第6話

「あーっははははは!!」

「笑いごとではないのですが?」


 ジト目で睨む私とは対称的に、私の報告を聞いた師匠は、目に涙を浮かべ、お腹を抱えて笑っている。もういっそそのまま呼吸困難になるのではないかと思える程だ。


「お腹が筋肉痛になりそう~!!」

「そこまで!?」


 ならばいっそ、そのまま筋肉痛となって数日動けなくなれば良いのに!と思える。私の苦労を知らないで!

 結局、あれから私は抵抗に抵抗を重ねたけれど、王太子殿下の腕から逃げる事が叶わず、同衾したのだ。……猫だから同衾とは言わないのか?

 引っかいたり、噛みついたりする事も、さすがに根付いた淑女教育という常識の中で躊躇われ、気が付けば朝日が昇っていた。うん、そこで眠れた自分も凄いと思うよ?思うけれども!……笑いすぎではないか?


「しかし……王太子殿下からの寵愛が凄いね……今朝だって……はははははっ!」


 何とか笑いの波を終えただろう師匠が言葉を放ったが、結局今朝を思い出したのか、再度笑いが発生した。……もう、これはしばらく止まる事がないだろう。盛大に溜息を吐いて、若干軽蔑した眼差しで師匠を睨む。


 笑いの元凶となっている王太子殿下は、只今執務中だ。まぁこれはお決まりの日程らしく、私を迎えに来た師匠は、まず王太子殿下に許可を……と思ったらしく、執務室へ来たのだが。

 何故かそこに居る私。

 しかも膝の上にしっかり抱えられている。右手でサインを、左手で私を撫でる王太子殿下に、師匠は思わずポカンと口を開き、一瞬間があったのを覚えている。

 というか、師匠は一瞬で済んだけれど、従者や側近らしき人達は、二度見三度見していた。結局、何度目かの視線で確認しても変わらない現実に、全てなかったかのように振舞っていたのだけれど。

 そんな中で師匠が私を連れ出す許可を求めた時、王太子殿下の眉は少し跳ね上がるし、従者や側近は声なき悲鳴をあげていた気がする。全く持っておかしな話だとしか思えない。

 不機嫌そうながらも、私を師匠が派遣した護衛だと言う事を思い出したのか、許可をくれ、魔法棟へ逃げ出す事が出来ているのだけどね!


「結局、護衛って何ですか? 猫の振りはしてますけれど」

「しっかり溺愛されている愛猫のふりをしてくれ!」

「そこは否定したい」


 現状、溺愛されている愛猫だろうけれど、お断りしたい。

 猫の姿で、猫のままで、しっかり護衛として線引きして欲しいというか、ただそこで佇んでいたいのだ。衣食住が保証されているだけで御の字!それだけで十分なのだから!


「その方が油断しそうなんだけどなぁ……」

「いや、その話を詳しくして下さいよ……」


 師匠は目をうるませて言うけれど、話を聞かない事には何とも言えない。というか、その目が潤んでるの、涙浮かべながら笑ったからだよね。


「反王太子派は知っている?」

「反王太子派……?」


 残念ながら、貴族の社交と言うものは全くしていないからこそ、情勢なんて分からない。ただの噂程度のものですら、私の耳には届かないのだ。反王太子派なんて、今初めて聞いたし、知った。

 師匠は、そうだったと言わんばかりに頷いた後、説明をしてくれた。


 現在、国王となった人には弟が居て、玉座争いがあったそうだ。と言っても、それは周囲が喚きたてているだけ。現在の王弟殿下は玉座に興味がなく、とっとと臣籍降下し、公爵の地位を賜ったと。

 そこまでは良いのだが、まだ当時の王弟派が一定数残っていて、王弟の第一子を立太子させようと動いていたと。


「え?でも……」

「努力空しく、立太子出来なかったんだよね」


 思わず口を挟んでしまう。現状、立太子出来ているのは国王陛下の第一子であるショーン・マーティン猫馬鹿王太子殿下だ。むしろ努力って……どんな努力だと言うのか。余程でなければ国王陛下の第一子が立太子して当然だ。余程の無能であれば別かもしれないが。

 ……殿下は猫馬鹿であるけれど、無能ではない……だろう。多分。仕事の様子を膝上から確認していただけだけれど、有能と言える部類かと。

 呆れた様子で話を続けてくれと師匠に促すと、次に続けられた言葉で目を見開いた。


 ――未だに諦める事なく、ずっと王太子殿下の命を狙い続けている、と。


 思わずため息が出る。

 それは、ただ国民を混乱に陥れるだけにはならないのか。権力を欲した我儘な子どもが、それをどうしても欲しいと強請るようなものではないのか。

 王子であれば王子教育をし、王太子となれば王太子教育をする。それが順調に進められているのであれば、問題ないのだ。不祥事を起こしているわけでもないし。

 しかも兄弟でどっちが玉座にふさわしいのか!で高め合って争ってるわけじゃない。残っている王弟派が諦めきれない夢を無駄に追い続けているだけだ。


「しかも、王弟殿下の第一子も、自分が玉座に相応しいと思い込んでいてねぇ」

「傀儡の王と成り下がるわけですか」


 何を惑わされてるんだ。そんな簡単に手駒に成り下がるなんて。

 本当に、王侯貴族は醜いとしか思えない。今のように第三者目線で見ているだけなら、娯楽の範囲にも思えるけれど、その渦中に入る事だけは御免こうむりたい。


「王弟殿下の第一子……リムド・ハーパー公爵子息が自ら動いているから、今まで以上の危機というわけですか?」

「そうだね。遠慮がなくなってきたよ」


 そりゃ王族の血脈が動いているのだから、後押ししている奴の動きも活発になるだろう。


 ――不憫だ。


 思わず王太子殿下に同情という失礼な感情が埋め付くした。けれど、そんな状態を自分に重ね合わせてしまったのだ。

 誰も望んでいないのに、勝手に決めつけたり、周囲が色々動かしていたり。気が付けば全てが決まっているのだ。ただ、貴族の令息令嬢であれば当たり前だと思っていたけれど、私や王太子殿下の場合は生活だけでなく、命に関わってくる。

 そりゃ、政略争いで負ければ、確かに命は脅かされてしまうだろうけれど……。


「本当、人間って面倒くさい」

「まぁ、今のイルは猫ですし」


 人間に対して嫌気がさし、嫌悪感満載で呟けば、師匠はそんな事を口にしながら、紅茶に口をつけた。

 思わず睨めば、師匠はカップを置いて、優しい目で口を開いた。


「イルは私に対しては平気ですし、人間嫌いと言っても、人間全てが嫌いというわけではないでしょう。猫の姿であれば王太子殿下とも仲良くしているようですし」


 ……確かに。自分を害してくる人が多いから、そう思う事が多いけれど、害を与えられなければ思わない。でも、出来れば関わりたくない。人間には絶対に裏がある。


「まぁ、イルは猫のままで良いのですよ。目立った護衛をつけられないので助かりましたよ。そんな事をすれば向こうを刺激しかねないですからね。そのまま猫可愛がり受けていて下さい」

「お断りしたいです」


 希望的に言うのは、王太子殿下に直接止めてくれと言えないし、師匠が言ったところで…………聞かない気がするからだ。

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