第17話

「ははははっ!」


 魔人は、続々と現れる神官達に視線を向けると、口角を上げて口元を歪ませると高らかに笑い出した。それなりに広い部屋だが、魔人の声が響き渡り反響し、脳が揺らされる。


「魔人である我を信仰しているお前らも全員取り込んでやろう」

「え!?」

「魔人を……信仰?」

「私達が信仰しているのは神です!」


 魔人の言葉に、今この部屋へやってきた神官達は反論する。実際、大神官が分からないように変えていった信仰ならば、知らなくて当然だろう。ただ神を信仰しているとしか思っていない。

 神官達は困惑し、顔を青ざめさせ、救いと説明を求めるように大神官へと目を向ける。そんな中、王太子殿下の声が響いた。


「引け!逃げろ!」

「えっ!?王太子殿下!?」


 王太子殿下に気が付いた人が驚きの声をあげるも、異様な状態だという事を瞬時に理解し、皆階段を駆け上がり逃げていく。

 避難を、国民達に混乱がないように教会を閉鎖しよう、と逃げながら口々に言い合う神官達。騙されて魔人を信仰していたとは言え、神官としての職務を全うしようとしているのだろう。

 そして、神官達が踵を返した瞬間、レオンが魔人に向かい、ジャンも魔法を放った。それに伴い、あたしも魔人へ向かう。


「無駄だ」


 レオンの剣を弾き、ジャンの魔法でも無傷で、あたしの打撃に怯みさえもしない魔人は、まるで何もなかったかのように言う。

 むしろ、あたしの腕が痛い。……めちゃくちゃ痛い。岩を殴ってた方が幾分かマシと言える程に痛い。


「……王太子殿下も避難を」


 劣勢。

 いくら城に逃げたと言っても、倒せなければ後はないのだが、ジャンはそれも理解した上で悲痛な顔をして言った。しかし、王太子殿下もそれは見越しているのか、唇を噛みしめ、言葉を返せずにいる。


「ぼ……防御を……」

「王太子殿下にもお願いします」


 ユーリィが必死に自我を保てている状態で、喉の奥から絞り出した言葉に、ジャンは縋るように言った。

 ――防御。

 以前、ユーリィが自分にかけていた魔法で、確かに傷はついていなかった。あれならば何とか王太子殿下を守れるだろう。

 ……ただ、国まで守れるとは思わないけれど。


「魔王様……絶対防御でお願いします」


 レジェがハッキリと言えば、ユーリィはハッとした表情で顔をあげる。

 ……何それ、強そう。

 ジャンも目を見開いて、王太子殿下をお守りできますか、と言っていた。うん、本当にジャンは律儀だと思う。

 そうしている間にも、レオンは魔人に切りかかっている。大神官は這いつくばるように此方へ苦し、ロアナはそれを守るようにしている。

 魔人はそれすら何も思っていないようで、ただチラリと視線を投げかける程度だ。これが絶対強者の強みなのだろう。


「絶対防御!!」


 ユーリィが叫べば、人型よりも一回り大きい女性を形どったような金属製の物が出てきて、顔より下の部分が両側に開いた。

 それを見て、レオンは何故か一瞬動きを止め、ジャンは口を開いたまま制止し、王太子殿下の口角が引きつった。……一体何だと言うのだろう?


「なんっで!拷問器具のアイアンメイデンが出てくるのよ!?」


 ロアナの言葉で何か納得いった。絶対防御と言いながらも拷問器具が出てきたら、そりゃ驚くよね。うん、あたしも納得はいったが理解できない。けれど、そそくさと我先にと中へ入るユーリィを見れば、そこが安全なんだろうなと凄く思える。


「ご安心を。針はありませんから」

「いや、これ本当に安心安全なの!?見た目拷問器具なんだけど!?」


 抵抗する王太子殿下を、問答無用で中へ押し込むレジェ。

 魔人に怯えるも気絶する事が許されないユーリィと、アイアンメイデンの中に居るという事で怯える王太子殿下は、互いを励ますように抱き合いながら身を寄せているのを確認すれば、レジェが問答無用で扉を閉めた。

 ……王太子殿下、ずるい。

 あたしのユーリィなのに!あたし、担いだ事あっても、抱き上げた事もあるけど!抱き合った事なんてないのに!!


「これで遠慮なく魔法が放て……ますよね」

「絶対防御なので大丈夫」


 ジャンの疑問にレジェがすんなり答えれば、魔人を見据えた。完全に断定できる防御って……まぁレジェが言うなら大丈夫なんだろうな。


「皆、避けてね!」

「おう!」

「あとで王太子殿下は殴る」


 あたしの言葉に、ジャンとレオンは一瞬アイアンメイデンに視線を移すが、完全にスルーして魔人へと向かう。その前にあたしはもう魔人へ向かっているんだけど……。

 嫉妬した女は怖いんですよ?ねぇ。




 レオンが斬撃を繰り広げ、ジャンが威力の強い魔法を放ち、あたしも蹴り入れるが、魔人にダメージが与えられた様子は見られない。

 羽虫を払うかのように魔人がただ手を振れば、突風が起き、あたし達は耐える。ただ魔人の遊び道具になっているようなものだ。

 レジェも俊足を生かして、あたし達のフォローをするかのように魔法やナイフを放ち、ロアナも大神官を守るように防御魔法や補助魔法を展開している。大神官は……腰を抜かしているのか、使い物にならない。むしろ邪魔。


「魔人の弱点って何ですか!?レジェ!」

「知るか!そこの大神官サマとやらは知ってるのでは!?」

「ひぃいいい!!知るわけないだろう!!」


 風・水・火など、自然属性を色々試してみても攻撃が通らないジャンは、苛立ちながら叫ぶ。

 レオンも疲労困憊状態で、肩で息をしはじめている。あたしも……流石に全身が痛い。これ、骨折れたかな?と思える程に魔人は硬くて攻撃が通らなさすぎる。その度、ロアナに治してはもらっているのだけれど……突破口が見つからない。


「ふっ。我に傷一つもつけられないとは。これはどうだ?」


 魔人は弱者をいたぶるかのよう楽しそうに言い、指を弾けば無数に礫のようなものが飛んでくる。


「!」

「くっ」

「うわっ」

「きゃ!」


 皆かろうじて直撃は避けるも、かすっただけでも肉が抉れている。ロアナはすぐさま、自分自身に回復をかけただけでなく、あたし達まで回復をかけてくれたけれど、このままではロアナの魔力や体力が尽きるのも時間の問題だろう……。

 それより、あたしは見てしまった。


「…………」

「?」


 アイアンメイデンの後ろから出てくるレジェに視線を送れば、どうしたんだと言わんばかりに首を傾げてきた。

 いやいやいや、あなた、仮にも主的な存在である魔王を……ユーリィを盾にしたな!と怒鳴り散らしたいところだけれど、あたしが気になっているのは、そこではない。


「もう終わりか?」


 続いて魔人は炎の塊をいくつか拡散させてきた。あたし達はそれを避けながら……あたしは、またも見た。レジェがアイアンメイデンの後ろに隠れるのを。


 ――そして、アイアンメイデンには傷一つついていない事を。


「マリー?」

「どうした?」


 魔人に背を向け、アイアンメイデンへ迷いなく早歩きするあたしを見て、ジャンとレオンが声をかけてきたが、あたしは一つの事柄に頭がいっぱいだ。

 あたし達の攻撃が一切きかない魔人。

 魔人の攻撃で傷一つつかないアイアンメイデン。


 ――ならば、どちらの方が強い?

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