第4話
……ネズミなんて食べたくもないし、食糧確保は本当に難しい。野良として生きる猫たちは本当に凄いと心から思う。
「人と関わりたくないなぁ……でも、魔物討伐にしてもギルドに行かなきゃだし、魔法具売るにしても……あ」
師匠を仲介すれば!?
手間はかけさせてしまうけれど、師匠なら研究の為に、討伐に行くし、魔法具だって買いにくる!だからこそ出会えたのだし!
パッと顔をあげて師匠の方を見れば……師匠は満面の笑みでこちらを見ている。
え、何その怪しい笑顔、と思っていれば、まさかの言葉を発せられた。
「任せておきなさい。猫のまま出来る仕事があるよ」
「…………は?」
私は呆気にとられ、思わず変な声を出したけれど、師匠は変わらず笑顔のままだ。むしろ、その笑顔が胡散臭いとしか思えない。
猫のままで出来る仕事?え?ありえなくない?
猫に仕事させる奴なんて居るの?え?それ正気?
師匠の頭、いかれちゃった?
「仕事の依頼は私ですし、正気です。いかれてはいませんよ?」
どうやら口に出して呟いていたらしく、師匠は黒いオーラを放ったように、怪しげな微笑みをしながらも、威圧感たっぷりに返してきた。
思わずビクリと身を震わせるも、このまま簡単に受けるわけにはいかない。
「え……じゃあ、何の仕事を……」
「護衛です」
「は?」
様子を伺いつつ訪ねてみれば、まさかの答えが返ってきて、思わず耳と尻尾を立てた。
「そもそもイルは最初から人とあまり関わりたくなさそうにしていましたが……私は別ですよね?」
「いや……まぁ、だって師匠だし」
一体何の質問だと思いながらも、私は答える。
そもそも関わりたくない人を師匠だなんて言わない。信用するに値すると思ったから師匠と言っているのだ。だいたい、身元が分からない人間を簡単に弟子にしようとする人だ。確かに最初は警戒していたが、賢者であるならば私を人身御供のような非人道的な事はしないだろう。
「その私からの依頼ですよ?」
「ぐっ」
有無を言わさぬつもりなのか。
思わず声につまり、逃げるように一歩後ずさる。
「護衛なんて、その魔法操作があれば猫のままで出来るでしょう。……それとも、人の姿で人と関わりたいのですか?」
絶対嫌だ。
まだ平民相手ならば良いけれど……貴族相手は絶対に嫌だ。あの裏表の激しさもそうだけれど、卑しい程の噂好き。相手を思いやる気持ちもなければ、簡単に他人を蹴落とす醜悪さ。
「まぁ、人の姿で出歩いていれば、伯爵家に連れ戻されるだけでしょうが……」
「受けさせて下さい、お願いします」
猫の姿のまま、頭を下げる。下げた所で、土下座のようになっているが。巷で言う、ごめん寝、にも近いか。
私にとっては断る理由もないどころか、むしろ好待遇好都合な仕事。これで食べる物が確保できるのであれば問題なし。しかも猫の姿で良いなら気楽でしかない。
正直、この魔法操作は私にとって苦ではないのだ。これも血筋故なのかどうかは知らないけれど。
まぁ猫は自由気ままと言うし、護衛と言いつつも離れた場所から見ていれば良いだろう。それこそ隙間に入り込んだりして。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って私を抱っこした師匠は、魔法棟から出ると、街へ下りる方向ではなく、何故か城の方へ向かって行った。
◇
「いやいやいや!? どこへ行くんですか!? 師匠!」
「まぁ~良いから、気にしない~」
思わず声をかければ、のほほんと返す師匠。
魔法棟は王城の隣にある。というか城内にあるのだ。賢者は国に仕えているようなものだから当然だろう。
周囲に止められる事なく、さも当然のように城内へ入る師匠に、私は思わず口を開いた。
「っ!」
「猫が話せるという非現実的な事を見せつけても良いのですか?」
私の耳にだけ届くような声で、でも少し厳しくしかりつけるような声色で、師匠は私の声を遮るように言った。おかげで、言葉を発する事なく正気に戻れたのだけれど……本当にどこへ行くつもりだと言うのか。不安しかない。
そんな私の気持ちなど、おかまいなしに師匠は進み、王城の奥……明らかに王族の住居だと思われる建物へ入り、とある扉の前に立つとノックをした。
「私です。護衛を連れてきましたよ」
「入れ」
私です。で、伝わるって何!?
驚き、思わず師匠の方へ視線を向けるけれど、師匠は何でもないという感じで扉を開けて中へ入れば……そこに居るのは、淑女教育で習った際、絵で見た事のある顔。
――ショーン・マーティン王太子殿下。
少し首にかかる位の長さで、ホワイトブロンドの髪を遊ばせ、瞳はサファイアのように輝いている。多少きつめの顔立ちとも言えるが、これ以上ないと言うくらいに左右対称で整っている。日常的に剣を扱っているのだろうか、185cm位の身長に、しっかりした体躯。
まさに王族らしい美しさだ。
て言うか師匠。何で王太子の部屋へ、そう簡単に入れるんだ!?
ベッドまで置いてあり、明らかに王太子殿下の私室と言わんばかりの部屋。しかも今は少し服を着崩している当たり、完全にプライベートな時間!
「……どこに護衛が?」
王太子殿下の声に、思わず背筋が伸びる。まぁ、それでも猫なので若干曲がってはいるだろうけれど。
「この子ですよ」
師匠は私の腕に手を通し、王太子殿下の目にうつるよう抱き上げた。
いやいやいや、え!?私が王太子殿下の護衛!?
無意識に毛は逆立ち、尻尾があがる。うん、もう猫の動作は完璧だね!私!と、眉間に皺を寄せて、疑わしい目で師匠へ視線を向ける王太子殿下という現実から逃避する。
「なんの冗談だ?」
そうですよね。そうなりますよね。当たり前ですよね。だって猫だもん。
「猫はネズミや虫を狩ってくれるんですよ?」
いや無理!そんな事できるか!と、思わず左右に首を振る。
否、魔法を使えば倒せますけれど……猫のように口で捕まえるとか無理ですからね!捕食したくない!!
仕事紹介してくれるんじゃなかったのか、師匠……私で遊んでいるのか。耳や尻尾が垂れ下がる私をきちんと抱けば、師匠は部屋の中を歩く。
「こっちがトイレですよ。こちらは洗面になります。あちらはバスルームですからね?」
「いや、何をやってるんだ?」
うん、確かに。
師匠は、もう決定事項だと言わんばかりに、私に部屋の間取りを教えてくれる。……当の王太子殿下本人の意思を確認する事なく。
「この子……イルは賢い猫ですから」
「なるほど?」
「食べ物は人間と同じで構わないですよ~紅茶やお菓子も大丈夫です」
「いや、でもチョコレートは……」
「大丈夫ですよ~! ネギ類やスパイス類、生のエビやイカ等も大丈夫です!」
「な……なるほど?」
王太子殿下、ドン引きである。
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