第12話

(毒!?)


 カップに口をつけた後に起こった、尋常じゃない苦しみ方。私は素早く毒の魔法具を確認するけれど、それは全く反応していない。


(なら……他は!?)


 痺れや睡眠等は違うと理解していても、全ての魔法具が反応していないかを確認する。そう、物理攻撃や状態異常も含めて全てだ。

 だけれど、その全てに反応がない。つまり、王太子殿下はそれらの状態に陥っていないという事で……。


「賢者様!」

「王太子殿下が口にしたものは全て確認しろ!」


 どこかで見ていたのだろう、師匠も素早く駆けつけ、現場を見ていたであろう側近が声を荒げて命令を下す。


「回復魔法を!」


 師匠は、一緒に居た人へと言葉をかけ、その人は王太子殿下へ近づくと素早く回復魔法をかけ始めた。






 ……一見、毒のように見える。けれど、これは毒ではない。

 師匠も魔法具を素早く確認したのか、私の方へ視線を向けたので、頷いて答えた。師匠は驚きに目を見開いた後、口元に手を持っていったが、そこへ回復魔法をかけていた者が声を荒げた。


「これは……!」


 どれだけ回復魔法をかけても、全く回復する見込みがない王太子殿下に、顔を真っ青にしながら賢者の方を向いて、真剣な表情で訴えた。


「これは……毒ではありません!呪いです!」

「呪い!?」


 周囲が騒めく。私も、思わず目を見開いた。


 ――呪い。


 それは魔法とは少し異なるもの。

 魔法や薬草でどうにかなるものでもなく、解呪という方法でしか解けないもの。そして……現在では流用されていないものだ。

 勿論、私だって興味本位で少し覗いただけの程度で、理解しているかと言われれば、そうではない。


「ティルトン伯爵当主はどこだ!」


 ドキリと、心臓が跳ねる。

 魔法を得意とする一族なので、名前を出されたのだろう。それを理解していても、ドキドキと心臓は未だに激しく脈打っている。


「まだ帰ってくるまでに時間がかかります!」

「その間にも、刻一刻と呪いが刻み込まれていきます!」


 焦ったかのように、次々と人が叫び出し、回復魔法をかけている人も混乱した状態だ。……回復魔法が効かないのならば、そうだろう。目の前で悪化していく王太子殿下。


「魔法の力が強いと言っても……解呪は別です」


 師匠が神妙な面持ちで言った為、周囲は俯いた。……理解はしている、しているけれど、藁にもすがりたいのだろう。ティルトン伯爵ならば、もしやという、希望。

 それを打ち砕かれるかのような現実を突きつけられ、歯を食いしばるだけだ。

 呪いは、それこそ人の負の部分となる。浄化のように特化したものでないと解呪は出来ないと言われているのだ。


 ――浄化。それは、回復魔法とは異なるもの。


 誰しもが言葉を発する事が出来ず、中には絶望を滲ませた人達をくぐり抜け、護衛達は王太子殿下を自室へ運んで行く為に動く。そこに、私は付いて行った。側近や従者も続く中で、勿論、師匠もだ。

 皆、俯き涙する中で、私だけはしっかりと頭を上げて前を見る。その様子に、師匠は口角を少しあげた。






「人払いを」

「何を!?」

「言いから、人払いを。試してみたい事がある」


 王太子殿下の部屋へと着くなり、師匠は皆を下がらせた。皆が納得のいっていない顔をしていたけれど、そこは流石賢者の一声だろう。

 賢者ならば、あるいは。という、希望を託したのだろう。

 ドアの前に居るだろう護衛以外の気配が離れ、念の為に声を遮断する魔法を部屋にかけると、師匠は真剣な表情で私を見た。


「出来ますか?」

「……やります」


 例え異なるとしても。回復ではなく浄化だとしても。魔法は万能ではないとしても。

 どこかに、似た何かがある筈だ。


 ――絶対に助ける。


 人の姿に戻り、万全の状態で王太子殿下の手を握り、感覚を研ぎ澄まさせ、回復魔法を流してみる。……そして、回復魔法では治せない違和感。これが、呪いか。

 魔法具を作るように、違和感がある所を改良するように。魔法を少しずつ変化させ、状態異常を治すような効果を考えながら魔法を流し続ける。


 ――お父様程ではないかもしれないけれど。

 ――私の全力で。


 師匠がそっと私の首にネックレスをかければ、私の魔法効果が増幅した。……これは、師匠が作った魔法具か。

 なんとなく……なんとなくだけれど、解呪の兆しが見えそうだ。

 回復とは違う、状態異常を治すのも違う、どんどん溢れてくる呪いの根本をぺりぺりとはがすような……だけれど、それより増す呪いの方が早い。

 ならば、呪いを四散させて……させても、させても、根本となるものを引き剥がすまではいかず。


「っ……はぁ……はぁ」

「……今日はそこまでだ……他の方法も考えよう」


 私の力が尽きた。……これが、呪いか。

 私は、結構他の人よりも魔法が使え、その量や威力も桁違いだったと思っていたのに……それでも、か。

 対して効果がなかった事に落ち込み、猫の姿へと戻れば、師匠は私を抱き上げて部屋を出た。

 護衛には、自身の力を使っても及ばなかったと言い。

 ギュッと、師匠の服に爪をたてて、しがみついた。


 ――私は、知っている。


 猫馬鹿で、どうしようもないけれど、執務はしっかり行い、民の為に動く。知恵もあり、視野も広い。対策だって色んな案をポンポンと出してくるのは知っていた。そして、何より優しいのだ。

 誰よりも、何よりも、優しいのだ。猫に対してだけかもしれないけれど。

 弱い物は虐めず、立場に奢らず、権力に縋らず。全てを平等に見て、公平さをもってして正す。

 そんな人が、こんなくだらない継承権争いで亡くなって良い筈がない。

 私は静かに涙を流しながら、師匠の服を濡らしたけれど、師匠は怒る事もなく、ただ優しく私を撫でた。


 ――呪いを解く。


 絶対に。

 そう心に誓い、私は師匠と共に戻った魔法棟で、ただ必死に解呪の方法を調べた。もしかして効果がありそうな魔法具も作れないかと調べた。


 気が付けば朝日が昇っており、徹夜をしたんだなと理解した。集中しすぎていて、気が付かなかった。


「……少し休みますか」


 師匠が眩しそうにしながら、朝食の用意を始める。目の下には、おもいっきりクマが出来ているのを見て、私にもできていそうだな、なんて思う。

 少し食べて、寝たら、また調べよう。

 パンとスープという至って簡単な食事を終えれば、また書物へと向かう。どこかに呪いの詳しい文献がないか。あるいは、解呪への手がかりとなるヒントは得られないものかと。


「何をそんなに必死になっているんだ」


 ノックもなしに扉が開いたかと思えば、不躾な言葉をかけられた。

 ふんぞり返った俺様な立ち姿。翡翠色の短髪に青い瞳。顔は地味目だけれど、目つきがきついのは内面を表しているのかとさえ思える。鍛えてもいないだろう、ヒョロっとした体躯だけれど、身に着けているものは豪華で、装飾も派手だ。むしろ、重くないの?歩けるの?と心配になってしまう。

 しかし、その豪華さと態度だけで理解する。それなりに地位の高い人だと。

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