴みかかろうとしてきたハーバー公爵令息を師匠は問答無用で眠らせた。

 ……私がやると後から不敬だと面倒くさいやつだ。


「後は騎士に任せて、急いで戻りましょう」


 師匠の言葉に頷いて、私達は王城へと戻る。

 途中、追いかけてきた騎士達に出会ったので、簡単に説明だけして……。

 しかし、誰かのせいにするのは流行っているのだろうか。

 ……確かに、ハーバー公爵令息の人生を終わらせたのは私達にあるけれど……原因を作ったのは自分なのに。






「戻りました!」


 急ぎ戻って、王太子殿下の寝室へと駆け込むと同時に、師匠は声を上げた。

 私はお決まりの猫姿だ。流石に王太子殿下の寝室に、賢者と一緒に研究していただけだと思われる女性が入る事は出来ない。

 猫のイルは、もう完全に顔パスだ。


「そんな……」


 賢者の声に側近や従者は顔を青くして、回復魔法をかけ続けていた人達は膝から崩れ落ちた。

 皆の様子を見て、嫌な予感しかしない。

 師匠の腕から下り、ベッドへ上がると、ゆっくりと王太子殿下へ近づいた。その顔を見れば……まだ、呪いが解けていない事が分かる。


「くそっ」


 師匠が悔しそうな声で吐き捨てる。

 ……どうして……どうして!?


「どうして!?」


 私は叫んで、王太子殿下の胸へと飛び乗り、全力で回復魔法を送る。


「イル!?」


 師匠は驚きの声をあげて私の名前を呼んでいるのが、どこか遠くのように思える。

 皆が驚愕の表情をし、言葉を無くしているのも、ただの風景にしか見えず、私はただ必死に王太子殿下へ魔法を送るだけだ。


 猫馬鹿で、とてつもなく甘く、優しい。

 全てを従者に任せても良いのに、それでも自分の手でやろうとする。

 触れる手はいつも優しくて、殴る事や怒鳴る事もない。壊れ物を扱うかのように丁寧で……。


 ――王太子殿下は、誰の見ていない所でも優しい、裏のない人間だ。


 仕事だって手を抜かない。私を撫でながらでも、真剣に書類と向き合い、指示を出す。

 厳しい事を言う時もあるけれど、それは相手の為になる事だと分かる。

 笑顔を崩さず、丁寧な姿勢で相手と接し、人を傷つけないようにしているし、権力で陥れる事もない。


 ――私は、この人を無くしたくはない。


 必死に回復魔法をかけ続けていれば、力がごっそりと無くなり、尽きるような感覚がする……けれど、まだ!

 ……例え、私の命と引き換えにしてでも……!

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