第7話

 脳を回転させていれば、ロアナの一言で、この話は終わりだと言わんばかりだ。流石聖女、ハレアド教が全てなんですね分かりました。と言っても、聖騎士であるレオンはハレアド教の事を微塵も理解していなさそうで一切口を挟んできていないどころか、欠伸をしていて、一切聞いていない感じだ。

 そんなレオンが前方の方へ目を凝らし、何かに気が付いたように口を開いた。


「あ、魔も…………の」


 スパッ!!!!


 言い終わるが早いか、ジャンが空気の刃を作り出して魔物に向かって放ち、真っ二つにした。


「おーっ!すげぇ!」


 レオンは目の前で見たジャンの力に興奮し、魔物の方へ向かって断面を見てははしゃいでいる。


「えー……あたしがやっつけたのに……」

「マリーは動くな!危険すぎる!」

「え……怪我すらした事ないけど……」

「周囲が!」


 ジャンが一生懸命訴えてくるけれど、周囲が危険とはどういう事だ。

 そりゃ剣を持っていても使いにくいから、魔物の数が多い時は木を引っこ抜いて使うし、それこそ魔物を放り投げて武器にしたりもする。それで多少地面が抉れたりした事はあるけれど、それだけじゃないか。

 確かに、ある意味で森林破壊をしているようなものでもあるから、エルフであるジャンが嫌がるのも理解できるけども、そこはそこ。


「魔物退治に必要だったという事で!」

「勇者が破壊魔だなんて聞いてないよ……。こんな小さい身体の、どこにそんな力が……」

「だぁれが小さいって!?」

「ちょ!?マリー!?やめて!」


 ちょうど手近にあった岩を持ち上げ、ジャンに向かえば、焦ったように逃げ出す。

 もちろん岩を頭上に持ち上げたまま、あたしは追いかける!小さいって言った!小さいって!幼さで言ったら、200歳超えてるのに見た目二十歳くらいにしか見えないジャンの方が問題だろう!


「お?どした?」

「ちょっと!待ちなさいよ!あんた達ー!!」


 レオンとロアナを置いて、逃げるジャンと追うあたしは、ジャンが魔法であたしの持っている岩を砕くまで続いた。

 否、砕かれるまで、あたしの頭は怒り心頭だった。




 ◇




「やったー!お魚!海ー!」

「ちょっと私は装飾品でも見てくるわ……」

「え!ずる!!」


 やっと到着した港町。ジャン曰く、魚が美味しいとの事!なので、さっそく港へ立ち寄ろうと思ったのだが、ロアナは買い物へ行くと別行動したのだ。


「女の身だしなみってやつか~?旅の最中だし気にしないけど」

「どちらかに気があるんじゃない?知らないけど」


 レオンの言う通り、身だしなみを気にしていたら旅にはならない。そりゃロアナは辺境の村まで馬車で来ていたし、歩いての旅なんて慣れていないのかもしれないけれど。

 それより、年頃の娘は恋に恋すると聞く。聞いた事あるだけで、あたしに経験はないし、想像もつかないけど。

 好きとか分からないし、何より目先の農作物が大事だろう。心奪われるは作物の大きさだけだ。


「いや、ないだろ~」

「人間とは寿命が違い過ぎて、そういう目では見る事は出来ないな。確かによく触られるなとは思ってるけど」


 脈無し、と。

 綺麗な顔立ちだし、出るとこ出ていて、締まるところは締まっている。女のあたしから見ても凄いなぁと思う体つきなのに、男達は興味がないらしい。まぁ、あたしも凄いとは思うけれど羨ましいとは思わない。気を配るのは食べ物だけの生活で、そんな余裕はない。

