第18話
レジェは、ユーリィの絶対防御に対し、ハッキリと大丈夫と言った。
既に魔人の軽い攻撃で室内はグチャグチャだ。かすっただけで肉は抉れる。当たれば岩は砕ける。それでもユーリィのアイアンメイデンを盾にするレジェ、そして傷一つつかないアイアンメイデン。
ならば、と試したくなるのは必然で。
あたしが近づいてきた事に気が付いたレジェは首を傾げながら頭だけアイアンメイデンの後ろから出してきたけれど、その瞬間、あたしは片手でアイアンメイデンを持ち上げた。
「男の大人二人分+アルファの重量なんですけど…………」
今更感があるけれど、少しでも苦言を呈したいのか、レジェは怪訝そうな顔をしながら呟いた。けれど、あたしはその声に答える事もなく……ただ、それを魔人に向けてぶん投げた。
「うわぁあああ!!??」
「ひゃああああ!!??」
中から二人の悲鳴があがり、それが魔人の脳天へ直撃する。
「ちょ!?王太子殿下ぁああ!!??」
「マリー!あんた何やってんの!?」
ジャンとロアナが驚き叫ぶが、二人は魔人の方へ視線を向けると、その様子に目を見開いた。
……魔人が、よろめいた。つまり、ダメージが入ったという事だ。……まさかのアイアンメイデンで。
「さすがユーリィ!あたしの旦那様!」
あたしの声に、レオンは格闘中だと言うのに、その場で笑い出したけれど、何とか膝をつくのは耐えた。それでこそ、聖騎士……?分からないけれど。知らないけど。
「こしゃくな!」
怒った魔人が、落ちていたアイアンメイデンを踏みつけるが、びくともしない。それに苛立ったのか、魔法を放つも、アイアンメイデンに傷がつく事はない。
「なんだ!?なんだー!?」
「一体何がおきている!?」
振動は見事に中まで届くのか、二人の叫び声は聞こえる。叫ぶだけの元気はあるし、無事だという事でもあるなと、ある意味で悲鳴が安心材料とも思える。
……というか、むしろこれって…………。
魔人は、自分に攻撃を通した唯一のアイアンメイデンへ攻撃を繰り広げるのに必死だ。それは今までのあたし達を見ているようで、片腹痛い。思わず口角が上がっていく。
「マリー……何その顔…………」
「魔王様より勇者の方が悪人ぽくないですかねぇ」
ジャンが引きつり、レジェが呆れたような顔をしている。そんな悪人顔しているだろうか。ただ、あたしは良い事を思いついただけだ。
良い事……というか、良い武器……というか。
拳や蹴りが全く通らなくて、むしろあたしの骨にまでダメージを与えた魔人にお返しが出来るという楽しみで、あたしはアイアンメイデンに近寄ると、素早くアイアンメイデンを盾にした。
「何をっ!?」
あたしがアイアンメイデンを片手で持ち上げた事に気が付いた魔人は怯む。それはそうだろう。唯一ダメージを通した物が、あたしの手に渡ったのだから。だけど……問答無用。
「いっくよー!」
アイアンメイデンをしっかりと両手で掴み、魔人を殴る。怯んだ魔人に対し、アイアンメイデンを振り回してぶつけまくる。時々、魔人の血なのか、赤黒い液体のような物が飛んでくるけれど、知らない。
「うわぁあああ」
「ひゃあああああ」
言葉にならない叫び声が中から聞こえるけれど、あたしはそれでも構わずに、魔人をタコ殴りにしていく。それこそ、魔人の反撃を許す余地もなく。ただただ殴り続ける。
「よっしゃー!いけいけ!ダメージ通ってるよー!」
「……えぐっ」
「……悪役勇者……」
レオンは応援してくれるけど、ジャンとレジェはドン引きしているような声色だ。チラリと視線を向ければ、大神官とロアナは身を寄せ合って、ありえないものを見る目で見ながら怯えているようにも見える。
……解せぬ。失礼すぎないか?
「うあぁ……あぁあ……」
「ひ………………」
ガンガンと、問答無用で打ち付けていれば、中から声が聞こえなくなった。
それでも構わず、飛んでくる大量となった液体すら気にせず打ち続けていれば、ガァンッ!!と地面に叩きつけるような音が聞こえた。
「?」
アイアンメイデンを頭上に持ち上げ、魔人が居た場所を見ていれば、細かくなった欠片のような物と大量の液体のみが残る。もはや魔人の姿形は見えないというか……ない。
念の為、アイアンメイデンを床に下ろして確認すれば、液体に塗れて変な破片はくっついているものの、へこみ等は見当たらない。
「ジャン。あれ消し炭にしといたら?トドメで」
「……え?魔人だよね?魔人なんだよね?魔人だった……よね?」
レオンの言葉に呆然としながらも、ジャンは高火力で破片から液体全てを燃やし尽くす。あれだけ攻撃が通らなかったのに、嘘のように燃え尽くされている。……表面は硬くても、中身はそうでなかったという事か。
レジェは無言でアイアンメイデンへ近づくと、ジャンに向かって表面を洗い流してくれと頼んでいた。勿論、そこについていた破片等も全てジャンが燃やし尽くしていたけれど。中からは気絶している二人が出てきて……うん、ジャンの魔法でも最終的にユーリィは気絶したようだ。完璧ではなかったという事だろう。
「あ~良い汗かいた!」
「いや、それただ血にまみれてるだけ……」
終わったという達成感で言えば、死んだ魚のような目をしたジャンがあたしに水をぶっかけて呟いた。
「本当、大変な目にあった……」
そんな事を言いながら机に突っ伏している王太子殿下だが、意外と平気そうにしているのは、肝が据わっているのだろうか。
「あの絶対防御は凄かったな!流石魔王だ!……その後、揺れまくるのはいただけなかったが……」
思い出して興奮気味に言っていた王太子殿下は、後半、どこか遠い目をしながら呟いた。
ジャンは、視線をあたしに向けて何か言いたげにしているし、レオンは吹き出していた。……まぁ、そりゃそれを武器にしたわけだしね。
「ありがとうございます……?」
あたし達にも慣れてきたのか、ユーリィが気絶する事もなく、紅茶を片手に王太子殿下へ小首をかしげながら言った。その膝には、傷ついていたのを助けたというリスをハンカチの上にのせている。相変わらずの優しさだ。
あれから、大神官と聖女を拘束し、共に全てを見ていた王太子殿下により全てを白日の下へ晒された。教会に関しては各国を統括している大本へ苦情を申し入れたのだが……魔王が善人すぎる気弱な人である事、そして魔人を召喚したのが大神官という点で、民衆達から大反発をくらった。
例え、今まで信仰深く生きて来た人でも、今回の件は信仰心を継続できるものではなかったのだろう。まだ、王太子殿下の方を疑心暗鬼に思う人も中には居るらしいが、各国の王族が出した真実に、嘘だろう!と面と向かって言う勇気はないといったところか。
たった一人の神官による悪事で、教会の威信は地に落ちた。
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