第3話
「そちが勇者か」
綺麗な刺繍や装飾品が施された服を着せられたあたしは、だだっ広い部屋に通された。こんな服、今まで着た事はおろか、見た事もないけどね!
広い部屋の真ん中には、真っすぐ轢かれた絨毯。その先には数段の階段があり、上には豪華な椅子が置かれている。そこへ座っているのが国王だろう。
立派な髭を生やした中年のおっさんだ。あれ……衛生的に大丈夫なのか。
いくら辺境の平民でも、仕事の邪魔になるからと、あそこまで伸ばさないよ?と思わず言いたくなるほどだ。
……まぁ、立場が違うし、お風呂という水攻めを毎日してるなら問題ないのかもしれない。
「……ちょっと!」
そんな事を考えていたら、隣に居た聖女様があたしを肘でつつきながら声をかけてきた事により、周囲の空気が何か違う事に気が付いた。
あ、そういえば国王様に言葉をかけられていたんだっけ。
「……多分?」
思わず、首を傾げて答える。
だって、あたしは自分自身を鑑定なんて出来ないし、勇者だと言ったのは聖女様だ。つい視線を聖女様へ向けると、聖女様は慌てたように国王の方へ顔を向け、言葉を発した。
「はい!この方が私の鑑定で勇者と出ました!」
かなり渋ってた筈なのになーと、国王の前で断言する聖女様に対し、思わず半目になってしまった。
しかし、国王様はそんなあたしには目もくれず、聖女様の発言に対して満足そうに頷いている。
……まぁ、そりゃそうか。聖女様と、所詮辺境の村人。信用度が違うもんね。いくら着飾っているとは言っても、中身は平民だ。
「勇者よ……皆と協力して魔王を倒してくれ。賢者と聖騎士よ、ここへ」
ふと、おばさんの言っていた言葉が脳裏に過った。魔王を倒す旅に出るって……。
「えっ!?旅!?ご飯は!?」
ガッ!!
あたしの放った言葉を途切れさせるかのように、聖女様はふわふわした白いパンをあたしの口へ突っ込んできた。
……うん、美味しい。
「……あぁ……まぁ……辺境の地からという事らしいから……な」
国王様は何故か口元を引きつらせている。食べるの、大事。人間は霞を食べて生きる事は出来ないんだ。
国王様と聖女様の引きつった顔を無視して美味しい白パンを食べていると、国王様の側に二人の男性がやってきた。
「勇者よ、紹介しよう。賢者と聖騎士だ」
鎧をまとった茶色の短髪に青い目をした少年と、ローブをはおった緑色のセミロングに黄色い瞳をした青年が、こちらを見つめる。
ごくんっとパンを飲み込むと、あたしは旅以外で気になっていた事を口にした。
「魔王って?」
「「「「…………」」」」
この部屋に居る全員、時が止まったかのように表情を固定させ、無言を貫いた。
……教えてもらわないと、倒すとか出来ないと思うんだけど……?
「僭越ながら、私から……」
「あ……あぁ、宰相頼む……」
国王の側に居た宰相と呼ばれた男性が言えば、国王は引きつった表情のまま頷き、それを確認した宰相様は話始めた。
魔王とは、世界にとって良くない強大な力を持っている。
ハレアド教の教えからも魔王は悪いものとされていて、討ち滅ぼさねばならぬ存在。その魔王を倒す者として、勇者・聖女・聖騎士・賢者が存在すると。
「……はぁ」
溜息にも似た返事が口から洩れた。
……魔王も職業なのか?生まれつき持っているとされる職業で討たれる?
権力者は暇なのだろうか。食べる物もなければ、日々働く事だけで精一杯だ。そんなバカげた思考を持つよりも畑を耕して、獲物を狩ってくるのに。
「それに、この国で勇者が誕生したとして他国からの協力もあるのです」
焦ったように宰相様は言うが、他国の協力が一体何だと言うのだろう。
確かにこの大陸全土はハレアド教の教えがあるのだから、魔王を滅ぼして欲しいと考えるのだろうけれど……。
「勇者様のご馳走とかね」
聖女様の言葉にパッと顔を上げる。
え?ご馳走!?勇者に他国からご馳走が!?
