第4話

 あんな甘くて美味しい食べ物、初めて食べた。もうそれだけで勇者最高!としか言えない。

 村に居ては一生食べる事が出来なかったようなものだ。……むしろほぼ芋生活でしかない村に、砂糖という高級品もない。


「ふぁああ」


 サロンに足を踏み入れたあたしは、目の前に広がるお菓子の山に目を輝かせ、椅子に座って即貪り始めた。

 後ろに居る三人を気にする事もなく。




「私はご存じの通り、聖女のロアナ・ルスボーですわ。17歳になります。どうぞ、ロアナと」


 美しい所作でお茶を飲みながら目の前に座る聖女様……基、ロアナが言葉を発した。


「俺は聖騎士のレオン・ホルタ。16歳だ。レオンで良い」


 隣から声がした。足を組んで椅子に座っているが、レオンもお菓子を食べる所作が綺麗だ。そもそも家名がある時点で貴族という存在なのだろう。

 ……貴族という者に会うのも初めてだな、そう言えば。勇者、すげー。


「僕は賢者でジャン。エルフだからこう見えても216歳だ」

「エルフ?」


 斜め前に座るジャンから、何か知らない単語が出てきた。食べる手を止める事はないけれど、つい首を傾げてしまう。


「簡単に言えば人間より寿命が長くて、魔力が豊富だから高度な魔法を使える」

「なるほど。ちょっとだけ違うと」


 とても要領を得ていて理解しやすい。確かに200歳とか人間では考えられない。

 頷いていると、ジャンはポカンとした顔をしていて、レオンはまた笑い始めた。


「ジャンの耳は尖ってるけどな!」

「まぁ耳もあると」

「……そこ?」


 レオンは笑いながら言うけれど、耳がないのは虫くらいだと思う。だいたいの動物というか魔物とかにも耳はある。

 そう思って返した言葉だったが、ジャンは更に目を見開いて驚いている。ロアナは若干呆れているようだ。……解せぬ。


「……ジャンがエルフである事は、あたしが生きる事に何か問題が?」


 返した言葉にジャンは更に驚いたようだ。レオンに関しては、確かにその通り!と言って更に笑い出した。

 だって、害があるなら魔物とか人間なんて枠組みは関係なくて、生きるのには害があるかないかで判断するだけだ。

 そして、美味しい食べ物は楽しみにもなる。なんて思いながら更にお菓子を貪る。


「……えーっと……勇者様の自己紹介も」


 引きつったようにロアナが言う。

 あ、そういえばあたしだけ、まだ言ってなかったか。

 お茶で口の中にあるお菓子を流し込み、一息ついてあたしも話す。


「辺境の村から来たマリーです。勇者って言われました。18なのでジャンだけはあたしより年上だね」


 むしろ遥かに年上なんだけれど、見た目的には二十歳くらいだから若干年上という気がする。


「え!?年上!?18!?鑑定は15で受けるだろ!?」


 レオンが声をあげ、ロアナは視線を背けた。

 ……いや、そこスルーして欲しい。鑑定を忘れていた事を思い出させないで欲しい。何この恥を掘り返される感じ。

 年齢……黙っていれば良かったか……?お菓子を食べる手を止めず、そんな事を考えていればレオンは立ち上がって、あたしを指さした。


「それに、どう見たってせいぜい15に見えるかもしれない程度だろー!」

「はぁああああ!!??」


 思わず投げ飛ばしてしまったのは許して欲しい。……隣に居たのが悪い。


「どう見たって18だろう!」

「鑑定受けてなかったら、12位に思えるわ!」


 叫ぶあたしに、むくりと起き上がったレオンが叫ぶ。流石聖騎士、傷はないようだ。


「あたしのどこをどう見たら、そんな子どもに見えるんだー!!」


 片手でレオンを持ち上げて、ぐるぐる回す。


「……え」

「……怪力」


 ロアナとジャンが引き気味で何か言っているが、あたしの怒りはレオン一直線だ。誰が子どもだ、誰が。


「見た目幼女で怪力とか、何この勇者!」


 バリーンッ!


 幼女の一言で窓の外へ放り出したのは仕方ない事だと思う。人に対して失礼な事を言い過ぎだ。

 溜息をつくロアナと、目と口を開いて呆けているジャンを気にせず、あたしは再度お菓子を食べ始めた。……聖騎士だし、レオンなら大丈夫……な、筈。




 ◇




 数日後、武器や防具、旅資金と言ったものを貰い、地図と資金を受け取った。豪華な食事。風が吹き込まず、雨漏りのしない、無駄に煌びやかな住まいと、ふかふかなベッドからおさらばする時が来たようだ。

 というか、追い出された感がある。


「あ~~!もう面倒臭いなぁ」

「この職業を引いたのが運の尽きだろな」

「むしろ、この職業だからこそ、王城で良い暮らしを少しでもさせてもらったわけだけどね」


 王都を出て、魔王が居るとされる方向へ進みながら愚痴を言う。

 レオンは運という言葉で簡単に済ませたが、ジャンの言う事は最もだろう。お貴族様だろう人には分かるまい。日々食べる物を調達する必死さも、雨風が吹き込む家を修理しながら暮らす事も!硬くて疲れが取れない木の板ベッドも!


「とりあえず隣国を目指して行きましょう。勇者御一行と言えば、それなりに過ごせますから……ね?」


 にこやかに言うロアナだが、その言葉が響く者は誰も居なかった。

 あたしはただ面倒臭いだけだし、レオンは全く興味がなさそう。ジャンに至っては、所詮庶民だからなぁ、と言いたげだった。

 分かる。平民であるあたし的にも、常にあんな豪華な暮らしをしたいわけでもない。あれに慣れたら戻れない気もするし……むしろ肩がこる。

 全く反応をしないあたし達に、ロアナからどす黒いオーラを感じる気がするけれど、気のせいだろう……だって、聖女様だし……?


「……この森を突っ切れば近道……?」

「え」

「は?」


 森を囲うように作られている街道を歩きながら思いついた事を言えば、ロアナとジョンは驚いたように目を見開く。

 ……だって、この森の向こう側が隣国なんだよね?ぐるっと回るくらいなら、突っ切ったら早いよね?


「お!それ良いな!」


 言うが早いか、レオンはとっとと森の中へ入っていった。それを追いかけるかのようにあたしも入っていく。


「あ……あんた達!勝手な行動すんじゃないわよ!!」

「危ないよ!」


 後ろからロアナのヒステリックな叫びと、ジャンの震える声が聞こえるけれど、面倒な事は早く終わらせたいと思わないのかな。




「うわぁあああ!!動かないで!」

「え?」


 森の中を突き進んで行くと、後方からジャンの叫び声が聞こえた。

 ……動かないでと言っても、進まないと着くものも着かないのだが?時間短縮の為に森へ入ったというのに、立ち止まってどうするのだろう。


「あんた何やってんのよ!!」

「マリーすげぇな!俺も!俺も!!」


 首を傾げていると、ロアナの叫び声までも聞こえる。……聖女様らしきお貴族様という風貌はどこへ行ったのだろうか。なんて思っていたら、レオンまでもこちらへ来て、剣を振り回す。


「森林破壊反対ーー!!」

「あんったは大人しくしてなさい!」


 ガシィッとロアナがあたしを羽交い絞めにし、ジャンがあたしの持っていた大木を燃やした。……一応、あたしは燃えないように。おかげで火傷1つおっていないのだけれど……。

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