第7話

「困っていた事に、怖いのは1人になる時間ですからねぇ。深夜の寝室、猫であれば居てもおかしくないですし、警戒もされませんからねぇ」

「問題はありまくりですよね!?」


 猫だからで全部解決するとでも!?中身を考えろ!中身を!見た目が猫でも猫じゃないのに!!

 ……まぁ、雨風を凌げる上に、食べる物もあって、猫のまま居られる環境には助かっているし感謝もしている。しかし、精神面的には助かっていないのだ。


「そういえば……猫の姿での街中生活はどうしていたんだ?」


 ふと、今気が付いたと言わんばかりに放った師匠。


「少しだけ魔法具を使いましたけれど、目立てないので……」

「どんな魔法具を!?」


 弱った精神を盛り上げるには最高の話題となる。師匠と私は、超がつく魔法馬鹿なのだ。

 その後は日が暮れるまで、ひたすら魔道具の話で盛り上がっていた。







「――っ」


 木々の葉が、風ではない何かで音を発したのを聞き逃さず、私は耳を動かし、その原因となる物を探すように視線を窓の外へ向けた。

 視界に入ったのは一羽の小鳥で、窓の隙間から部屋の中に入ってくる。他に気配はないか魔法を薄く気が付かれない程度に展開し、周囲を探索するけれど、人が居るだろう気配はない。

 ホッと安堵の息を吐いて、私は王太子殿下の膝から下りて、窓際へ向かう。

 鳥は透明な窓に気が付かず、全力でぶつかってしまう。特に室内だなんて、見える外の自然に向かって羽ばたいてしまうだろう。

 だから、私は窓をもう少し大きく開いて、小鳥が飛び立てるようにして逃がした。


「おぉっ! イルは凄いな! 賢い!」


 その様子を見ていただろう王太子殿下が、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、カツカツと靴を鳴らしながら私の方へ近づいてきた。


「凄い! 凄いぞ~!!」


 言って、私を抱きかかえると、そのまま頬ずりを始めた。

 ……ここは執務室における、毎日恒例の光景だ。あれからも変わりない?日々が続いている。

 呆れかえったような顔をした従者と側近は、既に視線を反らして、見て見ぬふりをしているのは、もう毎度の事だからこそ諦めているのだろう。……そんな私も、抵抗すらせずに無の境地となっている。抵抗する事は諦めた。


「俺のイルは天才で優しいな~!」


 私を抱きかかえたまま椅子へ戻れば、そのまま執務を再開する王太子殿下。

 ……一応、私は貴方の護衛なんですけどね、と思いながらも、甘んじて受け入れる日々だ。

 結局、私は師匠が言った通り、猫可愛がりの日々を受けている。というか、もう猫に対して溺愛というより、猫の下僕ですよ。この王太子殿下。

 毎日お風呂に入れて、入念なブラッシング。そして添い寝。挙句の果てには爪切りや食事の世話までも自ら行う。

 人間と同じ食べ物でも良いと言われていたが、食べやすいようにと細かく刻むのは王太子殿下の仕事なのだ。……何かおかしくないですかね?

 更に、城内のプライベートな所であれば、どこへ行くにも私を連れ回す。……猫って、アクセサリーでしたっけ?人権ならぬ猫権ってないんですか。

 文句が言いたくても言えないし、抵抗したところで猫の力だ……護衛対象に魔法をぶっ放すわけにもいかないし。


「殿下~イルをお借りしますね~」


 諦めの境地に入っていた私は、師匠の声が聞こえたと同時に、王太子殿下の膝から下りて、師匠に駆け寄る。

 もう、師匠は救いの神だ!


「そんな不機嫌そうにしなくても……護衛だと言ったでしょう? 今は必要ないでしょうに」

「ちっ」


 舌打ち!?

 チラリと王太子殿下の方を見れば、不機嫌な事を隠す様子もなく、眉間に皺を寄せていた。

 王太子殿下の執務中は、執務室に側近と従者が居る。扉の外には護衛も居るし、王城という事でメイドや執事など人の目も多々ある。だからこそ、その時間は報告を兼ねて魔法棟に出向きたいのだが……まぁ、王太子殿下に阻止され続け、時間になっても来ない私を師匠が迎えに来るわけだ。


「それでは、失礼いたします」


 王太子殿下の返事を待たず、師匠は執務室から出て、魔法棟へ向かう。流石に王太子殿下も追いかけてくるという事はしない……というか、本当に自分のプライベートな空間以外では私にデレデレしないのだ。まるで周囲にバレたくないと言った様子で。




「弱点だと思われたくないのでしょうね」

「弱点?」


 魔法棟にある師匠の部屋に着き、その事を伝えてみれば、そんな言葉が返ってきた。


「イルを人質……基、猫質にしようとか、そういう意味で……まぁ、無理でしょうけれど」

「あ~……いや、それこそ意味がないような……いや、王太子殿下への精神的攻撃を考えると有効……?」


 思わず首を傾げたくもなるけれど、王族が弱みを見せないのは当たり前の事なのだろう。私自身も侯爵夫人となる為に学んだ知識の中にも、感情を外に出さない、弱みを見せないとあった。本当に面倒くさい以外の何ものでもない。無機物にでもなれというのか。


「それで……昨夜はどうでした?」


 紅茶やケーキが机の上に置かれ、私は人の姿に戻り、食べながら質問に答える。

 変わらない猫可愛がりの、女性としての何かがゴリゴリと削られる毎日……の中でも、私はきちんと自分の役目を果たしているのだ。


 ――そう、護衛として。


「二人。一人は城内に忍び込んで、食事に毒を盛ろうとしてたわ。一人は寝静まってから寝首をかこうとしたのか、寝室の屋根裏。どちらも返り討ちにして、いつもと同じく魔法棟の地下牢に送っておいたけれど」

「じゃあ後で確認しておきますね~」


 ケーキを頬張りながら、笑顔で答えれば、師匠も紅茶を飲みながら、にこやかに答える。


「しかし……毒ですか」


 そこまで城内に侵入しているという事は、それだけ城内に手足となる駒を多数置けているという事なのだろうか。そこはよく分からないけれど。

 そもそも、ただバルコニーから侵入してくる初期に比べれば、屋根裏に居るとか、刺客もある意味で城内に潜り込みすぎだろ!とは確かに思う。


「常に状態異常無効化の魔法が発動する装飾品なんて欲しいですね」

「っ! ならば、ちょっとした物理攻撃を無効化する装飾品を改造して、即死回避なんて物も作れないかな!?」


 私の言葉から、師匠は顔を輝かせる。

 勿論、言うまでもなく、その日から魔法具作りに明け暮れる幸せな日々となったのは、言うまでもない。




「毒の無効化は作れても、状態異常全般とするには、まだ研究が必要だなぁ」

「物理攻撃減少以外にも、魔法効果の対策が欲しいですねぇ」


 あれから、日中はずっと師匠と魔法具作りに精を出している。

 既に毒無効、物理攻撃減少だけでなく、よく眠れる、体調不良減少等の魔法具まで作っては師匠が手渡していた。

 最初は男からの度重なるプレゼント、挙句に魔法具という事で、実験台を懸念していた王太子殿下だった。けれど、どこかに私の猫姿モチーフを入れると何故か喜々として身に着け始めたのだ。……複雑でしかない。

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