第13話
「……出て行ってもらえますか」
師匠が軽蔑の眼差しを込めながら、感情を抑えた声で言い放った事に少し驚いた。そこまで感情を露わにした事など、見た事なかったからだ。
「はっ。くだらない死にかけの為に働く位なら僕の為に働く方が有意義だと、何故わからん」
侮蔑の表情を込めて吐き捨てられた言葉に、怒りで背筋が逆立つような感覚に襲われ、身体が震える。
失礼にも、程がある!
怒りを含ませた瞳で、そいつに視線を向ける。
……それなりに地位が高い事だけは理解しているのだ。ここで不敬だ何だのと言われて研究が出来なくなるのも困るから、文句も言えないけれど……。
本当に、人間というのは嫌になる。
師匠は構わず睨みつけているけれど、そんな私達の様子など気が付いていないのか、意に介していないのか。そいつは更に言葉を続けた。
「王太子が死ねば、継承権二位の僕が王太子となり、次期国王となるのだ! お前も弟として、より僕に仕えればいい」
――王弟の第一子。反王太子派の旗印。
発言により、こいつがリムド・ハーバー公爵令息だと気が付いた。王太子殿下の命を狙う者達が掲げる、次期国王。
確かに地位は高い……高いけれど……それよりも私には気になった言葉があった。
「……弟……?」
呆気にとられた表情で呟けば、ハーバー公爵令息が私の様子に気が付いた。
「……何だケイト。お前、自分の身分を言っていなかったのか?」
罰の悪そうに視線を反らせた師匠に、私はハーバー公爵令息の言った事が真実であると悟った。
ケイト・ハーバー公爵令息。王弟の三男。
……師匠の名前を今更ながらに知った。
あまりに魔法馬鹿で、気安く接してくるから、あまり気にしなかったとも言える。けれど、考えてみれば王太子殿下にも気安かったのだ。あんな簡単に王太子殿下の私室へ入れるという事は……王族同士だからか。
今更ながらに納得した私は、思わず俯いた。
今、私だけが立場が低く、場違いのような感じがしたからだ。
いっそ、跪いた方が良いのだろうか。
「死んだあとの話をするなんて不敬では?」
私が視線を床に伏せていれば、師匠が低く怒気のこもった声を出した。
師匠を見れば、そこには怒りを隠す事なく、自身の兄を睨みつける師匠が居た。
「あの呪いを解くことなど不可能だ」
「……え……」
「どういう事ですか」
ハーバー公爵令息の言葉に、空気が張り詰める。
呪いを解く事が出来ない。それはすなわち、死を意味する。
というより、ハーバー公爵令息は、この呪いを知っている……?
呆然とする私に、更に怒気が籠った師匠を、公爵令息は満足げに眺めた後、高笑いをした。
「次期国王は俺だ。少し時間をやるが、早く僕の為に尽くせ」
パタン……と、空しく扉の音が響く。
ハーバー公爵令息が部屋を出て……から、鳥肌がたった。感情が整理できてきたのか、怒りが芽生えた。それと同時に、悲しさや情けなさまで押し寄せる。
――あんな奴が!
人として問題があると思える発言しかしていない。あんな奴に王太子が務まるもんか!民が許すものか!
そう思ったところで、血筋や継承順位、後ろ盾で決まっていく。所詮、王弟派も、そこまで頭の良さは考えていないのだろう。
「……十中八九、あいつの仕業でしょう」
「…………」
必死に感情を抑えたような、師匠の冷たい声が、私の脳内に響くようだ。
衝撃的……ではない。私も予想できた。
けれど、あんな奴に!と思う悔しい気持ちや、情けない自分も確実に居るのだ。
「あいつは、馬鹿です」
師匠はハッキリと断言して言った。
「どうせ呪いの証拠もつかめないと。解呪も出来ないとおごり高ぶっているのでしょう。あいつの周囲を調べ、そこから呪いを特定しましょう」
「はい!」
怒りで震える。
悔しくて涙が出る。
情けなくて落ち込みたくなる。
けれど、そんな感情を全て押さえて、今はやるべき事をやるそれ以外は忘れるかのように集中して……どこでどういう呪いがかけられたのか調べていく。
そして、そこで到達したのは、何故か元婚約者であったエリック・コルダ侯爵令息と、義妹のシェリーだった。
公爵家の後ろ盾で婚約させてやる。
そんな甘言を受け、二人はリムド・ハーバー公爵令息の付き従った。そして、公爵令息から貰った腕輪をお揃いで身に着け公爵邸へ訪れ、私への恨みつらみを延々唱えていたと。帰る頃には青白い顔でやつれている。けれど、次の日からどこかえ消え、帰ってくる事はなくなったと。
そんな報告を受け取った私達は、古い文献を片っ端から調べ上げた。
「行方不明になろうとも探さないとは……所詮侯爵家次男と伯爵家の居候か」
「居候?シェリーは愛されて育っておりますよ。私に比べれば。それより手を動かして下さい」
師匠の言葉に首を傾げながらも、それを脳内に止めるどころか考える事すら放棄した。そんな時間すら惜しいのだ。
二人はやつれていると報告を受けたけれど、私達だってそうだろう。時間は限られている以上、寝る時間すら勿体ない。食事だって、文献を調べながらパンを片手に頬張っているのだ。
私は慣れたものだけれど、こんな行儀が悪い事を師匠が……と思ったが、流石師匠。平民に混じって魔物退治もしているし、そもそも私と行動を共にしていたのだ。何の問題もなく、ただ文献にくらいついている。
「これか!」
師匠が見ていた文献を私ものぞく。
そこには感情を魔法具へと乗せる。そんな道具が書かれていた。……呪いではない……。
「恨み……悪感情……」
「それを呪いと化すような魔法具を作り出した可能性だ」
「!」
師匠の言葉に、私は自身がそんな魔法具を作るとしたら、を考える。悪い感情、負のエネルギー。それを対象の体内に止め、常に送られる。悪感情によって引き起こす状態異常。
方程式を頭の中で描き続け、出た答えは……。
「可能かもしれない」
「ほぼ可能ではないか?」
呪いという物を根本まで完全に理解できていない以上、似たような物が作り出せる可能性は、ほとんどある。
「あの二人が抱く憎悪は、これ幸いといったところか」
「……そこまで……」
地味で愛されていない私と婚約を破棄し、愛され可愛らしい義妹と結ばれる。親の許可が得られないだけで、既に行方不明となって貴族令嬢として終わった私に、そこまで恨みを募らせるものなのだろうか?
理解できないという風に首を傾げる私に、師匠は苦笑していた。けれど、まずは王太子殿下の事だ。
「二人を魔法具から離し、破壊すれば配給は絶たれますね」
「居場所は既に検討をつけている」
頷き合い、すぐに出かける準備をした所で、ノックの音が響き、真っ青な顔をして慌てた様子で入って来たのは王太子殿下の側近だった。
――これ以上、時間を稼ぐのは難しい。
王太子殿下に回復魔法をかけている人達からの伝言だった。
あの人達はずっと王太子殿下に回復魔法をかけ続け、せめて呪いに抗う体力を回復させ時間を稼いでいてくれたのだ。
そんな人達からの宣告。もはや、一刻の猶予もない。
「……賭け、か」
呟いて出た師匠の後を追う。
二人により呪いにかかったという仮説。これが正しくないのであれば、王太子殿下は、もうもたないのだ。
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