 ……まぁ、そうではない人も居たけれど、それはまだ親が健在だったりしたからだ。


「それより、お魚!お魚!」

「楽しみだな!新鮮な魚!」


 僕が見張り役か……と呟き方を落としているジャンを無視して、あたしとレオンは港にある食堂へと向かう。

 ただ、新鮮なお魚を食べたいが為に……それが、叶わなくなるとは思わずに。






「……ねぇ、自分達が何をやったか分かってる?」

「ホント、なんなのコイツ等……」

「「ごめんなさい」」


 只今、床に座らされたあたしとレオンは、怒り満載なジャンの圧に押されて、謝るしか出来ない状況だ。

 ロアナに至っては、膝から崩れ落ちて、床に手をついて項垂れている。もう、そのうちキノコ生えてくるんじゃない?という位、重く暗い上に、ジメッとした雰囲気を醸し出している。


 事の始まりは港の商店街だ。

 並ぶ屋台には貝や真珠と言った物で作られた装飾品等や、魚を使った食べ物。たまに異国の骨董品と呼ばれるものが売られていて、今まで旅して町の中で一際物珍しかった。

 そして、ちょっと生臭い潮の香りが漂うのは、海の匂いだと言うから本当に驚いた。海に匂いがあるなんて!川や池とは本当に違う!!


「どこまでも広がる、あれが海だよ」


 そう言ってジャンが指さした先にあるのは、一面の水。

 対岸が見える池なんかとは違って、ずっと続く水……から、大きなものが現れた。


「お」

「お魚大きい!食べがいあるね!」

「あれは魔物だ!」


 レオンが素早く反応したソレをお魚だと思ったのだけれど、すぐにジャンの叫びで違うと分かった。

 ……なんだ、お魚じゃないのか……。

 人々が逃げ惑う中、逆走してレオンが我先にと魔物の元へ向かい、それを追いかけるようにあたし達も駆けていくが、人の波にのまれ思うように進みにくい。


「……投げ飛ばさないでね」

「…………しないよ?」

「その間!」


 あたしの思考回路を呼んだかのようにジャンが呟いた。酷いなー……シナイヨ?邪魔だと思ったけど……シナイヨ?


 港に着けば、そこは混乱地帯だった。

 押して押され、転んだのか怪我をしている人や腰を抜かしている人。魔物に相対しようと武器となりそうな物を構えている人も居るが、長い脚なのか触角のようなものが、攻撃を跳ね返している。

 むしろそのまま攻撃されれば、周囲に居る人達にも被害が及ぶだろう。


「くそっ!」

「これは厳しい……」


 何とかしたいと思っても、人々が混乱し入り乱れている中で、レオンは剣を抜く事も出来ないし、ジャンだって魔法を放つ事が出来ない。余計に怪我人を増やすだけになる。

 ロアナは……まだ合流してこないなと思い、チラリと怪我人へと視線を向ける。

 人を誘導したりするのはロアナが適任だと思うんだけどなぁ……。

 とりあえず人の隙間をぬって魔物の元へ向かっていた時だ。


「お嬢ちゃん!」

「は?」


 いきなり腕を掴まれて、後ろへと倒れそうになるが、お嬢ちゃんという呼ばれ方に思わず不機嫌な声が出た。

 その声に反応するよう、レオンとジャンも足を止め、こちらに視線を向けた。ジャンに至っては少し顔が青くなっているような気がするけれど……それより、問題はお嬢ちゃん呼びだ。

 あたしは、ゆっくり声の主へと視線を向けると、そこには年老いた女性が居た。腰が抜けているようで、膝を付いた状態であたしの腕をしっかり握っている。


「そっちには魔物がいるんだよ!早く逃げなさい!ご両親はどこだい?まだ十にも満たなさそうな子どもが……」

「あ」


 プッチーン。


 ジャンが慌てておばあさんの口へと手を当てたが、もう遅い。あたしの中で何かが弾け切れたような音がした。

 十に……満たない?ほぅ?あたしは一桁年齢だと?ほっほーぅ?


「あたしは!!じゅうはちだぁああああ!!!!」

「マリー!俺をあっちに投げろ!!」


 渾身の叫び。

 怒りを発散させるには叫びだけでは足りないあたしに、そう声をかけて来たので問答無用で放り投げた。


「ナイス!マリー!」

「レオン!気をつけろ!」


 人々の群れを飛び越え……否、魔物まで一直線に放り投げられたレオンは、真っ先に到達し、魔物へと剣を向けた。

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