第15話

 ユーリィが感じる魔人の存在を頼りに、薄暗い廊下を歩き進めれば、地下へ続く隠し通路を見つけた。


「ユーリィ、大丈夫?」


 自分で歩けているとは言え、脂汗を噴き出し、顔色は青を通り越して真っ白だ。

 あたしの言葉にも反応出来ないよう、ただただ怯えて地下へ続く道を指さすだけの状態に、とりあえず先へ進もうとレオンが率先して隠し通路の奥へ入る。


「ぶしつけな勇者どもだな」


 薄暗い階段を降りて行けば開けた場所に出た……かと思えば、いきなり男の声が降りかかる。

 そこには神官達より更に煌びやかで豪華な刺繍を施された服に身を纏う、清潔感ある整った顔立ちの男。そして、その男にしなだれかかるロアナなのだが、胸や足を惜しみなく出している露出が高い服な為、ジャンや王太子殿下が思わず目線を下げて直視しないようにしていた。

 ……あたしだって、成長すれば……。

 そんな事を思いながらユーリィへ目を向ければ、ユーリィは興味がないと言った感じ……というか、魔法でかろうじて意識を保たれてはいるが、既に限界なのか。脂汗を垂らしながら、ただ歯を食いしばっていた。


「よし!ユーリィは破廉恥な恰好に興味ないと!」

「あんた本当にユーリィ一択ね!大神官様に対して失礼よ!てか人を破廉恥扱いしないでくれる!?」

「じゃあ露出狂」

「あんたねぇええええ!!!」


 あたしの言葉に鬼の顔をしたロアナが大声で抗議をするけれど、ユーリィ一択のあたしが揺らぐ筈もない。というか、そもそもロアナは前からヒステリックだし。


「大神官……?その割には若いような……それにこの魔法陣は何だ……?」


 あたしとロアナの言い合い……というか、一方的にロアナが怒鳴っている事なんて聞こえていないかのように、ジャンが呟く。ジャンの視線を追えば、先ほど下げた為に気が付いただろう、足元に広がる模様のような線と記号。これがジャンの言う魔法陣というものなのだろう。


「流石エルフだな」

「若いのに地位を上り詰めたという事は、裏で言えないような事をしている悪人!?」

「ぶはっ!!固定観念よ!!」


 大神官がシリアスに語り掛ける横で、あたしはコイツが悪人だと決めつければ、レオンは思いっきり吹き出した。

 だって、どう見ても二十代前半……。


「……私はリュク・シヴィル。43だ。幼子が」

「はぁああ!!??あたしは18ですー!このジジィが!!」

「…………」


 あたしの言葉に、大神官はあたしとロアナに対し、交互に視線を向けた。

 あ!何かとてつもなく失礼な事を考えていそうだ!こいつ!!


「こんな素敵に対してジジィなんて!」


 豊満な胸を揺らしてロアナは叫ぶが、年齢は変わらない。親子程に年が離れている事を理解していないのか……。

 ロアナはその胸を押し付けるように大神官の腕に絡みついている。……うん、もう大神官とか聖女って何だろうね?とさえ思えてしまう。……破廉恥聖女だ。いやもう露出聖女だ。

 目を覚ませ。そう言いたかったが、ユーリィが祭壇を見つめたまま歯を鳴らして怯えているのが見え、あたしは魔人の存在を思い出した。


「……ここに魔人の気配がするそうだが」


 王太子殿下が前に出て、大神官に向かって鋭い視線を投げつけながら言う。

 そうだ。とりあえずジジィが事実だと言う事よりも、そちらだ。ジジィがジジィという事実とあたしをガキ扱いした報いは後にしよう。


「これは王太子殿下。えぇ、そうですよ。最初は討伐された魔王の血を手に入れるつもりだったのですが……まぁ、今ここに居るのでいいのですよ」

「……何だと?」


 魔人の存在を否定する事もなければ、更には魔王討伐に関してまで何かしらの意図があった事を吐露する大神官に、王太子殿下は眉を顰めた。

 ……ユーリィの血?討伐?

 レオンやジャンは警戒心を強めるけれど、あたしは思わず怒りで背筋がゾワリとする。


「所詮、称号のようなもの。いくら神が定めたと言っても、魔王なんて人間以上の魔力を持っている存在なだけだ。ならばその存在を有意義に使おうと、勇者に討伐された後の魔王をどうしようと勝手だろう?」

「ハレアド教の教えを広めている教会の大神官が言う事か!」

「あぁ、だからこそ、教会がある程度の実権を握っているのではないか……ただ、私はある程度で納得はしていないがね!」


 なんだコイツ。

 眉間に皺をよせて、大神官というジジィを得体のしれないもののように見つめた。

 実権とか、権力や地位なんて生きやすくなる為の物だとしか思えなくて、ただ生きるという一点だけに必死となっていれば、そんな事は正直どうでもいい。というか、考えてなんていられない。

 結局、コイツ等は暇人か。なんて思う。


「……それで、魔王の血で何をするつもりで?……魔人の気配と関係があるのか?」


 ジャンが大神官ではなくロアナの方を睨みつけながら言う。

 ロアナが大神官の命令に従っているのならば、討伐した後に魔王の血を持って帰っていたのはロアナだ。

 ロアナはジャンに睨みつけられても平気と言わんばかりに微笑み、魔法陣にチラリと目を向け、言葉を放った。


「これが召喚の魔法陣だと気が付かないわけ?」

「なっ!」

「!?」


 ジャンは慌てながら魔法陣へと目をうつし、ユーリィもまさかの言葉に正気を取り戻し、一歩下がって魔法陣全体を見るかのように凝視した。


「供物のない召喚は制御できないと言う。……魔人の召喚ならば、魔王を供物にすれば意のままに操る事も出来るだろう!恐怖により世界を征服してやろう!!」

「魔人を意のままに操る……だと!?大神官であるお前が何を考えている!」


 高笑いをした後に放った大神官の言葉に、王太子殿下が嚙みつくよう返す。

 ジャンやユーリィ、レジェも、信じられないと驚愕し、目を見開く。

 世界征服など現実味がない。というか、恐怖で人をひれ伏させるなんて、それこそ人間ではない。恐怖により人の心を支配などできるか。……あたし達は物でも人形ではないのだ。


「こんな奴が大神官だとは……」


 悔しさに唇を噛みしめながら、王太子殿下は大神官を睨む。


「言っておくけど……この教会で信仰しているのは神ではなく……魔人よ。まぁ、魔人を神という名にして信仰しているだけだけれどね」

「なんだと!?」


 ロアナは王太子殿下の目を見据えて言い放った。

 いつから、いつのまに。ブツブツと呟く王太子殿下を尻目に、ロアナは微笑を浮かべる。


「神の存在をすり替えられた事にも気が付かない愚鈍な神官達だこと」

「さぁ!魔人よ!ここに供物となる魔王も居るぞ!!」

「しまった!魔人の気配が更に強く……!?」


 大神官の声で魔法陣は光り輝いた瞬間、ユーリィが叫んだ。まだ完全に魔人は召喚されてなかったのか。しくじった。

 あたしはユーリィを守るように前へ出て、ユーリィの側にはレジェが付き従う。レオンは更に前へと出て、ジャンも王太子殿下を自分の背に庇う。

 長々喋っている間に対策出来たんじゃないかと思いながら、あたしは思いっきり足元にある魔法陣を壊せたら何とかなるんじゃないかと、床を壊す勢いで蹴ってみるが、床の岩が欠けても魔法陣は光の状態で綺麗に保たれたままだ。

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