第9話

 魔王が住むとされている土地に近づいてきていても、相変わらずあたし達は呑気に旅をしている。近づけば狂暴だとか強い魔物でも出てくるのかと思えば、そうでもないし。

 まぁ、何より一番は、そこまで距離があったわけではないから助かった。地図を見せてもらえば、大きな大陸の北は魔王が居るとされる広大な荒地で、その下にいくつもの国がある。

 どの国で勇者が現れても、大抵北に向かっていけば着くという事だ。

 あたし達は更に南の方にあった国だから、山や森を迂回して色んな街を回っただけにすぎないだけだった。


 もうすぐ魔王の領土となり、隣接している国では最後の街に近づいてきた時、あたしの視界に何かが飛び込んだ。


「あれ?あそこ」


 街道の先を指さして、あたしが言う。指さした先には荷馬車が横転していて、誰かが荷馬車から人を助け出しているのだ。

 ちなみに、この街以降は領土ギリギリまで寂れた村はあるものの、他はないそうだ。魔王の領土で人が休める村は無いと思った方が良いだろう。だから、まだ馬車もあれば人も居る。


「大丈夫ですか?」


 ジャンが素早く駆け寄り、声をかける。ロアナもジャンの後ろをついて行く中、あたしとレオンはゆっくりと歩いて向かう。

 どうせ、急いで向かったとしても、動くな何もするなと言われるのがオチだ。どうせ力業でしか解決できませんよーだ。


「中に居た人達は助け出せたのですが……一人、怪我が酷くて……」


 荷馬車から人を助けていた男性がこちらを向いた。

 真っ黒なマントで頭から全身を覆っている、いかにも怪しい風貌だが、黒い髪がフードからチラリと見えた。しっかりとこっちを見て話す男性は、綺麗系な顔立ちなのに金色の切れ長タレ目で、思わずあたしの胸は高鳴った。


「え!?名前!名前は!」

「え、ちょっと何。落ち着いて」

「……マリー?」


 知りたい欲求が止まらず、すぐに駆け出して男性の目の前に行って聞けば、ドン引きしたジャンと、訝し気な目で睨むロアナ。だけど、あたしにそんなのは関係ない!


「えと……ユーリィと……」


 ユーリィと名乗った男性は、心配そうにチラチラと怪我人の方へ視線を向けている。うん!なんて優しい人なんだろう!


「ロアナ!早く治してあげてよ」

「言われなくても治すわよ!」


 荷馬車に居た人は三人程の男で、一人は体格がよく、護衛のようなものだろう。……その人が足に深い傷を負っているのだけれど。……荷馬車が倒れた時に、下敷きとなったのかな。

 まぁあたしはそれより、ユーリィだ。身長は190位だろうか、しっかり見上げてその顔を拝んでいると、ふとユーリィがフードの前を掴む形で顔があんまり見えないようにした。

 恥ずかしがり屋さんなのだろうか。そこすらも可愛い!……けれど、先ほどフードの中に何やら人間ではありえないような物が見えた気ようなのだけれど……。

 ジーッとユーリィを見つめて、その姿を目に焼き付けているあたしから、ユーリィは必死に視線を反らそうとする。うん、可愛い。

 それでも逃す気はなく、顔を背けた先にあたしは行くのだけれどね。


「終わったわ」

「ありがとうございます」


 そうこうしている内に、ロアナが馬車に居た怪我人を治したようだ。さすが聖女。破廉恥でも聖女。


「あぁ、ぬかるみにはまって荷馬車が横転したのか……レオン、荷馬車をおこせるか?」

「おー!任せとけ」


 レオンはすんなり荷馬車を立て、ジャンは車輪等を見て回る。

 ……あたしなら壊しそうだな。なんて思いつつもユーリィウォッチングに余念はない。……なんか最終的に空を仰いで、あたしに顔を見られないようにしてるけど。解せぬ。


「この先の村に行かれるところで?」

「あ、はい。木材を売りに行き、衣類を買って、これから帰るところです」

「荷馬車は問題なく動きそうだよ。荷物は……汚れてはいるけれど、それだけみたいだ」


 ジャンの言葉に、三人は嬉しそうにお礼を言って頭を下げた。

 荷物が割れ物だったなら大惨事だけれど、衣類なら洗えば何とでもなる。


「私達も、この先の村へ行くところだったのです。ご一緒しませんか」

「是非!ちょっとしたお礼をさせて下さい!ユーリィも来るだろう?」


 ロアナの言葉に喜ぶ人達。今夜のご飯と宿を確保できた上に、ユーリィまで付いてくる!?

 やったー!と喜ぶあたしを、変な者を見る目でロアナとジャンが見つめてくるけれど、ユーリィが来るんだよ!?ユーリィが居るんだよ!?何もおかしくないよね!


「いや……今日は遠慮しておくよ」

「えー!?」


 不満だと言う思いを全面に押し出した声をあげ、そそくさと退散しようとするユーリィの服を掴んで、逃がすまいとする。


「……人の服を破らないでね?」

「止めなさい、そこの破壊魔勇者」

「勇者様ですか!?」


 呆れたようなジャンとロアナの声に、村の人は喜びの声をあげた。

 嬉しいとか、これで村も少しは安泰だとか……。魔王の領土が近いからこそ、不安な事もあるのかな?特にこれと言った変化はないと思うけれど……辺境の地は大体どこも寂れてはいるし。


「ほら!ユーリィも来なさい!勇者様御一行をおもてなししましょう!」


 何もない村ですが……と言いながらも、荷馬車の空いているところに二人入り込み、一人は御者席へ座り出発しようとするも、ユーリィは微動だにしない。

 つんつんと突っついてみても、反応はなく、こちらに顔を引っ張り寄せる。


「マリー!はしたないわよ!」


 ロアナが叫ぶけれど、あたしは関係ないとばかりにユーリィの顔を覗き込むと、白目を剥き、意識はなかった。


「……気絶してる」

「……は?」

「マリー……怪力で気絶させたの?」


 何もしてない……筈。

 だって服しか引っ張ってない。

 呆れかえっているロアナとジャンに、荷馬車に優しくゆっくり丁寧に運んでやれと言われ、その通りにする。ユーリィが怪我でもしたら大変だからね!




「あんた……まさか一目ぼれしたとか……?」


 歩いていれば、ロアナがそんな事を口にした。ジャンもあたし達の言葉を真剣に聞いている。


「一目ぼれ……?これが恋!?」

「知らないわよ!?」


 これが恋だと言うのか!?そうなのか!?ロアナとジャンは額に手を当てて項垂れ、レオンはお腹を抱えて笑い出した。


「胸が高鳴ったり、ずっと顔を見て居たいとか、ずっと傍に置いておきたいとか、一時も離れたくないとか……これが恋!?」

「え」

「束縛?」

「独占欲強すぎ!」


 あたしの言葉に、ロアナは絶句し、ジャンは眉間に皺を寄せた。レオンに至っては更に笑い出したのだけれど……。

 ずっと傍に置いておきたいというのは恋なのか!初めてだから知らなかった!

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