「魔王を倒すにも身体が資本だからな。しっかり食べて英気を養えるようにな」
「やります!勇者やります!」
国王様の言葉に、あたしは笑顔で返す。
食べるものに困らないのならば、それは助かる!泥水を啜ったり、木の根を齧る事もないという事だから!
「……やりますじゃなく、やる以外の道はないのよ……」
溜息をつきながら聖女様が呟いていたけれど、そんな事より生活が大事だ。食べなければ死ぬし、雨風凌げる場所も欲しい。病気にならない為、最低限の清潔な環境も必要だ。
……周囲を見てみれば、そんな事に困りそうな場所や服装ではないだろうけれど。
「……政治的方面という事もあるけれど……」
「では、頼んだぞ」
聖女様が呟いた言葉をかき消すように、国王様の言葉が響き渡った。
◇
「……まさか、勇者が女だとは……」
自慢の体躯を見せつけるかのように肩や足、谷間などを惜しみなく露出するような布地をまとった女が、身体をしだれかけ言った。
「私の美しさで虜にさせる筈だったのに……」
「女だからと言って、目的は変わらん」
薄暗い部屋の中、悔しそうな女の声が響くも、男はハッキリした迷いない口調で答えると、女は安心したかのように笑みを浮かべた。
「わかりましたわ……旅なんて嫌ですけれど」
「お前にしか出来ない。頼んだぞ……ロアナ」
そこに居たのは、清廉潔白とされる聖女、ロアナ・ルスボーだった。
美味しい食事、温かい部屋、ふかふかなベッド。
想像した事もない世界を満喫しているあたしに、それ以上驚愕する事が起き、ただ目の前に居る人物を凝視している。
「という事で勇者様と皆の親交を深めていただきたく思っております」
深く頭を下げ、少し高い声のトーンで、にこやかに微笑み、丁寧な言葉を使う。その人物に、ただ胡散臭さしか感じない。もはや別人ではないかと疑う程だ。
「……どうしたんですか聖女様。気持ち悪い」
「気持ち悪い!?……いえ、これから旅をする仲間として敬意を示そうと心を入れ替えまして……」
「え。ただでっかい壁を建てられた感さえする」
あたしの返す言葉に、どんどん聖女様の口角が引きつり始める。……何だろう。慣れない笑顔で表情筋が疲れたのだろうか。
身体もプルプル震えているし、慣れない行動で他の筋肉も引きつっているのかな……見るからにか弱そうだしなぁ。
「あっははははははは!!」
「そんなに笑ったら失礼だよ」
声の方向へ目を向けると、そこには王様に聖騎士と賢者だと紹介を受けた二人が立っていた。否、1人はお腹を抱えてうずくまっていると言っても過言ではない。
「勇者に挨拶と思い、馳せ参じたのですが……」
賢者と言われていた青年が頭を下げ、チラリと聖女様の方へ視線を向けると、聖女様もハッとした顔をして動き始めた。
「お茶の用意をお願いしてあります!皆でサロンへ行きましょう」
未だうずくまって笑いが止まらない聖騎士を賢者が何とか立たせ、引きずるように歩き出す。その後ろを聖女様が付いて行くように歩き出すが、あたしはあまり気が進まない。
お茶って、水に色がついていたやつで、確かに香りはするし砂糖とミルクをたっぷり入れれば甘味はするけれど、何も入れなければ苦みがある。泥水よりはマシだけれど、王城で出される水の方が良いなと思える程だ。
……澄んだ水というのも、初めて見た。
歩みの悪いあたしに気が付いたのか、聖女様が歩みを止め、あたしの方へ振り返った。
「お菓子も用意させてありますよ」
「サロンどこ!?」
その言葉を聞いた瞬間、あたしは迷わず先を歩く賢者達の元へ駆け脚で寄って行った。
聖騎士は更に笑い崩れ、賢者や聖女様の口角がまた引きつっていた気がするけれど、今はお菓子が何より最優先だ!
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